3章 9
秋山玲は目の前で起こっている出来事に目を回しつつ、自分がとるべき行動を考え続けていた。なぜこんなことが、なぜ自分がなのか。その議題は放り投げておく。いま考えることは自分はどうするべきなのか。
目の前の出来事はだんだんと留美が劣勢になりはじめた。
高等部の相良理恵子という名には聞き覚えがあった。腰ほどまでの黒髪を優雅に揺らして、プロポーションも同学年では上の方。相良財閥の一人娘として家柄も性格も美貌すらも掴んで離さない才女。
それが、玲の目の前で薄く微笑んでいた。
話の内容を聞くに、彼女もことりと同様に先日の学食の騒ぎの時に現場にいた様子。
それもあってか顔を赤くしてしまい
「それを決めるのは貴女ではないでしょう?」
言葉に詰まってしまう留美。
先程からこの流れを脱していない。留美がなにか反論をしてもそれを華麗に理恵子が受けて返す。そして留美が言葉に詰まる。このままでは留美の心が屈伏してしまうのも時間の問題。だから。
「あの……いいですか理恵子先輩」
名前を呼ばれたことにこれまでにないほどに満面の笑みを浮かべる理恵子。
それから先輩と付け加えていることにしょんぼりしつつ
「そろそろアナタの答えが聞けるのですか?」
言葉の矛先をそらされたことで玲はゆっくりと後ろに下り、そこにようやくここまで辿りつけたことりが彼女を支える。
「保留というのはどうでしょう」
「却下、しますわ」
「まぁ落ち着いてください。
事を急ぐ必要はないんじゃないですか? こういうのはプロセスが大事です。お互いを持って深く知りあってから次のステップへと移行するのもいいんじゃないですか?」
玲の提案に理恵子は
「なるほど」と頷いて
「それも一理ありますわね。過程を楽しむことも大事……なるほど」
腕を玲へ向けて差し出した。
「まずはお友達からで改めて提案いたしますが、お返事はもらえるかしら?」
「えぇ、それでしたら」
玲も腕を伸ばして
「よろしくおねがいします、理恵子さん」
「はい!」
名前を呼んでもらえたことが幸せすぎて、勢いのままに玲へ抱きつこうとするがギリギリで自制する。
「玲さんとお友達になったということは」
それまでとは違った優しい笑みを浮かべて
「そちらのお二方とも自然的にお友達になったという解釈でよろしいので?」
留美とことりはお互い顔を見合わせて
「そうなんですか?」
「そうでしょう」
ずずいと近づいてきた理恵子にビビりつつ
「よろしくお願いしますわ」
差し出してきた手を二人して握った。
それから自己紹介を始めた3人を横目に、また騒がしくなりそうだと、玲は心の中でつぶやいていた。
玲の予想したとおりに、玲を取り囲む環境は一層騒がしくなった。
一つだけ玲の予想外のことといえば、それがゆるやかな変化であったこと。
お友達の範疇を勝手に飛び越さないようにしているのか、理恵子の行動は最初の告白の時とは違ってゆっくりしたもの。学校の敷地内で会えば挨拶や時には世間話をしあい、放課後が彼女の部活が始まる前にやってきて少し話して別れる。それ以外の休憩時間ではまともに話もできないだろうと、無理に来るようなことはない。だからこれまでと変わりなく留美やことりとも接していられる。のだが。
その留美はここ数日どこか不機嫌そうにしていた。
その理由を玲は知らない。
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