第10話浮くものも

「もう良いのか?」

「…いつまでも、長ともあろう忍が床に伏していては…なりませんからね。」

 そうは言うが、目を盗んで働いておったのを、某は知っておるぞ。

 その、知っておるのを知っておるのだろう。

 動かぬ体でもできる仕事を、某が立ち去ってまた訪れるまでの間、しておることは部下の忍から筒抜けだった。

 だが、そやつはそれを咎めるなと言うた。

 この忍は、仕事をしておらぬとならぬようなのだと。

「暇は嫌いか。」

「…暇のある日々なぞ、初めてにございますれば。」

「よう喋るようになったな。」

「…主には応えねばなりませんから。」

 風がふっと通り抜けた。

 それに運ばれる香りに、影忍が何かを捉えたようだ。

 風の来た方へ目を流す。

「どうした。」

「…いえ…。」

 その目は確かに、鋭く警戒心を帯びていた。

 表情が無くとも、その目はしっかと。

「…では、これにて。」

 きっと、確かめに行くのだろう。

 すんすん、と嗅いでみたが何の匂いもしない。

 これは、あやつでないとわからぬものであろうな。

 わからぬを、わからぬままにせぬお前に、さて何処までを知れるか。

「わからぬよな。」


 その影忍が女子であったとは、思わんなんだ。

「…な、な、影忍、お主…なんという格好をしておるのだ!?」

 それは忍の下着一枚。

 驚いて、つい目を離せず。

「……着替えようと…。して、何故…残崎様は此処へ?」

「よいから早う着ぬか!」

 すると微かな笑い声が聞こえた。

 わ、笑うておる…。

 それにも驚いた。

「…破廉恥なお方様だこと。」

「なんだと!」

「…そう仰る割りには、しっかと見るのですね?」

 はっとして、やっと目をそらした。

 顔が熱い。

 からかわれておる。

 絶対に。

 でなければ、影忍も怒るだろうに。

 そういえば、今、顔に忍化粧さえも無かった。

 ということは、町へ降りたのだな?

「町の様子は如何であった?」

「…特に、変わった様子は御座居ませぬ。不満も、目立ったものは無く。」

 すん、とからかう声は消えた。

「そ、そうか。」

「…流石、忍使いのお武家様…といったところに御座いましょう。」

 そう言うて、某の傍へ膝付いた。

「…土産もあります。如何なさいますか。」

「ということは、食い物か!食うぞ!」

「…では、御用意致しましょう。」

 そう立ち上がった。

 どうやら、怒るどころか機嫌が良いらしい。

 と、と、と、という小さな足音を珍しくたてながら踵を浮かして歩いて行く。

 それが、狐の様だと思うた。

 いつもならば、猫のように音もなく歩くのだが。

 嗚呼、そういえばあの舌舐めずりは、蛇のようであったな。

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