第二十四話 僕が出来る事

 夜が明けた。


 今日僕は、泉さんのお父さんを殴りに行く。


 暴行事件として、学校から怒られ、退学処分とかになるかもしれないが、後の事は後から考えよう。


 今が良ければ全てよし!

 わが身が可愛いからと言って、泉さんを見捨てたくはない!


 僕は泉さんの家の住所を教えてもらい、そこへ向かう。


 泉さんは体調不良のため、お留守番だ。



***



 僕は最寄り駅から電車に乗った。それから30分後、電車から降りて、15分ほど歩くと、目的地に着いた。


 目的地の泉さんの家は、古そうな木造建築の一軒家だ。この家は、どちらかというと、小さい方だ。多分、四人家族でも狭いと思う。


 僕は表札に『泉』と書かれている事を確認してから、インターホンを押した。


 ピンポーン!


 ありふれた呼び出し音が鳴り、しばらく待つと、泉さんのお兄さんが、ガラガラと玄関の引き戸を開けて出て来た。


「あ、月城……だったっけ? 何のようだ? 彩良ならいないぞ」

「知っています。泉さんは今、僕の家に居ますから」

「ふ~ん。で、何のようだ?」

「泉さんのお父さんはいらっしゃいますか?」

「ああ、親父なら出かけてるぞ。親父になんか用か?」


 留守かぁ。あれ? もしかして、完全に無駄足?


 何か、すごく恥ずかしい。


「いえ、何でもないです。帰ります。僕がここに来たことは忘れてください」

「あ、もしかして、『彩良さんを僕に下さい』とか言いに来たんじゃ……」

「!? 違います!」


 僕の顔が、赤い風船のように真っ赤に染まっていくのが、自分でも嫌というほどよく分かった。


「さようなら! 本当に、僕がここに来たことは忘れてくださいよ!」

「分かった、分かった。じゃあな!」


 僕は回れ右して、ダッシュでボロアパートに帰った。


 電車賃と時間、もったいないな。悲しいな。



***



 ボロアパートに着いた。


 ここを出発するとき、泉さんに「じゃ、ちゃちゃっと行って、お父さんを殴っ――じゃなくて、出来る事をしてくるよ! 安心して待ってて」と自信満々に言ってしまったが、留守だったから何もできていない。


 ま、いっか。殴り込みは来週にしよう。


 玄関の扉を開け、部屋の中に入った。


「ただいま~」

「月城くん、大丈夫? 殴られなかった? 骨とか折れてない?」


「大丈夫。留守だったから」

「良かった」


 言って、泉さんは胸をなでおろす。


 オイオイ…………。お前のお父さんはどれだけ怖いんだよ。留守で良かった。


「あのさ、僕、電車の中で考えていたんだ。好きとか嫌いとか、もうどうでもいいって事を。

 泉さんは僕を必要としてくれているんでしょ? 僕も、君を必要としている。

 それで、いいんじゃないかな?」


 僕は泉さんに不器用なウィンクを送る。

 送ってから、送ったことを猛烈に後悔し始めた。


「あの……、ごめん。月城くんの言っていることが、分からないんだけど……」

「うん。分かってる。僕も僕の言っている事が分かってないから」

「…………」

「…………」


 なんか、変な空気になっちゃった。


「と、とにかく、泉さんは独りじゃ生活できないでしょ?」

「ま、まあ……。何故か私『家事とかが出来ないダメ人間』って言われている気がするのだけど、気にせいかな?」

「うん。気のせいだよ」


 確かに泉さんは、家事とかができないが……やっぱり何でもないです。はい。


「泉さんは、僕を頼ってよ」

「それじゃあ、君に悪いよ……」

「そんなことないよ」


 だって、僕は――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る