3章 8

 ほんの少しだけ賑やかになった。


 小等部のことりは校舎が隣り合っているとはいえ、休憩のたびに来られるわけではない。最初のうちは昼休みに来ることもあったが時間的にゆっくりできず、今は朝と放課後に玲に会いに来ていた。そんな日のこと。


 いつものように放課後になってことりがカバンを持って教室に来ていると、廊下のあたりが少しだけ騒がしくなった。続いて、教室のドアに中等部ではない制服に身を包んだ少女が立つ。


「秋山玲さんはまだ下校されていないかしら?」

 よく通る声が教室内に響く。その少女の視線と、教室に残っていたクラスメイトの視線が同じ軌道を描いて一人の人物へと向けられる。

「ボク……ですか?」

 異様な注目性に、一緒にいた留美とことりが玲から距離をおいてしまうほど。

「よかったですわ。まだいらっしゃって」

 玲の姿を見つけて少女は教室の中に入っていく。


 まだ教室に残っていたクラスメイトが少女の進路から立ち退いていく。それは留美とことりも同じこと。教室の外まで移動して、人のいなくなった教室の中で玲と少女が対面する。

「ちょっと、よろしくて?」

 その声掛けが立ち上がって欲しいと理解するのに数秒。椅子を引いて立ち上がって、ほぼ背丈の同じ少女がジッと見つめてくる。

「ボクになにか用でしょうか?」

「もちろん、用があったから中等部まで来たに決まっているじゃない。

 それともなぁに?

 あなたにはあたしが用もなく中等部の可愛い女の子を愛でるために来ていると、そう見えるということなのかしら?

 半分合ってるわ」

「い、いえ。ボクは別にそんなふうにはって、半分合っているんですか?」

 驚きのあまり表情がひきつってしまう。


「もちろん。可愛い女の子を愛でられるのなら小等部まで休憩時間のたびに足を伸ばしても苦ではないわ。でも今日は違いますの」

 表情を変えることなくスラリと言葉を口にして、制服のポケットから手紙を取り出して玲へと差し出す。

「これを受け取りなさい」

 目の前に差し出された手紙を受け取る玲。

「それは見て分かる通り恋文ですわ。さぁ早く、手紙を見て返事を頂きたいのです」

 臆すことのない少女の様子に、逆に受け取った玲が恥ずかしくなってきて頬を赤く染める。あたふたしながらも封筒を開いて中の手紙を取りだして

「いいえ、やはり直接伝えましょう」

 手紙が玲の手から奪われた。

 奪った手紙をくしゃくしゃに握りつぶして

「あたしと付き合いなさい、秋山玲」

 教室の外まで漏れる声に、あたりを占めていたざわめきが最大値を叩きだした。

「あぁ言ってしまったわ。意外とすんなり言えてしまったことに自分でも驚きですわ。でもまだドキドキは止まりませんね」

 胸を撫で下ろす少女。

「返事は今日ではなくても構いません。ですが、出来れば返事はハイかイエスのどちらかでお願いしたいものですわね」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 少女の生み出す雰囲気に飲まれていた留美はようやくここで自分を取り戻して、声を出して二人だけの空間に入り込んでいく。

 二人だけの空間が邪魔ものによって壊された。それだけで少女が不機嫌になる理由ができた。露骨に不満にあふれる顔を浮かべて

「人の恋路を邪魔する人は馬に蹴られて死んでしまえという言葉をご存知で?」

 自分を通り越して玲の元までやってきた少女にストレートに言葉をぶつける。留美も負けてはいなかった。

 こほんと席を一つして

「お嬢様として名前が通っている相良理恵子さんとは思えない、不躾なお願いだとは思いませんか? 相手のことを考えたらこんな……」

「こんな……なんですの?」

 理恵子も一歩も引かない。それどころか腕を組んで留美へと一歩近寄って

「こんな身勝手な告白をしていいはずがないと、そうおっしゃられるのですか?」

 背丈は理恵子のほうが大きいため見下ろす形。笑顔ながらも鋭い視線にそれでも留美は屈伏しない。もっとも、遅れて部屋に入ろうとしてきたことりは直接見つめられているわけでもないのに、足が固まってしまって扉付近から先へ進めなくなっていた。


「その考えこそ、身勝手なものではなくて?」


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