第22話 雨の日って、好きかな


 雑務を終え、校舎の外に出ると、あたりはすっかり暮れていた。


 暗い夜道を姫川さんと肩を並べてゆっくりと歩いていく。


 通学路には、ほとんど人影もない。


「露璃村くん。なんだか? 空が暗くなったと思わない。一雨くるんじゃないかな?」


 ふわっと広がる少女の甘い香りに、汗の甘酸っぱさが混じり、俺の鼻腔を刺激した。


「そういえば、なんとなく薄暗くなったような。気がするな。

 どこか? 雨宿りできそうな場所を探したほうがいいかもしれないな」


「そうだね。

そうした方がいいかもしれないね。

傘持ってきてないもんねぇ」


「あー、遅かったか?」


 ザーッと降りだす雨。


 一瞬で頭から足まで水に濡れ、上着はもちろん、パンツまで雨水が入り、びっしょりになった。


「ひと雨、きっちゃったね」


 大粒の雨を降らせ始めた鉛色の空を見上げる。


「ひとまず、あそこで雨宿りさせてもらうしたないな」


「そうねぇ」


 俺たちは手持ちの鞄を小脇に抱えて、走り出した。


 アスファルトを雨粒が叩き、跳ね返ってくる。


 シャッターを下ろしていた商店の軒先に入ると、途端に雨音が強くなった。


 厚い雲はびっしりと空をおおい。

 

 いつ止むかは、見当がつかないな。


 ただ、これ以上濡れようがないくらいに濡れているから、急いで家に帰る必要もないんだけどな。


「びっくりしたねぇ、露璃村くん」


「そうだな」


 なんだか嬉しそうに姫川さんは、雨で張り付いた制服を指で引っ張ていた。


髪や、腕だけならまだいいさ。


 でも背中や胸元まで透けているのは、非常に困る。


 薄ピンク色のブラジャー。


 ブラの色どころか!? 柄もわかるほどだ。


 けっこう大人びたデザインだな。


 透けたシャツからは、下着の線がはっきりと見えている。

 

 それに胸の輪郭まで丸わかりで、ブラウスの裾を絞る姿は、めっちゃくっちゃエロいな。


 どうして雨で濡れた髪って、こんなにも色っぽいんだろう。


 もちろんスカートもびっしょりと濡れていた。


 突然の雨でラッキーと思いながらも。


 マジマジと見るのは、やっぱりマズいよな。


 罪悪感も覚えた。


「ねぇ露璃村くんは、雨の日って、好きかな」


「えっ!?」


「私はねぇ。好きだよ、雨。

 身も心も清められているような気分になるのよね。

 包丁を持った女の子が、雨に打たれているシーンとか? 私は好きだよ」


 彼女につられて、俺も空に視線を移していた。


「それは斬新な考え方だ。常人の発想ではないな。

芸術家の考え方だな」


「そうかな? 

普通だと思うんだけどな。

 あとは『捨て猫を拾う』シーンなんかも好きだし。

 待ち合わせ時間を過ぎて、雨が降ってきても一途に待ち続けるシーンなんかも好きよ」


「まあ俺も雨の日は、嫌いじゃないかな」


姫川さんは可愛らしい笑みを浮かべて。


「まあ露璃村くんの場合は」


 俺のほっぺたをいつものようにツンツンしてから


「どうせ、エロ目的でしょ」


「当たり前だろう。

それ以外に何があるって言うんだよ。

 特に気温が高い日に降る雨は、最高だよな」


「それは『下着が透けて』見えるからかな?」


「よくわかってるじゃないか!?

 さすがは『俺のお主人さま』だな。

 俺の好みを良く熟知しているぜ」


「本当におっぱいが大好きなのね」


 クスッと微笑む彼女は、確かに機嫌がよさそうだったので、俺は姫川さんのおっぱいを軽く揉む。


「ああ、大好きだ」


「最近私が甘いからって、少し調子に乗ってない」


「そういうところも、可愛くて好きだな」


 少し頬を赤く染め。


 恥じらいが滲み出るような、可愛らしいハニカム顔で


「か、カワイイって……バカっ!? 何言ってるのよぉ♥」


 強く恥じらいモジモジしている今の彼女は、とてもイジらしくて。


「照れたところも、可愛いな」


「バカバカバカ。露璃村くんのバカっ!?」


 ブラウザのボタンなんか? 今にも飛んでしまいそうなほど大きく揺れる胸に、視線が引き寄せられ。 


「最高のスケブラをありがとう、理沙」


 指摘を受けて。


 自分の身体に目を向けた理沙は、俺が言わんとしていたことに、すぐに気づいたらしく。


「どこを見てるのよぉ!? エッチ!? スケベ!? 変態っ」


 慌てて両手で、胸元を覆い隠したけど。


 それは豊満なバストを押し寄せて。


 よりボリューム感を増そうとしているようにしか見えなくて。


 俺のエロい視線に気がついたのか?


「ほんとうに露璃村くんは、デリカシーが足りないわよね。

 もう少し、女心を学んだ方がいいわよ」

 

 その美貌からは、強い恥じらいが見て取れる。


「そんなこと言われてもな。

 ラブコメの主人公たる俺が、朴念仁なのは、至極当然のことだろう。ドヤ」


「それを自分で言っちゃうあたり、露璃村くんってぇ、ホント!? バカよね。

 あと……そのドヤ顔やめなさい。

すんごくムカつくから」


 小さな唇は、意志の強さを感じさせるように強く結ばれ。


 熱く燃える炎のように頬を赤く染め。


 彼女は怒りを露わにし。


 真っ白な太ももが閃き。


「ぐぎゃああああああああ」


 切れのあるローキックが、腹に直撃し。

 

 カラダがくの字なり。


 決定的なものが見える前に、視界はブラックアウトする。


 横向きに繰り出された靴底が、見事に俺の両目をふさいだからだ。


「ぎゃぁああっ」


 女という生き物の恐ろしさを、身をもって体験した瞬間だった。


「雨も止んだみたいだし。

 あまり遅くなるとおじいちゃんが心配するから帰るわよ。

 ほら、いつまでも倒れてないで、早く起きなさいよね」


姫川さんは俺の右腕をがっちりと掴んで、引っ張ってきた。


「痛いっ!? 痛いって……」


「ほら、早く」


「わかった、わかったから」


 俺はカラダを起こし。


 叫びながら空を見上げると、雲の隙間から光が差し込みはじめ。


 青空が姿を現した。


 青空にはうっすらと、鮮やかなアーチを描いた七色の『虹』を目にした俺は、キレイだと思った。

 

「あまり遅いと置いてちゃうわよ」


 だがそう叫ぶ彼女は、虹よりもずっとキレイで輝いて見えた。


 北欧神話に記されている戦乙女を思わせるほどに……その後ろ姿は……神々しく。


 太陽の光を受けて、うっすらとスカートの中が透けて見え、白い尻の形が浮かび上あがり、大空を目指し、高く持ち上がろうとせんばかりの尻だな。


「ま、待ってよ」


 俺は姫川さんの元に向かって、水溜りを避けながら走り出した。


 まあ、これがいつもの日常である。


++++++++++++++++++++++


 翌日。


 放課後。


 俺は被服室を訪れていた。

 

 みちるちゃんに頼みごとがあったからだ。

 

「俺にカワイイ猫のぬいぐるみの作り方を教えてくれ、頼む」


「教えてあげてもいいけど、あたしのことは『伏せておく』のが条件よ。

 理沙さまに余計なことは言わないと約束できるなら、教えてあげてもいいわよ」


「秘密保持契約を結ぼうということだな。

 わかった。

 秘密は厳守する」


「約束を破ったら『八つ裂きの刑』だからねえ。

 覚悟しておきなさい」


 それから数日間すうじつかん俺は被服室に通い詰めた。


 慣れない針仕事で、俺の指先は絆創膏だらけになり、ぬいぐるみにも血が付き。


 縫い目も雑で、肝心の『ぬいぐるみ』は、全然可愛らしくなかった。


「もう見てられないわぁ。

 貸して」


 それ以上は何も言わず、彼女は裁縫箱から『ぬいぐるみ』に合う糸を取り出し、縫い始める。


 チクチクと針を通していく姿は、なんだか凄く家庭的だな。


「これで少しは『見栄え』がよくなったかしら」


「スゴイ!? スゴイよおっ!? 

 みちるちゃんってやっぱり裁縫が得意なんだね。

 これなら、きっと姫川さんも喜んでくれるよ。ほんとうにありがとう」


「念のためにもう一度だけ、言っておくけど。

 あたしのことは絶対に理沙さまには、話ちゃダメだからね」


「もちろん、わかってるよ。

 約束はちゃんと守るから安心して」


「主さまのこと信用してるからね。

 くれぐれも気をつけてね」


「ああ」

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