第9話距離や壁や

「お主は、他に主が在ったことはあるか?」

「……おりました。」

「それは、どうした?」

「…殺しました。」

 淡々と答えた。

 その冷たい答えは、遠い目をしておったがどうも何かを思い出すようではない。

 思い出すような仕草はするが、見ればわかるほどにわざとらしく、気になってしまう。

「何故?」

「…さぁ…。」

 覚えていない、というよりはどうでもいいと言いたげだ。

「…『そろそろ殺せ』、と命じられたという他に、何もありませぬ。」

 赤い目が不気味に光り、此方を振り向いた。

 試すような、目をしておる。

「任務で、仕えておったのだな?」

「…主、と言うには些か抵抗がありますがね。」

「抵抗?」

「残崎様も主。同じにしては、失礼でせう。」

 揺れる目に、目を合わせる。

 お互いに反らすことはせず。

「お主は、そう思うたのか。だが、主には変わらぬ。」

 目を反らしたのは、影忍であった。

 もう、冷めてしまったと背中が語っておる。

 その背中に片手を置いた。

「成る程。嘘か。お主は、思うてもおらぬことを言うたな?」

 すると、また振り返った。

 目が揺れる。

 わかればよいよい、わからぬのならば用はない、というわけか。

「もう一つ、真を申すとすれば…主は残崎様ただ一人ということ。」

 悪戯な言葉だ。

 表情は何も語らぬ。

「なれば、殺してもおらぬ…と?」

「さぁて?」

 嗚呼、わからぬ。

 これ程までに難しい忍を相手にしたのは、初めてだ。

 余裕を持つ忍は、言葉遊びをするという。

 それも主や敵に、己が負けぬと確信をしておって、尚且つ事実負けたこともなければこれからも負けぬ、そんな忍であること。

 それは、忍らしくもない。

 これこそ嘘であると申せば、「そうであろうな。その様な忍はおらなんだ」と返された。

 言うた者も、信じておらぬのだ。

 だが、某の目の前のこやつという忍は、それを表しておるのではなかろうか。

 主だろうが、何だろうが、きっと負けぬ。

 言も、戦も。

「お主も、素顔が見えてきたな。」

「…残崎様が皮を剥がしてゆくので、ついつい。」

 つまらなそうな声が、声だけ笑った。

 カラカラと、意識も感情も何も無い、笑い声だった。

 これさえ嘘なのやもしれぬ。

 そして、真に冷めてしまったのだろう、顔を背けて目を閉じた。

 これ以上、話す気はないらしい。

 何処までも、冷たさが残る…。

 お主の本性は、何であろうな?

 その頭を撫でてやる。

「……忍は、犬猫ではありませんよ。」

「わかっておる。だがな、お主の髪は撫でたくなるのだ。」

 それきり、もう言葉は無かった。

 逃げも、弾きもせぬままに。

 猫のように、気まぐれな奴だ。

 某の影になったのは、その気まぐれの内だろうか。

 それとも、忍としての話だったのだろうか。

 冷たさが、寂しくも感じる。

 お主は、心も無い。

 いつもいつも、心が無い。

 切なさは、あれは、もう死んだのか。

 忘れて、楽になったのか。

 背中に背中を預ける。

「……忍に期待はせぬ方が身の為ですよ。」

 釘を刺された気分になる。

 突き放すように、冷えきっておる。

 影は傍におりながら、決して暖かいものではないらしい。

 寄り掛かったままに、目を閉じた。

 お主にも、心が在ればよいのだがな。

 どうも、忍がそれを許さぬらしい。

 距離だけではない。

 壁さえ感ずる。

 部下の忍であったならば、こうはない。

 染まりきらぬ、というのか。

 お主は…。

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