第17話 目覚め

 目を開けると病室のベッドに横たわっていた。横目に見ると師匠が心配そうな顔つきでこちらの様子をうかがっていた。


「滝川……無事だったか……」


 安堵の息が漏れる。どうやらいらぬ心配をかけてしまったようだ。


 俺どうして病院のベッドにいるんだっけ。考え事をしていると誰かが答える。


「涼……友達が飛び降りようとしているのを止めたかったのはわかるがやりすぎだ」

「父さん……」


 絶対に来ないと思っていたのに。どうして今さら。母の時は間に合わなかったのに。


「父さんだって涼のことを失うわけにはいかないんだよ」


 父は小さく笑った。それはこちらを安心させようとするためのものだとバレバレで。本人の体は震えていた。


「死んでしまうんじゃないかと心配だったんだ」

「そうだぞ。父君に連絡をさせてもらった。気が動転したがどうにかできたが」


 師匠と父は密かに連絡を取っていたようだ。保護者が二人いるようで少しだけ気恥ずかしかった。


「友達の成宮くんは骨折していてしばらく入院だそうだ。気の毒だが今はそっとしておいてほしい」


 ルシフェルにからだを乗っ取られその結果飛び降りるということになったのだから本人も辛いだろう。危ういものを抱えていたのは気がついていたが遅かったのが悔やまれる。


「父さんは仕事があるからこれから帰らないといけないが無理はするなよ」

「父君もそういっていることだしそろそろ帰るか。見舞い客も一杯来ているからな」


 そういうと二人は病室をあとにした。残されたのは個室にのこされた俺一人と。


「大丈夫? 心配したんだからね」


 生徒会長の叶多そらだった。俺が知らないうちに復帰していたらしい。


「恨み言、叶えられなかった私に希望をくれたんだから死んだらダメだよ」


 困ったような顔でこちらを見つめる彼女に俺はどう返していいかわからなかった。

 元気になってよかったねと言うべきか。ごめんと謝るべきか。


 結局呪いの壺は天界の人間に回収された。それは玻名城姉妹であり、二人が現在どうしているかは知らない。


「不思議なこと一杯起きたから一旦ゆっくり休んで怪我が治ったら学校に来てね」


 それは中学の頃の俺に言い聞かせていたような表情だった。その頃から成長して俺も素直に受け入れることができた。


 堕天使と対峙した時に母の幻影を見たとき。俺はショックを受けたがそれは死んだはずの母に恨まれているかもしれないと感じたからだ。


 それと同じ感情を父が抱き続けたのかもしれない。俺が中学の頃塞ぎこんでしまったときになにもしてくれなかったと恨むのはやめにした。


「涼くん、なんか晴れ晴れとした表情だね。全部吹っ切れたのかな」

「ああそうだな」


 一度は破れかぶれになってしまっていた自分がここまで落ち着いているのが不思議だった。叶多にしても同じ気持ちだろう。その長袖のしたに多くの傷を残して。


「叶多、俺学校で待ってるから」

「バカ、待ってるのはこっちの方だよ」


 にこりと笑ってバイバイと手を振る。恋人どうしにはなれなかったけど不思議と嫌いになれない。そんな関係の二人が対面していたのだからお互い意外だったはずだ。


「滝川、お客さん帰ったのか」


 バイト先の店長と先輩が果物かごを持ってきて見舞いに来てくれた。いつも迷惑ばかりかけちえるのにこうして暖かく迎えられれると心がじわりと暖かくなる。


「しばらくはバイト休むことになるけど、俺がんばりますから」

「ハイハイ。無理は禁物」


 店長や仲間に会えたのが嬉しくて調子にのっていると体が悲鳴をあげる。どうやらこれ以上は動けないようだ。


「お前は不思議と憎めないんだよな。だからコンビニにいないと張り合いがなくてさ」

「いつでも戻ってこい」


 先輩と店長の言葉が胸に染みる。ありがたいやら申し訳ないやらで頭を下げていると眠気が襲ってくる。


「疲れたのかな。少し休みます」

「おうおう少しは自分のために休め」


 そういわれるとほっとしてそっと目を閉じた。最後に瞼の裏に映ったのは優しい笑顔だった。


 誰もいなくなった病室は静かで俺はまどろんでいた。このまま夢うつつの世界で深い眠りについた。


「……涼、よかったわね」


 誰かがそっと呟いた。母に似た優しい声だった。


 そうだ。すべてが解決したわけではないけど生きていてよかった。そう思えるほどに。


「ありがとう母さん」


 その一言を告げると、彼女の声は消えてしまった。


 あれはなんだったのだろう。


***


「お母様にお会いできてよかったわね」

「これは私たちからのごほうびです」


 病室に玻名城姉妹がやってきていた。すでに二人が天界の人間だということを知っているから少しだけ緊張した顔つきになる。


「ルシフェルは天界を追放された身で復活の時を待っていたのよ」

「それでちょうど賞金首だった双子が狙われたということです」


 ご親切に説明までしてくれる。

 でもちょっと待った。アイとセイの二人はどうなった。


「今双子は天界で研修を受けています。それと同時に天界を少しだけ変えてくれたあなたにご褒美を」


 後輩の玻名城は古代文字のような文面を並べた羊皮紙を広げる。


「そなたは堕天使ルシフェルに果敢に立ち向かい二人の少女を救ったことに感謝する」

「って感謝状かよ」


 生まれて始めてそんな立派なものをてにするからなんのことやらと思っているうちに玻名城の姉は詠唱する。


「あなたの寿命が少なかったのはセイさんの力もあるけれど、お母様の延命を願ったときが原因。だから……」


 今天界で母が助けてくれたということか。ありがたいことこの上ない。


「それと双子は処分を受けますが、その原因には我々天界の人間もいます。これ以上二人が追い詰められないようにしていきたいものです」


 事務報告だけして二人は去っていった。俺が世界を変えた。玻名城姉妹は確かにそういっていた。


 こんなちっぽけな人間になにかを変えることができたのか。

 少しだけ感動した。


 自分は無力で世界を恨み続けてきた俺がなにかを変えることができた。アイとセイを守ることができた。それが無性に嬉しかった。


「いてっ」


 いてもたってもいられなくて起き上がろうとすると傷が痛む。ベランダから落ちたのだから簡単に身動きはとれない。


 だったら。


「看護師さんっ車イスに乗せてもらえませんか」


 忙しいのは百も承知で声をかける。目指すべき場所は。


 アイとセイ。二人が待っているはずの約束の場所。




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