第18話 Angel fall

 俺はアイとセイ二人に初めて出会った公園に向かっていた。一時外出の許可を得て近くにいた叶多に頼み込み車イスでつれていってもらった。


 女子一人で動かすのは大変だと思うから自分の力でなるべく進むようにしたが。自力での車イスの移動はなかなか難しい。


 そうこうしているうちにでこぼこの道を進み、ようやく公園へとたどり着く。


「アイ、セイ。俺だ。戻ってきた」


 周囲を見渡すが黒髪の双子の姉妹は見当たらない。場所を間違えたかと焦った。


「悪い、叶多。俺の勘違いかもしれない」

「いいよ。勘違いでも。だって会いたい気持ちは同じでしょ」


 そして動けない俺に代わって公園内をくまなく探す。まだ彼女たちは天界に取り残されているのかもしれない。だから俺の考えは勇み足だったのかもしれない。


「叶多、三十分位一人にしてくれないか」

「危ないよ。一人でどうするつもり? 」

「思い出に浸りたいことだってあるだろう」


 そういうと渋々納得してくれたのか叶多そらはうなずいた。


 玻名城姉妹たちが言っていたことを信じるのならば二人は研修中とのことだった。だから地上に戻ることはないのかもしれない。


「なに弱気になっているんだよ」


 自分で可能性を否定してどうする。考えてもいい方向には向かいそうにない。


「俺って一人になると本当になにもできないんだな」


 今までは自分一人で生きてきたつもりだったけど人の助けがなければ自由に行動できないのがわかって苦笑した。


 アイとセイ。二人がいたから俺は楽しく生活できた。時々ムカッと来ることもあったが二人の愛くるしさには敵わなかった。笑顔を見れば嬉しいし、喜んでいる姿は言葉にせずともわかった。


「アイ、セイありがとうな」


 二人のハチャメチャ加減には手を焼いたがそれもいい思い出だ。そう思い出にしてしまいそうになるほど遠い過去のように思えた。


「俺も過去を清算できたのかな」


 母を亡くしたこと。父を恨んだこと。叶多の手を突っぱねたこと。どれも俺が未熟で一人で突っ走った結果だ。


 だけど今では未熟だった自分の弱さも認められる気がした。

 アイとセイ以外の人々にもたくさん助けられた。


「みんなありがとうな。俺やっぱり弱くてなにもできなくてバカだけどみんなにあえてよかったよ」


 誰もいない公園で一人呟く。車イスの男が弱気になってなにをいっているのかと笑われそうだが俺は満足していた。


 もし仮にアイとセイに再会できなくても俺の日常は続く。復帰した叶多に世話を焼かれ、怪我した成宮には悪態をつかれ、玻名城たちはもう会えないだろうけどたまに思い出すのだろう。


 だけど俺はもう一度彼女たちに会いたいんだ。住む世界が違うと言われても。お互い顔を会わせづらい状況だったとしても。バカみたいなことで騒いで、ちょっと喧嘩して仲直りして。


 そうした何気ない日常を取り戻したいと思うほどに俺は二人に惹かれていたいたのだ。


 姉のアイは天真爛漫でちょっとわがまま。だけど好きなものは好きと言える強さがあった。彼女には振り回されたけどあの笑顔には負けてしまう。


 妹のセイは物静かだが自分のしたいことをする可愛げがあり、つい構いたくなる。だけど彼女には負い目のようなものがあり、時々寂しそうな顔をする。そんなセイを元気付けたかった。


 この夏が終わる。二人と過ごした思い出はこれからの生活のなかで忘れ行くものなのだろうか。だとしたらあまりに切ない。


「俺、忘れたくないよ。だって二人には言い残したことがある」


 何で黙っていなくなったんだよとか。いたずらもうするなよとか。真剣なものからたyのないものまで言いたいことは山ほどあった。


「って一人でなにしゃべってるんだか」


 そろそろ約束の三十分が過ぎてしまう。ここで叶多が戻ってきたらタイムアウトだ。制限時間終了。ゲームオーバーだ。


 夕日が差し辺りは茜色に染まる。もっとも景色がうつくしい時間帯だ。

 本来なら散歩に来ている人がいてもおかしくないが。


 驚くほど静かな光景だった。


 このまま世界で一人自分が取り残されているような。


 最初から自分一人でいたような錯覚さえ覚えるような。


「さようなら」


 もう二人には会えないそう確信し、空に向かって別れを告げる。もう顔を合わせることもないのだと思えば胸が痛む。


 だけど彼女たちにも未来がある。今までの仕打ちから天界の人間も変わったのだと信じたい。


 玻名城姉妹たちも協力してくれるはずだ。


 だから案ずることは何一つない。


 目を閉じセミの声に耳を傾ける。一瞬の命を必死に生きている悲しい生き物たちの。


 俺も寿命がわかったとき、絶望はしたが諦めはしなかった。それはアイとセイのお陰だ。

 だから二人には感謝しなければ。


「アイ、セイ。今まで本当にありがとう」


 もうこれでおしまい。ひと夏の甘い思い出。

 そうやって道を引き換えそうとすると。


「ちょっと涼。なにさっきから悲しいことばっかり言うのよ。私たち戻ってきたばかりなのにっ」

「涼……寂しかった? 」


 見知った声がする。明るく快活な姉と物静かな妹の。


「えっ。どうして? 二人は研修中じゃなかったのか」

「半日で終わらせてきたわ。涼が怪我してるのに一人で放っておくわけにいかないわよ」


「でも、天界に戻るって」

「そんなこと……一言もいっていない」


 アイとセイのいつも通りの笑顔に俺は胸が締め付けられる。


「ありがとうはこっちの台詞。涼これからは私たちが離さないわよ」

「ずっと……一緒」


 そしてぎゅっと背中から抱き締められる。かつて俺を慰めてくれたときのように。


「涼には私たちがいるじゃない」

「あなたには……私もいる」


 アイとセイはお互いを見つめあい小さく笑う。まるで同じことを考えていたことに気づいたらしい。


「でも涼は私のものよっ」

「ぎゅー……離さない」


 俺の両手はなぜだか二人の手によって引っ張られからだが引き裂かれそうだ。


「って痛い痛い」


 俺が悲鳴をあげても二人は全然気づかない。


「セイはいつだって何でも自分のものしちゃうんだからっ」

「アイだって同じ……」


 仲がいいかと思えば張り合いだす。双子というのは不思議な生き物だ。一番近くにいる他人。人生の一番の味方で一番のライバル。


「こらっ二人とも喧嘩しないっ」


「へへー。喧嘩じゃなくて意見交換よ」

「極めて……建設的な……」


 そして二人していいわけを考える辺り全然変わっていない。それがおかしくて笑っていると。


「変な涼っ。明日からは入院中昼ドラ十本ノックよ」

「くだもの一杯食べたい……」


 己の欲望に忠実なところもいつも通りで俺がした覚悟がなんだったのかと苦笑する。


「涼は私についてくるのっ」

「涼は……私の……」


 腕を引きちぎらんばかりの勢いでお互い一歩も引かない戦いになっていた。


「って大岡さばきかよ」


 実際の大岡裁きは痛がった子供の方を気遣った母親が認められたがここに裁判長はいない。だから俺が泣こうが喚こうが一切を無視される。


「だって私の方が涼のこと好きだものっ」

「好きなら……負けない……」


 それは愛の告白にも似たものだった。


 運命の女神と死神に好かれた俺には逃げ道などなく。

 逆に気持ちを聞かれてしまう。


「ねえ涼っ。私とセイどっちが大事? 」

「早く……答えて……」


 好きな気持ちに強いも弱いもあるのだろうか。


「俺は二人が大切だよ」


「むう。答えになっていないわよっ。罰として昼ドラ名作集二十本買うこと」

「タピオカ……ちゃんとしたミルクティー五十杯……」


 二人に迫られていたはずが最後は言質を取られ、無茶な約束を了承することになった。


「それで二人はどうするんだ」


「しばらくはインターンとしてやり直すつもりよっ。地上で毎日涼と一緒にいられるわ」

「死神修行二回目……」


 いつも通りの日常が始まる。明るい未来とともに。


 俺はいつまで二人のそばにいられるだろう。できたら死ぬときまで一緒にいたい。それが叶うのなら。


 運命の女神と死神に愛されるのも悪くはないと思ってしまった。



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運命の女神と死神に迫られてるのはどうしてですか 野暮天 @yaboten

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