第11話 裏方

 緋々野 響ひびの ひびきは兎の魔神を探して駅付近を歩いていた。遠くで大きな音がした。クリスティーヌか順一辺りが兎の魔神と戦闘になったのかもしれない。

 クリスティーヌならまず苦戦することはないだろうが、順一なら話は別だ。いくら強大な魔力を持っているとはいえ、神器を持っているわけでもなく、ついこないだ魔法を知ったのだ。かなり厳しいだろう。

 響は音のする方へ向かって走る。

 音のした地点から感じる魔力が爆発的に上がった。何か大技を使ったのだろうか。響はより一層走るペースを上げる。

 巨大化した魔神の姿と順一の姿が見えた。順一の手には凍りついた剣が握られていた。先ほどの魔力の上昇は神器の発現だったのだろう。


「『彗星壱式・諸刃斬』!」


 順一が兎の魔神の体を二つに裂いた。少し口角が上がったのを感じた。

 そのときだった。響の前を何者かが慌てて通り過ぎていった。ほのかに魔力を感じる。おそらく、魔力を限界まで落としている。となると、今回の兎の魔神騒動と何か関わりがあるかもしれない。

 その人影を追いかける。しばらく後をつけていくと、その人物は路地裏へと入っていった。響も続いて入る。


「『獄炎ヘルフレイム』」


 背後に現れた魔神が炎の中へ消える。中級の魔神だ。種類は分からないが、大したことはない。


「そんなものでこのオレを倒せるとでも思ったのか?」

「くそっ!なぜ背後に魔神を出したのがバレた!?」

「オレだからだ。理由なぞ必要ない」


 対峙した男は何やら分厚い本のようなものを持っていた。あれが『魔封の書』というやつか。見るのは初めてだが、厄介な代物だ。だが、警戒する必要はない。距離を少しずつ詰めていく。


「おい!俺は魔神を呼び出せるんだ!それ以上近づいてみろ!お前を……」

「不可能だ。魔封の書で魔神を呼び出すのには相当な魔力が必要だ。だが、貴様が先程呼び出したのはたかだか中級。仮にもう一度呼び出したとしても中級の魔神。オレの敵ではない」

「フン、根拠のない強がりを!これ以上近づいてくれば、とっておきの魔神を出してやる!」

「フッ、くだらないハッタリだな。貴様は相手の実力がわからないタイプの人間ではない。そんな貴様がオレ相手に中級の魔神をけしかけたということは、それ以上の魔神は呼び出さないということだ」


 もう男は目の前だ。男は尻餅をついた。

 響は右手に神器を展開する。その刃先を男の首筋に当てる。左手から火の玉を放ち、魔封の書を燃やす。


「その本をどこで手に入れた?」

「ふ、ふふふ、あはははははは!」

「吐け。それともこの『迦具耶カグヤ』の鯖にされたいか」

「兎の魔神など!単なる序章に過ぎない!『星の教団』が、この世界を正しい姿へと移行させるのだ!」


 男は目が血走り目をひん剥いていた。今にも目玉が落ちそうだ。死の恐怖で頭が狂ってしまったのだろうか。だが、この男の発言には少し気になるところがある。もう少し様子を見るべきだ。


「すでに五つの『魔神器』がこの町に放たれている!『救われるべき者ども』は涙を流し、我が神に救いを乞うのだ!それが我が神の封印を解く糧となる!」

「……星の教団?それがお前の組織の名か?」

「そうだ!神の復活による絶対不変の統治それこそが救い!それこそが摂理ィィィ!」


 様子がおかしい。元々おかしくはあったが、おかしさに拍車がかかっている。首をかきむしり、苦しげにもがく。思わず刃先をのける。


「だというのに、何故です!教祖様!なぜ私をッッ!まだ私にはっ………」


 男の体が爆発した。それはあまりにも突然で、それはあまりにも残酷だった。とっさに炎の壁を作っていなければ吹き飛ばされていた。


『響、ケガはない?』

「当たり前だ。このオレがあんな爆発でケガなんぞするか」

『そう、無事で何より!』


 軻遇耶が話しかけてくる。クリスティーヌ曰く、持ち主と意思疎通ができる神器は少なくはないらしいが、こうもお節介だと少し困ってしまう。悪い奴(?)ではないのだが。

 響はいったん軻遇耶の展開を解除し、ポケットからケータイを取り出す。響は電子機器の扱いは得意ではないので未だにガラケーを使っている。最近のガラケーはラインにも対応しており、基本的に連絡はラインだ。

 とりあえず、クリスティーヌに連絡することにした。


[『星の教団』とかいう組織の男と接触した。

  男は何者かの魔法により爆死。

  この男が今回の兎の魔神騒動の元凶であり、

  男によると、今この町に五つの『魔神器』

  があるらしい]


 とりあえず、今目の前で起きたことを文章にした。そういえば、順一やレイラの連絡先を聞くのを忘れていた。前にあった時に交換しておけばよかったと後悔する。

 仕方ないので、クリスティーヌへのラインに付け加える。


[レイラや順一にも連絡しておいてくれ]


 響はケータイをポケットにしまい、順一がいるであろう場所に向かって走り出した。


 ◆◆◆◆


 順一は足を引きずりながらも紡とレイラの元までたどり着くことができた。順一の様子を見るなり、紡が心配そうに見つめてくる。


「順くん!足だけじゃなくて肩まで……って、なんで凍ってるの!?」

「ああ、俺の神器は氷を操る魔法が使えるんだ。だから、ギプス代わりにな」

「でも、良かった……。あいつに勝てたんだね」

「なんとかな」


 レイラはというと、近くの家の壁にもたれかかっていた。先ほどよりも一層増して体調が悪そうに見える。早く病院に連れて行ってやるべきだ。


「……早くレイラを病院に連れて行ってやらないとな」

「いや、お前もいけよ」


 聞き覚えのある声に振り返ると、そこには響が腕を組んで立っていた。いつの間にここまで来たのだろうか。


「つい素が……。じゃなくてだな、順一どうやら兎の魔神を破ったようだな。フッ、貴様ほどの魔力を持つ者だ。当然といえば当然か」

「いや、結構苦戦したけどな。骨折れたし……」

「それならなおさらだ。貴様も病院に行け。骨が折れた魔術師など役に立たんからな」

「はいはい、分かりましたよ」


 順一は渋々、病院に一緒に行くことにした。紡がレイラに肩を貸し、歩き出す。順一もそれに続いて歩こうとするが、響が呼び止める。


「待て!その氷は外して行け。一般人どもに怪しまれるぞ」

「……それもそうだな」


 順一は肩と足の氷を溶かす。『彗星』の魔法によって作られる氷は魔力を込めるほど硬くなる性質があり、逆に魔力を完全に断てば溶ける。

 氷を溶かしたはいいが、今度は痛みがぶり返してくる。正直、このまま歩いて行くのは厳しい。


「全く、世話の焼ける男だな」


 響が順一の腕を肩に回した。どうやら肩を貸してくれるらしい。


「ありがとう、響」

「フッ、勘違いはよすんだな。貴様の足では黄昏時を過ぎても目的地に着けそうにない故に補助してやるだけだ」


 結局、響は病院まで一緒に来てくれた上に診察の間もずっと待っていてくれた。その上、途中で合流した紡の母を含めた全員分のジュースを奢ろうとした。

 結局、紡の母が「娘の友達に奢らせるわけにはいかない」と言い、彼女が奢ってくれた。

 響は少し中二病なだけで、根は優しいのだろう。『魔弾』の特訓の時も彼なりにアドバイスしようとしてくれていた。

 その後は真っ直ぐに家まで帰った。その際、響が紡の母以外に話したいことがあると言い、紡の母と別れてから4人は順一の家に上がった。

 レイラの部屋まで行き、レイラをベッドに寝かせる。


「糸野と言ったな。貴様もまた神器を使えるのだろう?」

「使える……というよりは持ってるだけ、かな」


 紡がカバンの中の裁縫道具から例の喋る針を取り出して、響に渡す。


「初めて見る顔だな……。おいらになんか用かい?」

「貴様は神器だな?」

「へえ、よく知ってるじゃんイケメン君」

「……ということは、糸野も魔術師になるんだな?」

「えっと……、それは、まだ分かんないよ……。あたしは、まだ決められない」


 紡はかなり困り顔だった。無理もないだろう。いくら昨日の時点で聞かれていたとはいえ、目の前であんな化け物を見てしまったのだ。今すぐに決断なんかできるはずがない。


「まあいい。可能性がある以上、これからする話を聞かせる価値はある。……先程、クリスに連絡した。もうじきここに到着するだろう。全員揃ってから話を始める」


 玄関のチャイムが鳴った。順一は立ち上がろうとしたが、紡がそれを制する。


「ケガしてるんだから無理しないで。あたしが出るから」


 紡は部屋を出て、階段を降りて行った。しばらくして、クリスティーヌと共に部屋に戻ってきた。


「結局、直接話すことにしたのね」

「ああ。その方が早いからな。……さて、始めようか」


 響が話し始めた。それは順一には耳を疑うような内容ばかりだった。

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凍てつく剣に手を添えて 発芽玄米 @Genmai13489

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