5

 




 屋敷に帰ると、珍しくお兄様達が三人共揃って帰宅していると聞き、居間へと急いだ。


 お父様も含め全員が近衛師団に所属していて、お父様の跡を継いで師団長となることがほぼ決まっている一番目のお兄様――エルネストお兄様とはお兄様の仕事が忙しくてなかなか会うことができない。


 力を抜くべきところは適度に抜いているというお父様とは違い、誰に似たのかものすごく堅物……真面目なエルネストお兄様。

 そしてエルネストお兄様と正反対の性格なのが、三番目のお兄様――いつか背後から刺されてもおかしくないくらい女ったらしであるシモンお兄様だ。

 足して二で割って丁度いいと言われるけれど、妹の私には甘いお兄様達だからどうかそのままでいて欲しい。


 居間のドアを開けてくれた私付きであるメイドのアンナと一緒になって中を覗いた。


「お兄様達、お帰りなさいませ!」


 紅茶を飲んでいるエルネストお兄様とジョルジュお兄様。シモンお兄様だけ別の長椅子で手を後ろにやって完全なるお寛ぎモードだ。


 ジョルジュお兄様がカップをソーサーに戻して、横をポンポンと叩いてくれた。ここへお座りという合図だ。ジョルジュお兄様とエルネストお兄様は四人くらいなら余裕で座れる長椅子の端と端にそれぞれ腰かけているから、私が間に入って問題ないスペースはある。

 促されるままに真ん中に座り、お兄様と同じ紅茶をアンナが淹れてくれたものを受け取った。


「僕達の可愛いお姫様もお帰り。僕達よりも遅いなんて珍しいねぇ」

「今日は王宮に来ていたんだって?」


 シモンお兄様の僕達のうんぬんは聞き流してしまおう。

 一方、ジョルジュお兄様の言葉に、エルネストお兄様の細眉がひそめられた。


「ヴィオレット。王宮のどこへ行っていたんだ?」

「えっとー」

「まさかまた厨房に出入りしているんじゃないだろうな?」

「ちょ、ちょっとお願いがあっただけです」

「何度も言っているだろう。公爵家の娘が厨房に入るべきではないと」

「ごめんなさい。でも」

「でも?」


 何か言おうとすると片眉が上げられる。威圧感が満載だ。これで二十三歳だとはとても思えない。


「まぁまぁ兄上。お説教はそれくらいにしないとお姫様に嫌われてしまうよ? ヴィー、君はずっと笑ってなきゃダメだろう?」

「シモン。そういうお前にも言いたいことが山ほどある。父上の元にお前とご令嬢の関係性を訴える書状がいくつかの家からまた届いていたぞ。今朝もだ」

「あぁ、そう」

「……お前。三男とはいえ公爵家の人間という自覚を」


 エルネストお兄様は公爵家という家柄に人一倍誇りを持っている。公爵家の優秀な後継たれと育てられたのだからそうなるのも無理はないのかもしれない。

 けれど、たまに、あってはならないことだけど、たまに。フーリエ公爵家が家門廃絶の憂き目に遭った時、このお兄様はどうなるんだろうと心配になる。


 膝にじゃれついてきた飼い猫のオリビアを撫でるシモンお兄様は、話の中心が自分のことに移るやもうエルネストお兄様の話なんか聞いちゃいない。エルネストお兄様もこれ以上は無駄だと思ったのか、この話はそれで終えられた。


「ヴィー、ベルナール殿下から預かってきたものがあるんだ。部屋に運んでもらったから、後で見てみるといいよ」

「ありがとう、ジョルジュお兄様。預かってきたものって何かしら?」

「僕も知りたいなぁ。ヴィー、一緒に見に行こうか」

「ダメよ! シモンお兄様はダメ!」

「えぇーっ。酷いなぁ。どうしてさ」

「だって……」


 シモンお兄様は昔から女性に甘く、男性に厳しい。それはベルナールに対してはより一層顕著だ。何度ベルナールからもらった手紙を暖炉の薪代わりにされたり、贈り物を酷評されたことか。

 きっとフーリエ公爵家の人間じゃなかったら不敬罪で捕らえられていると思う。お父様の国王陛下からの信任が厚くて心から感謝すべきだ。


「とにかくダメなものはダメ!」


 そのままの勢いで長椅子から立ち上がった。


「では、お兄様達。また夕食の時間に」


 お辞儀をして、アンナと一緒に私の部屋へと戻った。


 もちろん、後ろからシモンお兄様がついてきてないかチェックも忘れない。振り向いたらニコニコと笑うお兄様がついてきていて、危うく開ける前に贈り物を傷物にされかけたという前科が何度もある。今回はエルネストお兄様やジョルジュお兄様が一緒にいてくれているおかげか、ついてきてはいなかった。


「ヴィオレットお嬢様、こちらが殿下からの贈り物でございます」

「ありがとう。何かしら?」


 プレゼント用の包装がされた箱を開けると、私好みの白黒のシックなデザインをした乗馬服とブーツだった。一緒にメッセージカードも入っていて、そこには一言だけ添えられていた。


『これを着て一緒に遠出をしよう』


 遠出をするにはまず痩せて馬に単独で乗れるようになる必要が……と、考えてふと思った。


「アンナ、この服を私の身体にあててくれる?」

「は、はい」


 アンナは私から受け取った乗馬服を言われた通りに私の身体にあて、表情を曇らせた。


「お嬢様。こちらの服は……」

「そうよね。今のままの体型じゃ着れないわよね」


 この乗馬服は私がいつも着ている服のサイズより二つほどサイズが小さい。

 つまり、仕返しというわけだ。私が食事制限をかけたことへの。


「そう。なるほど、ね。そう来るのね。……やってくれるじゃない」


 こちらはベルナールの今後を考えて必要なことをやっているのに。


「お父様は今日はお帰りになられるかしら? お願いしたいことがあるんだけど」

「旦那様ですか? 夕食の際にはお戻りになられるとおっしゃっていたようですが」

「そう。ありがとう。この服、目につくところに飾っておいてくれる?」

「は、はい」


 この服を早く着れるようにダイエットを頑張る。

 そして、ヤツの驚く様を高笑いして見物してやろうではないか。


 フフフと笑う私をアンナが心配気に見てくる。けれど、ベルナールに対しても何か思うところが彼女にもあるのか、何も言ってくることはなかった。


 アンナが全身が見れる姿見をどこかから持ってきて、それに件の乗馬服をかけてくれた。それを親の仇のように見つめる私。きっと視線だけでどうこうなるなら乗馬服は穴だらけになっていただろう。


 文机に向かい、羽ペンを走らせる。一枚手紙を書き終え、封蝋ふうろうをして完成したそれをアンナに差し出した。


「これを殿下へ届けるように言ってくれる?」

「分かりました。他にご用はございませんか?」

「えぇ、大丈夫よ。お茶もさっき飲んだから」

「では、何かございましたら鈴を鳴らしてくださいませ」


 アンナはドアの前で一礼して部屋を出ていった。


 部屋に一人きりになって、再び乗馬服がかけられた姿見の前へ立ってみた。


 喧嘩をしたことがないわけではないから今までにだって言い争うことだってあったわけだけど、これはさすがにあんまりだ。私に対してというより女性に対して酷すぎる。わざとサイズの違う服を送るなんて。

 服を送るのは送った人物が自分でその服を脱がせたいからだとかいう話も知ってはいるけれど、そんなの私達の間ではもう何着もやり取りをしている。そんな話、今さらすぎて話のタネにもならない。


 だから、これは純粋に嫌がらせか、挑戦だ。


 自分に痩せろというなら、まずはお前自身からだという。


 一度大きく深呼吸をして冷静に考えると、その話も一理はある。けれど、感情とは難しいもので、はいそうですよねと自分の気持ちを御せるものでもない。


『宣戦布告、確かに受け取りました』


 一言書かれたメッセージカードの返信に一言。


 受け取って中身を読んだベルナールが顔面蒼白になっていたと使いの者に聞いたけれど、私の怒りを感じ取ったかとそれ以上気にも留めなかった。




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