第23話 春の学祭、当日。

 春の学祭、当日。


 いつもなら質素な鉄の門である校門だが、今日はキレイに花が飾りつけてある。


 門の両脇には看板が立てかけられていて『春の学祭』と大きく書かれていた。


 誰の目を気にすることなく、さまざまな恰好をした人たちが堂々と闊歩かっぽしている。


「ついにこの日がきたわね」


「ああ、待ちに待った姫川さんのウエイトレス姿が、ついに見れるぜ」


「相変わらずブレないわねぇ」


「当然だろう。

 喫茶店をやるって決まった日から、ずっと楽しみにしていたんだぜ」


「そんなバカなことが言えるくらいだもの。

 緊張してないみたいで安心したわ」


 姫川さんは口元に手を当てて苦笑した。


 それはとても上品なしぐさだった。


「まあ、俺は裏方だからな」


 学祭一色に飾りつけされた校内を見回しながら、俺たちは教室に向かう。




++++++++++++++++++++++++




「食材の買い出しも終わったし、教室の飾りつけも完璧だな」


 俺は教室内を見渡す。


 全体的にファンシーな内装。


 机をいくつか集めて、その上にネコの絵柄がプリントされたクロスがかかっていて、中央にはメニューが置かれていた。


「姫川さん、かけ声をお願いできるかな」


「売上1位を目指して、今日一日頑張りましょうね」


 俺が声を上げると、それに答えるように姫川さんも声を上げた。


 今、姫川さんが身につけているのは制服ではなく、極めて扇情的な格好だ。

 

 黒猫が描かれたニーハブーツに、至高のカラダに密着したボンデージスーツからは尻尾が伸びている。


 首に巻いたチョーカには鈴が付いて、肉球クローブと猫耳カチューシャでネコらしさをアピールしていた。


 小ぶりの顔に大きな瞳が輝いて、幼く見えるが目鼻立ちがハッキリしている。


 肌もこれまたお人形さんみたいに白くてキレイで、その凄さと言ったらもう『化粧水のCMレベル』だと女子の間ではもちきりだった。


「わたしは飲食店で働いた経験はありませんけど、お姉ちゃんに負けないように精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」


 殺妹ちゃんは、頭をさげた。


「せいぜい妾たちの足を引っ張らないで頂戴ね」


「どうして……愛理沙お姉ちゃんは、そういう言い方しかできないのよ」


「4人ともスタイル抜群だよね」


「黒猫のコスプレをした姫川さんは凄く神秘的でキュートだわ」


「三毛猫のコスプレをした姫川さん(妹)の方はザ・看板娘って感じでビューティフルだわ」


「白猫のコスプレをした跳姫姉妹は、滅茶苦茶セクシーだわ」


 女子生徒たちが黄色い声を上げながら取り囲んでいた。


 周囲の男子たちも明らかに彼女たちのことを気にしている。


 容姿だけ見れば、4人とも間違いなく美少女だ。


 いつも触れがたいところにいた天上人が、手の届きそうなところまで近づいて来たら、俺ならそくおっぱいを揉んでるね。


 きらびやかな衣装に負けないくらい、彼女たちも光り輝いていた。


 どんな一風変わった恰好をしていても、この学園では不思議と馴染んでしまう。


 ニャンニャン喫茶に押し寄せた大勢の客は、ひと目でわかる姫川さんのノーブルな佇まいに気圧され、人ごみが『モーゼの奇跡』さながらように、真っ二つに分かれていく。


 姫川さんは低身長で、胸だけ極端に発育し、他はスレンダーといってもよい華奢なカラダつきなのに、まるで教室内にいる全員を一段高いところから見下ろすかのような目つき。


 黒ネコのコスプレをした給仕が得意そうにふんぞりかえって歩き、その輝かしいまでに愛らしい姿に周囲が道を譲っているのだ。


「お待たせしました、ご主人様。

 当店自慢の『紅茶チャイ』でございます」


 姫川さんは完璧な笑みを浮かべて、紅茶を差し出す。


 チャイとは、インド式のミルクティーのことだ。


「美味い」


 男子生徒Aが紅茶の味を絶賛する。


「この私が淹れたのだから、当然でしょ」


 給仕というわりには、やけに偉そうな態度で周囲を突き放しまくる。


 特に異性に対する態度は厳しめなのだが、それでも男女を問わず彼女の人気は極めて高く。


 ヒトの中でも埋もれない魅力カリスマがあった。


 内容が善悪にかかわらず、発する言葉を人々に無理やり納得させてしまうオーラが、確かに彼女には備わっていた。


 ちなみにその紅茶を入れたのは、俺だ。


 また、白猫のコスプレを着た跳姫姉妹の周囲には人だかりができ、カメラ小僧たちが熱心にシャッターを切っている。


 彼女たちはスラリとしたモデル体型で、長い緑色の髪をサイドテールにした大人びた顔立ちも魅力的だ。


 定番のホワイトプリムには白い猫の耳がついている。


 白いパフスリーブに襟元に締めた真っ赤なリボン。


 刺繍ししゅうを施した胸当てエプロンをきちんと締め。


 白を基調としたメイド服の下に穿いた白タイツが、色っぽい雰囲気を際立たせているな。


 そして殺妹ちゃんの周りには女子が集まっていた。


 学祭を通して友達が増えたみたいだな。


 彼女の魅力は何と言っても『愛らしい笑顔』だ。


 あとはタイトなドレスのスリットから覗く『ヒモ』だ。


 Tバックや腰巻ではない。


 和装下着パンドルショーツだ。


 ピンク地に花模様があしらわれたオシャレなデザインだ。


 構造はそれこそ『フンドシ』といっしょで、長方形の布を後ろから股間にまわし、腰ヒモを通して前に垂らしているだけだ。


 普通の下着と違って、ゴムは使われておらず、至ってラフな作りなんだよな。


 裾から簡単に手が入りそうだし、横で結んでいるヒモを解けば、はらりと落ちてしまいそうだな。


 そしてその可憐さが和風ドレスとやけにマッチしているように感じられた。


 彼女たちは、周囲の視線に快楽を感じている節も見受けられた。

 

 4大美少女を遠くから眺めながら、俺は最後まで裏方の仕事に徹した。




++++++++++++++++++++++++


 1日目の学祭は無事に終わり。


俺は昇降口に向かって歩いていると、階段の踊り場の方から複数の女性の叫び声が聞こえてきた。


「アタシ、大人気声優の中田と付き合ってるんだけど、彼いつもアナタの話ばかりするのよねぇ。

 はっきり言ってめざわりなのよね」


 榎本えのもとさんは、姫川さんの左頬を叩く。


 榎本さんの周りにはいつも人だかりができている。


 彼女はいわゆる『ギャル』で、片足を机にかけ、ティーン向けの大判ファッション雑誌を片手に、椅子の前脚を浮かせてゆらゆらと座っている姿をよく目にする。


 あと腰巻にしたブレザー制服が特徴的な女性だ。


「それは榎本えのもとさんに魅力がないからじゃないですか」


「ちょっとカワイイからって、生意気だわ」


「ああ、うっさいわね。

そこをどきなさい」


「ちょっと待ちなさいよ。

 無視するじゃないわよ」


榎本えのもとさんが呼んでいるのわからないの」


「私たちはアナタに話があるのよ、姫川理沙。

 アナタが話を聞いてくれるまで、つきまとうわよ」


「きゃあっ」


 姫川さんはとつぜん悲鳴を上げ、自分のブラウスを引きちぎる。


「助けてぇ」


 ボタンが飛び散り、手に持っていた水筒のフタを開けると、頭から紅茶をかぶる。


「犯される」


 びしょ濡れになった姫川さんを目撃した俺は、足を踏み外し階段を転げ落ち、姫川さんを押し倒してしまう。


「ひっ!? 男。

 しかも女を食い物にしているという、露璃村ろりむら 大助だいけす。イヤァアア」


 俺の顔を見るなり叫び声を上げ、女子生徒Aはスカートを押さえて、物凄い勢いで立ち去ってしまう。


 その場に独り残された榎本さんは涙目になりながら


「ちょっと待ってなさい。アタシを置いて逃げるんじゃないわよ」


 女性生徒Aが走っていたほうに向かって声を荒げた。


「これ以上、私につきまとうと、彼に脅迫されることになるけど、それでもいいのかしら。

 彼は冷酷無慈悲で情け容赦のないド変態よ。

 貴方も彼の噂ぐらい耳にしたことがあるでしょう。

 平穏な学生生活を送りたいなら、わかるでしょう」


 姫川さんのそのセリフには妙な説得力があった。


 なぜなら、その噂を流している当人だからだ。


「噂以上のイカレタ女ね。

 こうなることもすべて計算していたんでしょう。

 この悪魔っ。

 わかったわよ。

 もう二度とつきまとったりしないわよ」


「そうしてくれると助かるわぁ」


 その時俺は、絶対に『敵に回してはいけない人間』だと悟った。


 それ以来、榎本えのもとさんを見かけることは、なかったからだ。


 改めて女性の怖さを思い知らされた、瞬間でもあった。


 ちなみに姫川さんが短冊に書いた願いごとは『身長があと5センチほど伸びますよう』という切実なモノだった。




++++++++++++++++++++++




『理沙視点』


 翌朝。

 

 普段通りに学校に登校すると、下駄箱に1通の手紙が入っていた。


 こげ茶色の封筒で、差出人の名前はどこにも書かれていない。 


 そして手紙の内容は、美少女選手権への出場を辞退しなさい。


 もし断ったら、私の近しいヒトに不幸が訪れる、とも書いてあったわ。




++++++++++++++++++++++




『大助視点』


 春の学祭、最終日に事件は起こった。


「……ひ、ひどい……誰がこんなことをしたのよ」


「理沙さまのことをよく思っていない人物の犯行に決まってるでしょう。

 妾が絶対に犯人を見つけだしてみせるわ」


「でも、愛理沙お姉ちゃん。

 理沙さまは人に恨みを買うような人間じゃないよ」


 何者かによって、姫川さんが着るはずだったウエイトレスの衣装に、赤いペンキで『死ね、ブス』と書かれていたのだ。


 陰湿で悪質なイジメである。


 それを目撃した殺妹ちゃんは、スマホで写真を撮り始める。


「なあ、姫川さん。

 彩妹ちゃんはいったい何をやっているんだ」


「見てのとおり、スマホで写真を撮っているのよ。

 彩妹は、残留思念を具現化することができるのよ。

 わかりやすく言えば『心霊写真』を撮っているのよ」


「へえ~。

 そんなことができるなら、彩妹ちゃんに任せておけば、すぐに犯人を特定することができるかもしれないな」


「理沙さま、大変です。

 愛理沙お姉ちゃんが、犯人が残した痕跡においをたどって、教室を飛び出して行ってしまいました」


「ありがとうね、みちるさん。

 よく知らせてくれたわぁ。

 では、私が――――――」


「待って、お姉ちゃん。

 跳姫(姉)の調査はわたしに任せてくれないかな。

 お姉ちゃんは、犯人に狙われているんだよ。

 独りで出歩くのは危険だよ。

 それにお姉ちゃんは、隠密行動が苦手でしょう」


「でも、彩妹にもしものことがあったら、お姉ちゃん……」


「そんなに心配しないでも大丈夫よ、お姉ちゃん。

 わたしには奥の手があるから」


「そこまで言うなら殺妹、あなたに任せることにするわ」


「危険を感じたら無理をしないで、すぐに逃げるだよ、殺妹ちゃん」


「ありがとう、お姉ちゃん。

 それから大助くんも。

 わたし絶対にみんなの期待に応えてみせるから」


 勢いよく殺妹ちゃんは、教室を出ていってしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る