第8話影響は

 鍛練の時、いつも通り影忍は自由にしておった。

 今日は木の枝に器用に寝転んで、片足をぶら下げておる。

 見上げれば小首を傾げた。

「暇か。」

 答えは返ってこなかった。

 ただ、あれからというもの、こやつの様子が変わった。

 今もこうして寛いでおるし、片時も離れぬように気配を感じることができる。

 前は、きっと近くにおるのだろうが気配がまったく無かった。

「お主はわかりやすい奴だな。構って欲しければ言えば良かろう。」

 ほれ、と片手を伸ばせば不機嫌そうな表情を作る。

 それでもそこから手を伸ばし、指先を触れさせるのだ。

「お主に忍隊の長を任せる。今や、長がおらぬままだったが、お主が長であれば安心だな。」

「……残崎様の仰せのままに。」

 初めて、こやつが某の名を言うた。

 それには驚いたが、どうやらこやつは此方が歩み寄り、必要としてやれば応じようとしてくれるようだ。

「頼むぞ。」


 影忍が長に定まってから、忍隊の動きが変わったように思える。

 そして、影忍が暇を持て余すような姿ものうなった。

 影忍は以前より生き生きとしておるし、戦場での戦忍の働きも良うなった。

 ただ、それでも不満はあるようだ。

 それを察してか、あまり影忍も命令を部下に与えない。

 控えめに最小限を与えておいて、様子は見るがそれ以上はないようだ。

 認めておる忍はそう言うておったし、認めておらぬ忍は仕方がない。

 何せ、伝説の忍だ。

 それの影響だろう。

 命令がそうそう出せないのだから、影忍自体が動くしかない。

 部下が見兼ねて引き受けると自ら言うのにも、黙って首を振るのだとか。

 して…この傍におる影忍は、分身らしい。

 暫くは、このままだろうな。


 戦で大将首を飛ばした時だった。

 何かが倒れる音がした。

 振り返ると、影忍がそこに横たわっておる。

 駆け寄って抱き起こすと、朦朧とした目が揺れておる。

「どうした!?」

 疲れはてたような表情のまま、動かない。

 すっと部下の忍が傍に寄って、影忍を診る。

「無理に働き続けたせいやもしれませぬ。この様子では、本忍にさえ自覚がないようで…。」

「そ、そうか…。」

「休ませましょう。でないと、まともに動けぬでしょうに。」

 この部下は、影忍を認めておる奴だな。

 助かる…。

 まさか、過労とは…。

 そんな素振り、倒れるまで一切見せなかったというに。

 担ぎ上げれば、「運ぶのは我らが」と言われたが遠慮した。

 主である某が、配慮してやらなかったせいだ。

 こやつの優秀さに甘えておった某の。


 返り血を脱ぐってやって、装具を取ってやる。

 装具は傷だらけで、長いこと使っているのだろうことが伺えた。

 部下の忍は、武器を取ってくれたがその量に驚いた。

 部下自身も、流石に此処まで多いとは思っていなかったろう、慎重に探しつつも驚きを隠せないでいるようだ。

「まだ、隠している可能性はありますが……とりあえずは。」

 かちゃりと苦無やら針やらを置く。

 布団に寝かせてやって、此処までしても目を覚まさない様子から、重症なのだろうかと思うてしまう。

 苦し気な荒い息遣い。

 部下が手をそっと添えて溜め息をつく。

「疲労からくる発熱…高熱ですから、暫くは無理をさせず休ませねばなりませんね。薬を用意しましょう。」

 立ち上がり、そう残すと立ち去った。

 このままでは、忍隊が…。

 いや、仕方ないのだ。

 尋常じゃない量の仕事を、突然せねばならなくなったのだから。

 それも、休まずとなれば。

「……ぅ…?」

「目が覚めたか?」

 思うておる内に掠れた声が聞こえた。

 体を起こそうとするのを、片手で止めた。

「寝ておれ。すまぬな。無理をさせた。」

 その装具のない片手に触れれば、人並みの体温が伝わる。

 試しに頬に触れてみる。

 高熱ならば体温は高いはずだが。

 もしかすると、こやつの元の体温はかなり低いのではないか。

「辛いか?」

 それに小さく首を振った。

 ただ、不思議そうな顔をしておる。

 部下が言うたように、自覚がないので何故自分が寝かされておるのかも、わかっておらぬかもしれぬな。

「長、目が覚めたならば、この薬を。解熱薬です。」

 部下が戻ってきて、水と共に差し出すのを顔を背けた。

「これ、飲まねばなるまいに。」

 しかし、警戒するように嫌がる。

「あれだけ毒を仕掛けられれば、やはり疑いますか…。」

「なんだと?」

 部下が言うには、長となってからというもの、毒を飲まされたりすることが増えたらしい。

 わかっていても、それでも飲んでいたそうだが、まったく効かなかったようだ。

 だが、弱っている今は耐性あれども危うい。

 それを思うて、疑って嫌がるのだろう。

「仕方あるまい。」

 影忍を抱き起こし、薬を受け取って口元に持っていく。

「ほれ、飲まぬか。」

 暫し迷った影忍は、ようやっと口に含んだ。

 それから、飲み込ませる為に水を与える。

 水さえも迷う辺り、飲み物にも毒を仕掛けられたことがあったのだろう。

 強引にでも口の中へ流し込めば、飲み込んだ。

 主相手には、逆らえないようだからな。

 寝かせ直す。

「すまぬな…。」

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