第3話 異世界の仕組みはわかりやすい。_前半



 アンバーと一緒に、町と呼べる場所までやってきた。


 俺の読みは当たっていたようで、あのまま小道を進み続ければ、この場所に出ることができたようだ。



 石畳の道の両側には、ゲームやアニメの世界で何度も目にしてきた、中世ヨーロッパと聞けば誰もが普遍的に思い浮かべるだろう、石造りの洋風の建物が並んでいる。


 そして俺達は、大通りに立った。


「ここが、アルカディアの主要な大通りね。第五地区から、第一地区まで真っ直ぐ続いてるの」


「真っ直ぐ? すごいな」



「アルカディアのすべての大通りは、放射線状になっててね、すべて始点が神殿に、終点が外円壁に繋がってるのよ」



 その石畳の道は、始点が見えないほど真っ直ぐで、地平線まで続いていそうだ。


「この国は、第一地区から第五地区まで分けられてるの。女神様がいらっしゃる神殿がある場所が第一地区で、そこを中心として、円状に、第二地区、第三地区が広がってるのよ。それぞれの区画は巨大な壁で区切られてるけど、有事の際を除いて、外円壁以外の門はいつも開かれてるよ」


「へえー・・・・」


 国土はそれなりにあるのだから、中心部は果てしなく遠いのだろう。今からその距離を歩かなければならないのだと思うと、体調が悪いこともあって、気が滅入った。


 俺がぼんやりしている間に、アンバーはいつの間にか、道端の、停留所のような小屋の下に移動していた。そこには、多くの人が並んでる。


「あ、もしかして、歩いて行くつもりだった?」


「え?」


「無理だよ、遠すぎるから。こっちに来て。もうすぐ馬車が来るから、ここで待つよ。危ないから、脇にどいててね」


「馬車・・・・?」


 具体的に問い返す前に、俺はアンバーに腕を引かれ、停留所のような小屋の中に引き摺り込まれていた。



 そのタイミングで、目の前を風が駆け抜けていく。


 俺達の前で立ち止まったのは、羊のような、馬のような、奇妙な姿をした、四足歩行の生き物だった。その二頭の生き物は、車輪を取り付けた巨大な箱を引いていて、生き物が足を止めた瞬間に、その箱の扉が開く。



「この生き物は・・・・」


「見るのはじめて? ガンガランホースっていうの」


 そして、俺達と一緒に待っていた人々は、吸い込まれていくように、箱の中に入っていく。


「さ、乗って」


「あ・・・・」


 アンバーは呆然とする俺は引っ張って、それに乗せてくれた。


 それの内部は、市営バスに似ていた。座席が整然と並び、座れなかった人々がつかまるために、手すりが天井から吊るされている。


 人々はそれぞれ、手前の椅子から埋めていって、後部座席だけが残ったので、俺達はそこに座った。


「第五地区から第一地区まで、ものすごく遠いんだから、歩いていくなんて無理だよ。馬車はいつも時間通りに来てくれるから、アルカディアの人達は、みんな馬車を使って移動してるの」


 なるほど、これは市営バスのようなものなのか。こんな世界観で、交通機関まで整備されているなんて、予想外だ。ややファンタジー感が薄れてしまうものの、疲れきっていた俺にはありがたかった。


 そして車体は、ゆっくりと動き出す。馬車とは思えないほど、移動中の振動は少なく、俺は車酔いすることもなく、窓からのんびりとアルカディアの町を眺めることができた。


 アンバーの説明通り、この国は高い壁で、五つの区画に区切られているらしく、円形に広がった国の中心を、大通りが貫いているようだ。


 巨大な門を通過して、第一地区に向かう。


 門を通過するときにわかったが、壁にはかなり厚みがあることがわかった。壁の上には、歩哨と思われる軍服姿の男女が見えたので、壁の上には巡回路のようなものがあり、内部には詰め所があるのだろう。


 都市部を囲んだ壁、さらにその壁を囲むように水堀が張り巡らされていて、水堀の上には跳ね橋がかかっている。


 そして四つの門をくぐり、俺達は馬車を降りた。






「ふえー・・・・」


 その光景を見て、俺の口からは意識しないまま、気が抜けるような声が零れ落ちていた。


 真っ直ぐ伸びた道の両側に、いかにも西洋風の、華美な建物がブロックのように並び、店はお洒落な看板を掲げている。


 広場は花壇の中の、色とりどりの花々で彩られ、中央の噴水には裸体の彫像が置かれ、逞しい腕を天に向かって伸ばしていた。


 さながらそこは、水の都市、と言ったところか。町中に水路が張り巡らされていて、透明度が高い水が涼やかな音を立てながら流れている。


 巨大な噴水がある広場をいくつも見かけ、かなり豊富な水資源があることが、一目でわかる景色だった。


 俺の頭の中にある、ファンタジーの世界観を、そのまま現実に投射したような光景だった。


 しかもファンタジーなだけでなく、SF要素も混じっている。


 町の至る所に陸橋のような、巨大な橋が見えた。


 大通りの始点には、円形の広場があり、その広場の中心には、神殿らしき建物があった。


 その建物を中心に、十二本の道が放射線状に伸びている。すべての通りが、神殿に繋がっているというアンバーの言葉を、表す光景だった。


 あの建物が、女神に関わる建物なのだろうか。


「すごいな。これがアルカディアか・・・・」


 首都だけあって、人通りは多く、とても賑わっている様子だ。かといって、新宿の歩行者天国のように、注意しないと誰かにぶつかってしまいそうなほど、人で埋め尽くされているわけでもなく、ちょうどいい具合に人が分散されていて、とても歩きやすい。


 道行く人の顔立ちは、白人に似ている。俺のような東アジア人や、アンバーのようなアラブ人の容姿をした人は少ない。


「ずいぶんと賑わってるな」


「ここだけだよ。中心部ほど賑わっていて、中心部から離れるほど、人口密度も下がっていくから。イチローも見たからわかってると思うけど、第五地区は山や森ばっかりで、住んでる人は少ない。でも、重要な場所よ。畑や牧場も多いからね」


(町に来たはいいが・・・・さて、俺はこれからどこに行けばいいのやら)


 町という具体的な場所にたどり着くと、夢見心地はあっという間に現実に吹き飛ばされ、早くもこれからどうするべきなのかという現実的な壁にぶつかっていた。職歴も、技能も、この世界の常識もない俺に、就ける職があるとは思えない。


(どうせ転移するなら、赤ちゃんの時からやり直したかったんだけど・・・・)


「どうしたの? 暗い顔をして」


 さすがアンバーは、気が利きそうな女という印象を裏切らず、俺が困っていることを素早く見抜いてくれた。俺はありがたく思いながら、口を開く。


「これからどうすればいいのかわからなくて・・・・俺、頼る人もいないから」


「なんだ、そんなことか」


 花が咲くように笑顔を弾けさせ、アンバーはそう言い放った。そんなこと――――重大な悩みを、そんなことと言い放たれて、俺は唖然とする。


「神殿に行けばいいよ。エイレーネ様が、あなたの今後のことについて、ご教示してくださるはずだから」


「エイレーネ様?」


「女神様だよ。イチローのように、この世界に迷い込んでしまった人や、人生に迷ってしまった人が、毎年神殿を訪れて、エイレーネ様に祈りを捧げて、代わりに助言をもらっているんだよ」


 第一地区は、アルカディアの政治の中心地であるのと同時に、国民の聖地でもあるようだ。なるほど、賑わっていることにも納得がいく。


(女神教、と言っていたな)


 この世界では、女神が信仰の対象なのだろう。


 俺達の世界では、神様の存在は朧気だったけれど、この世界の「神」は、人々に姿を見せ、直接語りかけるようだ。


「だけど俺の問題は、エイレーネ様に会う程度で解決するのか? 生活費の問題なんだが・・・・」


「エイレーネ様が信託を下されたら、エイレーネ様の信徒が、イチローの自立を手伝ってくれるはずだよ。イチローの他にも、来訪者が何十人も現れたけれど、その人達もそうやって、アルカディアに馴染んできたんだから」


「そうなのか。それは助かるな」


 光が見えて、俺の心は羽のように軽やかになった。それ以上に、女神様に拝謁できるという喜びに、俺の心は踊っている。


「そ、それで、その女神様とやらは、どこにいるんだ?」


 善は急げだ。でも焦りすぎると、女神様との対面時に失敗しそうなので、俺は逸る気持ちを努めて押さえ、アンバーに問いかける。


「あそこよ」


 アンバーはすっと腕を上げて、大通りの先に、うっすらと見えている神殿の輪郭を指さした。


「あの神殿なんだな?」


「そうよ」


 予想できたことだが、あの神殿がやはり、女神様の居城らしい。


「行こう」


 俺はアンバーに手を引かれ、神殿に入った。






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