主従物語

第3話一心同体影と共に

　戦場（いくさば）は、雲一つとない快晴で風もゆるりと吹いておる。

　草花が身を低くして、穏やかに時を進めてゆく。

　これから戦（いくさ）があるというに、それを思わせぬ風景。

　ただ妙な感覚が影にあった。

　まるで、影だけが殺気だっておるのだ。

｢影、居（お）るのだな?｣

　形が変わり、何か用かと小首を傾げた。

　武雷（たけらい）は戦忍（いくさしのび）の数も多い。

　忍と如何に戦場を駆けるかが、我らの勝利を決める。

　影に忍在りとは思わぬだろう、これぞ一心同体。

　僅か嬉しく思え、やる気さえ上がる。

｢行くぞ！！｣

　足軽を薙（な）ぎ倒しながら、突進していく。

　ふと気付いた。

　後ろでひとりでに首が飛んでゆくのだ。

　それも、死に損なう者を選びとるように、我が通った道に生き残りなぞ許さぬかのように。

　影か。

　なんと、恐ろしいことをする。

　足軽に囲まれようとも、前進すべく切り捨てる。

　一歩が一向に進めぬほどに、埒（らち）があかぬ。

　キィンッ！！

　鋭い金属音がした。

　チラと振り向けば、影より現れし我が忍がその忍刀（しのびがたな）で、敵の刃を受け止めておった。

　驚く声が周りで一斉に上がった。

｢よもや、影さえ忍であるなどと…ッ！?｣

　刃を跳ね返し、忍刀を投げつけて首を獲った。

　その忍刀はすぅっと消えゆく。

　大きな手裏剣（しゅりけん）を構え、殺気を強めた。

　それに敵が露骨（ろこつ）に怯む。

　此処ぞ！！

　その隙を突いて一歩を踏んだ。

　影が確かに背についてくる。

　その安心感が心強い。

｢さぁ！伊吹（いぶき）の戸尾（トオ）殿（どの）！その首、頂戴（ちょうだい）致（いた）す！！｣

｢ふん、貴殿（きでん）らしい。武雷の、行くぞ！！｣

｢｢いざ、推（お）して参る！！｣｣

　ふっと影が失せた。

　ようわかっとるではないか。

　視界の端で、影が誰一人としてこの勝負を邪魔させまいと、血を輝かせておる。

　全身全霊で刃を振るう。

　それに応えるように刃がぶつかってくる。

　最早（もはや）、それ以外何も見えなくなってゆく。

　きっと、影がそれを許してくれるからだ。

　存分に刃を弾き合う一時（ひととき）を、許してくれる。

　このような戦は初めてだった。

　勝負……あり…。

　首がゴロリと地面に落ちた。

　刀を天に向けて叫んだ。

　気が付けば、血の海。

　生きておる敵兵なぞ、誰一人としておらなんだ。

　影は静まり返り、血の海ひとつ佇（たたず）む。

　大きな手裏剣を払い、血を弧を描かせ飛ばす。

　もう、その鋭い刃には血はない。

　ただ、その影忍だけが妙な雰囲気を纏（まと）い、息を潜（ひそ）めていた。

　誰もが勝利の声を上げておる中で、その存在すら偽りであったかのように、ただ極めて静かに面影（おもかげ）のない死体を見下ろしていた。

　何の感情も伺えない。

　喜び、楽しみ、怒り、哀しみ、その何（ど）れも当てはまらぬ。

｢無｣であるのだ。

｢影。｣

　そう声を飛ばせば、ドロリと地面の中に沈んで行き姿を隠した。

　それから、この足元の影に確かな重みが伝わる。

　嗚呼（ああ）、此処に戻ってきたのだな。

　影に手をつく。

｢お主は、戦忍であったのだな。｣