第3話 コープス豊洲・100階建てマンション!

 嫁に追い出され、失意の山田は自室に戻ると窓枠から身を乗り出し、星空を眺めようとして驚き叫んだ。


「何ここ、何階建て?!」


 摩天楼の眼下に広がる夜景が目に染みる。山田は急に、足元が心許(こころもと)なく思えて、畳にぺたりと這いつくばった。すると余計に建物の微細な揺れが感じられて、恐怖心が湧いてきて止まらなくなる。やはり、嫁に謝ろうか……素顔の事はこの際、我慢したらいいんだし……改心しかけた山田に、天狗が


「化粧は嫌いか」


 舞台女優のようなよく通る声でそう言って、腕を組み仁王立ちの状態で山田を見下ろしていた。天井に届きそうな頭を気にしながら身を屈(かが)める天狗。単(ひとえ)の着物はかなり薄手の生地で、地肌が透けて見える。山田は暫し呆けたあと、怒り始めた。


「欲情とかキモいとか言う前に、その恰好を何とかしろ!」

「だって暑いんだもん」

「見えてるって言ってるんだ」

「だから何」

「男の前でそういう格好をするなと言っている」

「あんたは男じゃない」

「・・・はあ?」

「だいいち、天狗を何と心得る」

「て、天狗は、天狗じゃないか」

「崇めよ」

「あ、あ、崇め……何で俺が天狗なんか……」

「良かろう、我の仮面を取って見せてやろう」


 天狗はそう言うと、漆塗りの面をぱかっと取り外した。するとどうだろう、山田は驚きひれ伏して、その顔をまともに見ることが出来なくなった。

 天狗、もとい天女は満足そうに山田を見下ろし白檀製の扇子を広げて蒸した顔を扇いだ。悪臭漂う室内に、気品高い香気が満ちた。


「わたくしめには、あなたの足を洗う価値もございません」

「よしよし愛(う)いやつ、近う寄れ」

「恐れ多い」

「ふくらはぎを揉んでおくれ」

「はい!」


 卑屈な下男のごとく奉仕しながら、山田は白魚よりも白いふくらはぎの感触に吸い込まれ・・・ふとももまで手を伸ばしてしまった。途端に、天女の叱責が飛ぶ。


「山田 勝久!どこを触っている!」

「ああ、何か勝手に手が」

「この豚め!よかろう、お前のような不心得者にはこうである!」

「もしかして、打(ぶ)つのですか!」

「嬉しそうにしおってからに!これから、お前は死んだ人間を発見しなければならない。もうすぐ依頼人が訪ねてくるであろう……」


 そう言い終わらないうちに、天女は羽衣をなびかせて、やはり窓から飛び去った。その様子を見つめながら、山田は思った。


(踏まれてもいいから、美人の方がいいなあ)


と。


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