第4話 オバちゃん探偵現る!

「ぴんぽーん!ピンポンピンポンピンポンピンポンピン芸人!」


 天女が惚れてくれないかなあ、などと妄想するうちにウトウトしていた山田は、騒がしいハスキーな女の声でイラっとしながら目を覚ました。


「何がピン芸人やねん、ええ加減にせんと……」


 山田がドアを開けると、そこにはヒョウ柄のVネックTシャツに黒いスパッツを履いた、(山田的)推定年齢67歳の「オバちゃん」が立っていた。腕に食い込んだエコバッグの持ち手。袋の口から小葱がひょっこり覗く。


「あんた!事件やで!今朝はえらい目に遭ったで、お隣さんが夫婦喧嘩してな。壁をブチ破ってもたんや!そしたら、えらいこっちゃやでー、壁がな……」


 オバちゃんは急に声を潜め、山田に思いきり近づいた。「パーソナルスペース」に一瞬で侵入された山田はしかし、ド田舎の人間なので、さほど驚かない。むしろその話術に引き込まれ


「壁が?」


 と聞き返す。我が意を得たりとばかりに、オバちゃんは大げさな顔つきで再び語り始めた。


「壁がなあ……竹で出来とったんやでー!あかんやろー!このマンションなあ、壁は竹で編んであってな、上から軽ーい紙粘土貼っ付けてあるだけ。でもってなあ、床はなあ……」

「床は何やの」

「床も竹で組んであるんやでー!ピョンピョン飛んでみいや、たわむで!」


 そう言いながら、逞しい二の腕と胴体を有するわが身を跳躍させるオバちゃん。確かに、床がへこんだ様に、山田には思えた。いや、フロア全体が撓(たわ)んだとでも言うべきか……


「やめて!」


 高所恐怖症の山田は、冷や汗を顔から吹き出しながら叫んでいた。インド人によく間違われる容姿の中でも際立ってインド的な瞳が、大きく見開かれ血走っている。そんな山田に、オバちゃんは後ずさりながら


「ああ、ごめんな。外人さんは迫力あるわー、怒ると」

「いや、俺インド人じゃねえし。パキスタン人でも無いしネパール人でもないわ」

「ああ、フィリッピンから来たんか。出稼ぎも大変やなあ、奥さん仕事か。仕方ないわなあ、夜行かんかったら、あんたの稼ぎだけではなあ。はよ、奥さん水商売から足洗わせてあげんとなあ。頑張りいや、オバちゃんも集団就職で出てきてから色々あったんやで~。今は、売れんけどなあ、あっはっは!施設の掃除してるんやで、仕事帰りや。足が病めるわー」

「俺、両親とも日本人やし」

「あらー、親御さん日系人か。ブラジルも大変やって言うしなあ。中曽根さんもそうやったけどな。元気かなあ、中曽根さん」

「誰や中曽根さんって。もうええわ」

「ああ、そうやった。ほんでな、臭うんやわ。喧嘩した夫婦が壁壊してからな、何やらへーんな臭いがするんやわ。死体でねえの、って噂やで」

「ああ?何で分かるんや」

「ハエが凄い。あと、ゴキブリが行列やで。廊下一杯死骸だらけや。ウジ虫は湧くし。夫婦の隣の部屋の人やで、あれは」

「警察に電話したんやろ?」

「いや、このマンションなあ……エレベーター無いんや。ここ、99階やけどな」

「は?……オバちゃん、どうやって買い物行ったんや」

「ドローンが届けてくれた」

「だってさっき、仕事帰りに買い物って」

「……ふふ……ふふふふふ……!」


 山田がふと我に返ってオバちゃんを見ると、オバちゃんの右手にはいつの間にか、抜身の包丁が握られていた。






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