理想の顔になれる洗顔料

とある田舎町の大型スーパー

 そこの洗剤コーナーに二人組の若い女性は目の前の宣伝パネルを見ながら談笑している。


「この洗剤、須賀まさるが宣伝してるんだよね。はぁ…カッコいい」

「顔も良くて歌もうまいなんて、無敵だよね」


 真っ白のTシャツに甘い顔さらに無敵のスマイルで映るこの男は今人気の俳優で、どうみてもこの男から臭いにおいなどしないのだろう。


 その洗剤コーナーの近くで品出しをする男はパネルのイケメンに夢中な二人組の女性を細い目と鼻息で疎ましそうに見ている。

 厳密にいうと二人組よりパネルのイケメン俳優を疎ましく見ているようにもみえるがその視線に気がついたのか、二人組の茶髪の方が男を睨みながら隣の女性にヒソヒソ話しだす。

「ねぇ…あの店員うちらのこと見てるよ」

「ホント。キモ…向こう行こう」

 さっきまでパネルのイケメンを見ていた人とは思えない冷たい目で男を見ながら二人組は別の売り場へ向かう。


 男は怒りなのか悔しさなのかわからない感情を殺して、ブツブツ言いながら品出しを再開する。


「…何がイケメン俳優だ。あんな顔なら俺だって人生うまくいくんだよ。顔がいいだけで女も金も好き放題かよ…くそっ」

 

 ブツブツ文句を言いながら品出しをしていると後ろから男の名前を呼ぶ声がした。この店の店長である。

「斎藤君。裏の作業の手伝いしてきて」

「いやでも、もうすぐで休憩が…」

「休憩なんて、少し後でもいいだろ。じゃ。頼むよ」

そう言うと若い女性店員の方に急ぎ足で向かってしまった。



 男はここでも近くの人に聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームでブツブツ言いながら作業の手伝いをしている。

「お前がやれってんだ。こっちはお前が女子高生のバイトにセクハラしてんの知ってんだよ。くそっ…」


顔も力もない23歳の童貞には文句を空気中に吐くくらいしかできない。

 

 そんな時、男は台車の上にある小さな段ボール箱が気になった。見た感じは普通の段ボールだが何か違う…と男は感じた。

ゆっくりと丁寧にテープをはがして中を見ると、一本の洗顔料があるだけだった。

「んだよ…」そう男は思ったがよーくラベルを見るとそこには


【理想の顔になれる洗顔料】


 初めてみるその商品が気になった男は店長や二人組の女性のこともあり、こっそりとポケットにしまうと休憩室へ向かった。店に来る前に買った冷えたコンビニ弁当を食べながらスマホをいじっていると、隣で雑誌を広げながら盛り上がるパートのおばさん達の会話が妙に気になった。


なぜなら、またあの男の話だったからだ。そう。須賀まさるである。


「知ってる?須賀まさるの事務所に脅迫文が届いたんだって!」

「それ私も聞いたわよ。ねぇ。それよりもココ見てよ。須賀まさる!あの1億年に一人の美女と交際か!?ですって」


ガタッ!


 男があまりに突然立ち上がったのでパートのおばさんは一瞬だけ男の方を見たが、すぐにまた雑談し始めた。

男はコンビニ弁当を捨て、休憩室のドアをサッと閉めると自分のロッカーに早足で向かった。

「あの俳優…橋田りんなちゃんが交際だと…ふざけんなよ」

そのことが頭から離れないままその日の仕事は終わった。


ーー翌朝ーー

 男は朝早くから洗面台の前にいる。あの洗顔料を試そうと思いながら眠ったら思った以上に早く起きてしまった。


 男は使う前にクルクル回しながらラベルをチェックするとラベルには商品名と注意書きが…この洗顔料で顔を洗うとあなたが思っている理想の顔になれます。ただし、1日1回を目安にご使用ください。そう書いてある。


 「ま、物は試しに使ってみるか」そう言うと男はなんとなく適量だして顔に塗った。匂いはミントのような香りで嫌な感じは全くない。

それどころか水で洗い流すと顔の汚れだけでなく負の遺産まで流れた気がして気持ちが良い。


 毎朝必ずこの洗顔料で洗うというのを続けて1週間が経ったある日、珍しく若い女性社員から声をかけられた。

「斎藤君…なんか変わったよね?なんか。かっこよくなったっていうか…」

「そ、そうですか!?」


その日を境に男の洗顔料を使う量と頻度が増えた。



最初に使いだしてから2週間が経ったある日…

 洗面台にいる男は明らかに別人だった。目はパッチリ二重で鼻は高くなり口元もセクシーで肌のニキビも綺麗に消えた。


腹の底から湧いてくる自信というマグマは男を行動的にさせる。


 仕事を辞めるということを伝えるためにお店に向かう途中もすれ違う女性は揃って振り返り、スマホで撮影する者や男すら二度見するほどの変貌に男は優越感というご褒美を浴びている気分だ。


 職場のスーパーに着くとマスクとメガネをして、店長に辞めることを伝えた。当日に辞めるなどありえないがこの男には何を言っても無駄だという強い気迫に押された店長はしぶしぶ受け入れた。

 マスクとメガネを外して満面の笑みでお店を出ると、向こうから例の二人組の女性が歩いてきた。男は復讐のときだといわんばかりに肩で風切りながら「お前らみたいなブスはどけ…」そう呟きながら二人組の横を通り過ぎると、茶髪の髪の方が慌ただしい様子で隣の女性に話し始めた。


「ねぇ!今の見た?」

「見た見た。~だよね。SNSに呟こう…」


 少し離れていたせいか、よく聞こえなった男だったが女性の様子から俺を褒めているのは間違いないと確信した。

 調子に乗った男は少し遠回りをして家へ向かう。いつもの帰り道へ合流し口笛を吹きながら上を向いて歩いていると、少し先にある電柱から誰かを呼ぶ声が聞こえる。男は少し怖くなったが、ゆっくりと近づくとなぜか早足でこっちに向かってきた。


バタバタバタ!!


「~さんですよね!!」


 あまりに突然のこと過ぎて腰を抜かしそうになるがなんとか踏ん張る。

来たのは20代くらいの女性で、初めて会う人だった。

「ん?よくわからないけど…あなた誰ですか?」

男がそう言うとすごい剣幕でベラベラと何か話し出したが男にはよくわからない。

「すいません。急いでるので…」

そう言って女性の横を通り過ぎようとした瞬間…


「あんなに、プレゼントも送ったのに…なんであの女なんかを」


えっ!?


気がつくとそこは血の海と化していた。



数日後…

とある大型スーパーの休憩室で雑誌を広げながらおばさんたちが話している。

「ねぇ。23歳の男の人がメッタ刺しにされた事件知ってる?」

「知ってるわよ。しかも、近くで女が自殺してたんでしょ。怖いわねぇ」


「しかも、その殺された男の人っていうのが…顔が須賀まさるにそっくりだったみたいなの」

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