3章 10

 休日が来た。


 その日はかねてより予定が入っていた。その予定のために休日の玲はしかしいつもの制服で寮を出た。いつもと同じ道を通って中等部の校舎にたどり着くと、すでにそこには一人の少女が待っていた。


「お待たせしました理恵子さん」

 声をかける前から少女は玲の接近に気がついていた。だから満面の笑顔で

「待ってなんかおりませんわ」そう答えた。

「でも良かったんです? 中等部の学食のランチで」

「もちろんですわ。わたくしにとっても懐かしいところではありますし、なにより玲さんを初めてお見かけすることができた、とっても大事な場所なのです」

「そ、そういえばそんなことを言ってましたね」

「そうですわ!」

 威勢のいい返答にたじろぐ玲。

「それでは参りましょう」


 玲の腕を握って校舎内へと先行する。靴を脱いで玲はそのまま上履きに、理恵子は用意していた上履きを取り出して外履きの靴は玲の下駄箱に一緒に入れてしまう。

「この校舎は本当に懐かしいですわね。

 当たり前ではありますが、なにも変わっていませんもの」

 昇降口から上がっていって正面の掲示板を指で触れる。

「本当はお世話になった教室にもゆっくりお邪魔したいのですが、そろそろ学食に向かわないと、部活の休憩時間になってしまいますわね。どうせなら玲さんと二人きりの食事を楽しみたいので、向かいましょうか」

「はい、わかりました」


 学食までの道は忘れていないので理恵子が先に進み、玲が後をついていく。さらにその後ろ、人影が二つあった。

 下駄箱の陰に隠れて後者の中に入っていった二人を盗み見ながら、しかし後者の外の部活動中の生徒からの視線には気づかない二人。

「やっぱりやめましょうよお姉さまー。

 玲お姉さまと理恵子お姉さまの邪魔になりますよ~」

 陰に隠れたまま隣の制服の裾を引っ張りことり。

「もう少し見守っていきましょう。あの人のことです。休日の学校で待ち合わせなんて人気のないところに引きこむつもりなのかもしれません」

「そんなことする人には見えないですよ?」

「いいえわかりません。あの人の目は……狩人の目です」


 廊下を進みだすと、留美も靴を脱いで自分の下駄箱から上履きを取り出して履き替える。

「上履きを持って集合って、こういう意味だったんですね……」

 袋から上履きを取り出してことりも靴を履き替える。廊下は直線に伸びている上に進路上に身を隠す場所も少ない。いきなり振り返られたら後をつけているのがバレてしまう。慎重に足を進める留美。

 ちゃんと一緒についてきていることりの事も考えて、二人分隠れられる場所を移動していく。

 前を進む二人は談笑しながら歩いていた。

 少しだけ表情を苦くさせて、無言で後をつける。

「どこに進んでいるんでしょうね」


 中等部の構造にそれほど詳しくないことりは二人が進む先になにがあるかを把握していない。一方の留美はよそ見もせずに進む二人を見ながら、目的地がこの先の学食にあると判断する。

「……ことりさん、お腹はすきませんか?」

「はい? え、えっと、そうですね。

 そろそろお昼ですし、すいていないわけでもないですけど」

「じゃあこれからわたしと学食でご飯を食べませんか?」

 返事を待たない。ことりの腕を掴んで廊下を進みだす。

「い、いいんですか? このままだとお二人にバレちゃいますよ?」

 転ばないよう危なっかしく引っ張られることり。進みだしてちょっとしてから腕を離されたので、仕方なく先を進む留美についていく。

「かまいません」

 きっぱりと言い放って、歩きながら少しだけ後ろを向いて

「自分の学校の学食でお昼ごはんを食べる。これにおかしなところはないでしょう? たまたまそこに玲さんたちがいたとしても、おかしくないでしょう?」


 すぐに正面を向いて止まることなく進んでいく。廊下の先に見えた玲と理恵子はすでに学食に入っていた。遅れて二人も到着して、ガラス戸を開いて学食の中へと入っていく。

「さてことりさん。お昼ごはんはなににしましょうかね」

 わざとらしく言葉にして

「あら?」

 わざとらしく二人の姿を発見する。

「どうも」

 軽く会釈。

「あぁ、留美さんとことりさん。お二人もここでご飯を?」

 玲は留美たちの方を向いたため、隣でムスッとしている理恵子の表情には気づかない。

「はい。ことりさんがここでご飯を食べていたいと言っていたので、お連れしたのです」

 隣でそんな体になったことをいま知った少女は慌てつつも

「前の時も思ったのですけど、小等部よりも大きいんですね」

 ざっと学食を見回す。

「えぇ。小等部はほとんどがお弁当持参ですからね。中等部にもそのような学生はいますけど、高等部はどうなんですか?」

 あえて理恵子に話を振る。振られて理恵子は笑顔を浮かべて

「そうですわねぇ」

 彼女も学食を見回して

「ここよりも一回りほど大きいかしら。あとメニューも違いますわね。なんというのかしら……高等部は少し地味めなメニューですわ」

「へぇ、そうなんですかー」

 問いかけられたから答えた。そんな表情をやはり玲には見せずに二人だけに送る。


「さてでは私たちはあちらで食べましょうか、ことりさん?」

「は、はい」

 留美とは違ってことりは食堂を包み込んでいる雰囲気に飲まれかかっていた。

「し、失礼します」

 理恵子と玲に軽く会釈して留美の後をついていく。二人が離れた席に座った所で、更に離れた席へと玲を案内して腰を下ろす。

「邪魔なお人がいなくなってようやく二人だけになりましたね」

「邪魔な人って……」

 苦笑いを浮かべて

「みんな仲良くできないんで?」

「あらそれは無理ですよ」

 口元に手を当てて微笑みながら

「だって玲さんは三等分できないでしょう?」

 さらりと怖いことを口にする。

 玲は乾いた笑いのリアクションしかできない。


「さてではあたしはなにをいただきましょうか」

 メニュー表を見上げながら、つられるように玲もメニュー決めに入る。

 離れた場所で留美とことりもメニューを眺めていた。

「ことりさんには付きあわせてしまったので、今日のお昼は私のおごりです。

 どうぞ好きなのを頼んでください」

 するとことり、目をキラキラさせて

「お姉さまと呼んでもよろしいですか?」

 いきなりそんなことを言われたものだから

「え? ……う、うん、いいですけどって、いませんし……」

 戸惑って視線を外していたうちにことりは食券販売機のあるところまで行ってしまっていた。


「元気があるって、いいことですね」

 ため息つきながら彼女も食券販売機へと向かう。


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