第2話 なんだか変な場所で目覚めたんだが_後半
「・・・・!」
どれぐらい歩いただろうか、疲れを感じて一休みしようかと考えていた時、進行方向にある藪が揺れた。
がさがさと、藪を掻き分けるような音が、こちらに近づいてくる。
(人間か? それとも――――)
近づいてくる存在が、人間なのか、それとも獣なのか――――熊である可能性もあるから、隠れたり、逃げたりというアクションを取るべきだったのに、パニック状態に陥った俺は、根が生えたように、その場から動けなかった。
「ううーん、兎、見つからなかったなあ・・・・」
そうして凍り付いている俺の前に、少女が現れた。
黒髪にやや浅黒い肌、瞳は大きく、鼻は高く、顔立ちは、西アジアの特徴が色濃く表れていた。整った顔立ちの中で、一際印象的な大きな瞳が、生き生きと瞬いていた。
「・・・・ん?」
少女は、驚きで凍り付いた俺を見て、小首を傾げる。
「どうしたの? こんなところに、一人でいるなんて、危ないよ」
彼女は、奇妙な格好をしていた。
白銀の胸当てに、肩当て、手甲、脛当てと、RPGのお手本のような装備一式を身に着け、腰には、少女のその細腕で持ち上げることができるのかと心配になるような、大きな剣も下がっている。
中世の騎士の格好に似ているが、その割には露出度が高い。――――ゲームアプリの、操作キャラクターのような格好だ。
戦士の装いだが、体格はどちらかと言えば小柄で、筋肉質でもなくて、身長の割には、足がすらりと長かった。
「本当に大丈夫? なんか、目が泳いでるけど」
「え、あの、その・・・・」
唐突に表れた、不思議な格好の少女に驚いて、思わず凝視してしまっていた。しばらくしてそれが、失礼な行動だと気づく。
「す、すみません・・・・どうしてここにいるのか、わからない状態で、ようやく人に会えたので、興奮してしまったというか・・・・」
興奮。いつもの癖で、変な言葉をチョイスしてしまった。言ってしまってから、もっと違う言葉を選べばよかったと、俺は後悔する。
「どうしてここにいるのか、わからない? もしかして、記憶喪失なの?」
だけど少女は興奮という言葉を聞き流してくれた。
「き、記憶喪失というわけじゃないです。ただ、自分がいる場所がわからなくて――――よければ、ここがどこなのか、教えてください」
「ここは第五地区にある、箱舟の森よ」
(第五地区?)
聞いたことがない地名だ。いや、そもそも地名なのだろうか。よほど、マイナーな国に来てしまったのだろうかと、不安が強くなる。
少女は、要領を得ない俺の受け答えに首を傾げながら、俺の服を見下ろす。そして、合点がいった、という顔をした。
「・・・・ああ、君、来訪者なんだね」
「・・・・来訪者?」
「何十年かに数回、別の世界の住人が、この世界に招かれるのよ。箱舟に乗ってね。私達はその人達のことを、来訪者って呼んでる」
「別の世界の住人・・・・」
少女の言葉を、俺は放心状態のまま、口の中で転がす。疲れていて、少女から得たその情報がなかなか、脳に届かなかったのだ。
「別の世界の住人!?」
――――そしてようやく、その情報が脳へ到達した。
「どうしたの? そんなに大きな声を出して」
俺の反応に、少女は目を丸くしていた。
「え、いや、でもだって、今、別の世界って――――別の世界って言ったよな?」
「言ったけど・・・・」
「マジで!? マジで異世界なの!?」
――――異世界のはずがない。そんな夢みたいなことは、現実には起こらないのだ。――――そう思っていたのに、少女の言葉が正しければ、俺は今、異世界の大地に立っていることになる。
(まま、まさか、異世界召喚を題材にした小説みたいなことが、現実に起こるなんて!)
興奮のあまり、拳や膝が震える。
夢物語だと思っていた展開が、まさか実際に起こるなんて――――神様、感謝します。ようやく俺はここで、人生を逆転させられるのだろうか。
「混乱してるみたいだね。大丈夫?」
「え、あの、その・・・・」
興奮状態で、俺は、よほどおかしな挙動になっていたらしい。少女は心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「・・・・大丈夫です。だから、気にしないでください」
明らかに俺よりも年下で、フレンドリーに接してくれる彼女に、わざわざ敬語を話す必要はないのだろうが――――前世で身に着けた、無駄な低姿勢の癖が抜けない。
「あはは、私に敬語を使う必要なんてないよ。それに、そんなにかしこまらなくても、連れて行ってあげるから、心配しないで」
「あ、ありがとう」
女性に優しくされるなんて、何年ぶりの体験だろう。――――明らかに俺のほうが年上なのだが、彼女の目に俺の年齢がどう見えているのか、それが気になるところだ。おどおどした姿勢から、外見が老けているだけで、自分よりも年下、と思われている可能性もある。
「ええと君は・・・・どの国の人なんだ?」
「アルカディアよ。ここも、アルカディアの第五地区にある場所なの」
「アルカディア・・・・」
聞き覚えがある国号(こくごう)だ。理想郷の代名詞だったと、記憶している。
「どうかした?」
「い、いや、何でもないよ」
少女に不思議そうに顔を覗き込まれて、俺は顎を引いた。俺の世界のことを知らない少女には、説明しようがない話だ。
「ふ、不思議な響きの国名だと思っただけだよ」
「そう? そんなに珍しいとも思えないけど・・・・」
訝しがりながらも、少女は身を引いて、無邪気な笑顔を浮かべる。
「それよりも、早く行こうよ。こんなところを歩いてちゃ危ないって」
「危ない? もしかして、この世界にはモンスターが出たりするのか?」
異世界といえば魔法、そしてモンスターだ。ここは人里離れた森の中、モンスターが出現する要素は十分に揃っている。
「ううん、ここはアルカディアの中だから、モンスターは出ないよ。女神様の結界で守られているから」
女神。その蠱惑的な響きを耳にして、俺の心音は一気に跳ね上がった。
「めめ、女神様と呼ばれる存在が、アルカディアにはいるのか?」
「ええ、おかげでこの国は、ずっと平和なの!」
少女はまるで自分のことを誇るように、胸を張っていた。
「だからここは大丈夫よ。ちっさい動物はでるけれどね。だけど、小さな動物だからって、油断できないんだよね。この前も山菜取りに山に入ったおばあちゃんが、動物と山菜を取りあって、怪我をしたっていう事件があったし」
「そ、そうか・・・・」
俺の世界でもありそうな事件だ。
とにかく、モンスターが出現する心配はなさそうで、安心した。
女神。モンスター。結界。――――いよいよ、俺が想像する「異世界」の部品が揃い、世界観を形作りはじめている。
早く、女神さまに会いたい。気持ちが逸っていた。
「第一地区に行けば安全だから、そこに行こう」
「第一地区?」
「アルカディアの中心部よ。案内しようか?」
「あ、ああ、できれば頼みたい」
「任せてよ。・・・・そう言えば、自己紹介、まだだったよね。私はアンバー・バークス。君は?」
「お、俺は――――古屋一郎だよ。一郎が名前」
少女の名前に比べ、平々凡々な自分の名前に気後れしながら、一応、本名を名乗った。
「ふうん、イチローね。変な名前。でも、君に似合ってる」
「・・・・・・・・」
この子は、悪い子じゃないけど素直すぎるようだ。ガラスどころかティッシュなメンタルを守るために、俺は今後、彼女の発言に用心しようと思った。
「アンバー――――さん」
「アンバーでいいよ。私もイチローって呼んでいい?」
「ど、どうぞ、どうぞ。それで、あの、聞きたいことがあるんだけど・・・・」
「うん? 何?」
「さっきはどうして、俺の姿を見ただけで、俺が来訪者だってわかったんだ?」
「ああ、そのことね。別に難しいことじゃないよ。来訪者ってみんな、そういう服を着てるからね」
彼女は、俺が着ている白い服を指差す。
「この服を?」
「そう。来訪者って決まって、そういう余った布で作りました、みたいな白い服を着てるのよね」
余った布で――――所々、引っかかるものがあったものの、俺はおおむね理解する。誰に着せられたのかわからないが、この病院着のような服が、来訪者の目印になっているらしい。
「うーん、でも、おかしいな。普通、来訪者は、女神教の信徒が町に連れてくるはずなのに・・・・」
「女神教の信徒?」
「女神様には、箱舟が来る時間がわかるらしいの。だから箱舟が来たときは、女神様の信徒が来訪者を迎えに行くのよ」
「そうなのか・・・・」
迎えに来てもらえなかったと知って、俺は寂しい気持ちになる。そのおかげで、アンバーに会うことができたのだが。
「さっき、高い場所に登って、遠くを見てみたんだが、高い壁みたいなのが見えた。あれは何なんだ?」
「外敵からアルカディアを守るための、一番外側の壁よ。外円壁(がいえんへき)って呼ばれてて、外側をぐるって囲んでるの」
「外側を? 隙間なく?」
「うん、隙間なく」
「・・・・アルカディアの国土って、どれぐらいの広さなんだ?」
「ええと確か――――10万平方キロメートルだったかな」
「10万平方キロメートル!?」
その面積を囲う壁は、どれぐらいの長さになるのか。しかも、高層ビルのような高さなのだ。無限の予算さえあれば、俺の時代でもあの壁を作れただろうか、と俺はぼんやり考える。
「人口は、どれぐらいなんだ?」
「100万人よ」
「100万人か。少ないなあ・・・・」
人口一億人の国から来た身としては、100万人という数を少なく感じてしまう。
「少ないかなあ? 都市部は結構賑わってるよ?」
「あ、ごめん。俺の感想だから、気にしないで」
国土が10万平方キロメートルであること、山や森が多そうな点を考慮すると、もしかして100万人という数は、それほど少なくないのだろうか。国土の広さと人口密度について考えるのはこれがはじめてだから、よくわからない。
「それじゃ、行こう」
アンバーは歩き出した。
(・・・・異世界か・・・・どんなところなんだろうな)
俺は期待に胸を膨らませて、アンバーを追いかけた。
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