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 古本屋で買った本からこの国のダイエット事情に関する知識をつけた私は、王宮の料理長の元を訪ねた。料理長とは私が我が家の料理人に教えたレシピと同じものを対ベルナールの偏食用に教えた時からの仲になる。


 王宮の料理人達は私が子供だからと侮らず、時に、料理の神に愛された申し子というこっ恥ずかしい二つ名をつけて呼び合っているということも知っている。やめて欲しいと何度も言っているのに、たいして聞き入れられないからもう半ば諦め、最近は放っていることも多い。


 ちなみに、ベルナールの偏食が治らなければ王宮の料理人達の総入れ替えが行われる予定だったとまことしやかな噂も流れていたというのだ。貴族社会では悪い噂はあっという間に広がり、死活問題と発展することもままある。王宮で雇われていたものの、解雇されてしまったという不名誉な噂ならばこの先就職先に困ることは誰の目にも明らかだ。それがこの国で一番の権力者が下した判断ならば、なおさら給金の良い貴族の邸宅で雇われることはよほどのことがない限りゼロに近いだろう。あわや職を失う最大級の危機的状況になりかけたところを救った私の歓迎ぶりはどこよりも熱烈なものになるのも仕方ない、らしい。


 今日も今日とて本来なら王妃様に一番にお出しするはずのケーキを一切れと、紅茶の茶葉が名産の隣国から取り寄せた最高級の茶葉で淹れた紅茶を出してくれた。先に王妃様へと言っても王妃様の許可は得ているからとの一点張り。


 ちなみにそのケーキ。私の好きなフランボワーズを使ったもので、一番上のチョコの艶々としたグラサージュ部分にフランボワーズとラズベリーとブルーベリーが品よく並べられている。ケーキの層はいくつかに分かれ、それぞれがチョコでできていた。一緒に出された紅茶も、さすがは水よりワインより紅茶を好むと言われる隣国から取り寄せた茶葉。味よし、色よし、香りよし、の一級品だ。


 こういう歓待を受けたのも一度や二度のことではない。きっと私がこの体型なのも、実家で食べる食事の影響だけではないだろう。おしなべて貴族や王族の家に雇われる料理人達の腕が良すぎるのがいけないと思うのだ。


 とはいえ、好物を目の前に出されると人間という生き物は抗いがたいもので……。



「ひ、一口。一口だけ、いただきますっ!」



 家に帰ったら庭を二時間ウォーキングしよう。後はお湯をはってもらって、半身浴もだ。それから夕食の量も減らしてもらって。


 それくらいの覚悟を持って、私は料理長が満面の笑みで差し出してきたフォークでケーキを一口だけ口に入れた。



「いかがです?」

「……とっても美味しいわね」

「一口と言わず、もっと召し上がってくださいませ」

「……悪いけど、遠慮しておくわ。紅茶だけで十分よ」



 悪魔の囁きのごとく優しく語りかけてくる料理長は悪い顔をしている。私が甘い物に目がないことを知っていてのことなのだからなおさらタチが悪い。


 ここは早いところ目的を果たして撤収しなければ第二弾、果ては三弾まで来そうだ。だって、オーブンはまだまだフル稼働中。当然その中のものもあるわけで。


 身体を捻って無理矢理目の前からケーキを消した私はポケットから一枚の紙を取り出して料理長に渡した。新しいメニューかと瞳を輝かせる料理長は目を上から下へ通していくうちに怪訝そうな顔つきへと変わり、終いには頭を抱えて考え込んでしまった。



「どうしたの?」

「ヴィオレット様。これは王子殿下にと?」

「えぇ。ストレスを与えないように少しずつだけど、実行していかなきゃいつまで経っても目標達成できないもの」

「目標、ですか。しかし……」



 料理長が渋るのも無理はない。これでまたベルナールに偏食生活へ逆戻りなんてされたらコトだ。



「何も難しいことはないわ。まずはそこに書いているものを一つずつでいいの。揚げ物はできるだけ避けて、野菜を多めに。ご飯の量をいつもの四分の一にして、おかわりをさせない。そして、夜の十時以降は夜食を出さない。ね? まずはこの揚げ物をーってところからやってみて。私はこの早食いをしないっていうのを言い続けるから」

「ヴィオレット様」

「いい? これはベルナールのため、ひいてはこの国のためなの。将来国王となることが約束されている彼が外交の場で他国から侮られてもいいの?」

「それは……しかし……」



 煮え切らない態度の料理長も、しばらく睨み続けると私の圧力に負け、分かりましたと頷いてくれた。


 あぁ、良かった。これでダメだと言われようものなら、ベルナールの婚約者としての立場や公爵家の力を使わなきゃいけないかと思った。むしろそれくらしたら私の本気具合も伝わるだろうか。



「ですが、揚げ物は控えるとして、野菜を多めには正直難しいです」

「あら、どうして?」



 野菜を使ったメニューも結構たくさん教えたはずだ。ロールキャベツやポトフといったぱっと思いつくものから、豆腐ハンバーグなどの変わり種まで。それこそ前世で培った創作料理への意欲をフル稼働させて考え出したものまでつぎ込んだとも。


 それなのに、なぜ?



「もし野菜を多めにしたとして、殿下がそれに反発して王宮では食事をとらず、外でお済ませになるようになれば私達では管理ができません」

「……その危険性は確かにあるわね」

「それに、殿下は普段からそう同じものを何度も運ばせるということはなさいませんよ?」

「え?」

「殿下が次をご所望の料理はいつも決まってヴィオレット様がお考えになられたものか、ヴィオレット様のご実家であるフーリエ公爵家で召し上がったものと同じメニューのものです」



 そして、それを聞いて絶句している私をよそに、料理長は言葉を続けた。



「本当に美味しいと感じられるものしか、殿下は二口目をお召し上がりになりません。そして決まって私をお呼び出しになり、この料理の作り方を教わった時のことを話すようにと仰せです。それはそれは楽しそうに聞いておいでで」

「あっ! いけない! 急な用事を思い出したわ! じゃあ、料理長。よろしくね!」



 急いで立ち上がって踵を返し、厨房の片隅を急ぎ足で駆け抜けた。こうでもしないと、嬉しさに緩んだだらしのない顔を料理長や通りがかった料理人達に見られることになっただろう。それは絶対に嫌だった。


 なんだか信じられない話を聞いた気がするけれど、ただ純粋に嬉しさが勝っている間は喜んでいられた。幼馴染が自分の考える料理を楽しんでくれているのだと。


 そんな喜びをひとしきり噛みしめて冷静になった時、ふと気づいたのだ。



「……そんなに料理好きなら、新しい婚約者になる子は料理好きの子がいいわね」



 料理をする貴族の子女は珍しいから、今の内にリストアップしておかなければいざという時間に合わなくなる。


 家に帰ったら早速三番目のお兄様に聞いてみようか。お兄様達の中で一番女性経験が豊富だと自称他称しているお兄様なら誰かしらは目星をつけてくれるだろう。

 普段はチャラ男滅びろとか女の人をとっかえひっかえしているのを見るたび思ってるけど、口には出したことはもちろんない。

 妹というだけで可愛がられ、愛でられる私を恨む女の人達から謂れのない悪口を言われたこともあったし、これでおあいこにしてあげよう。



 帰る前に王妃様へご挨拶に伺ったら先程のケーキがだされ、断り切れずに今度は一つ丸ごと食べてしまった。美味しかった。とっても。


 だって、この国の女性の中で一番偉い方に固辞できるほど身の程知らずじゃない。必然的に食べるしか選択肢がない。しかも、王妃様は私が甘い物が好きだということも知っている。完全なる善意の塊だ。


 ……間違いなく料理長の陰謀だ。



 屋敷に戻ったら死ぬ気で運動をしよう。


 そう心に決め、帰りの馬車に乗り込んで王宮を後にした。



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