第2話 嫁が欲しい!そう言ってはみたものの……

 土壁が一部剥げた部分の、地の青さが侘しい一室。茶色い畳から、野良犬のような臭いがする。起き上がった山田の頬に、細かい線の痕と、ささくれた畳の一部が張り付いていた。


「ん、ここはどこ?」


 見渡せばそこは、アパートの一室だった。入口のドアは、えんじ色のペンキが新しく塗りなおされていて塗料シンナー臭い。玄関のたたきは靴が2足置けるくらいの広さ。まるで正方形の箱のような部屋だ。窓は一つ、物干し竿が雨に打たれている。台所と思しき場所には小さな流しとカセットコンロがあるだけ。

 尿意を催した山田は、トイレを探しに部屋を出た。共同トイレは廊下の突き当りにあった。ドアの無い立ちション便器で用を済ませ、奥の便器を確認してから手を洗い、濡れた手をチノパンの腿部分で拭ってから部屋に戻った山田は、大天狗に羽交い絞めにされた。


「山田 勝久!望みは何だ、言ってみろ!」


 天狗の言葉に、訳も分からず動揺する山田。


「わ、わからないです、あの、やめて。今何時ですか、しっ、仕事に行かないと」


 身を捩(よじ)る山田をなおも締め付ける天狗。その体が、柔らかく山田を刺激した。山田は恍惚としながら酸欠に陥っていった。そんな山田を気持ち悪く思い、突き離す天狗。今度は山田が天狗に飛び掛かった。体中を掴まれ衣服が乱れた天狗は、山田に強か平手打ちを食らわす。その露になった太ももの間を押し分けて、天狗にのしかかる山田。その張り出した腹の感触に怖気をふるいつつ長い鼻で山田の目を突いてするりと逃げ出す天狗。


「天狗に欲情するとは不埒な奴め!嫁が欲しいか!」

「はい、欲しいです!」

「良かろう、嫁は隣の部屋にいる。持っていくがいい!」


 天狗はそう言うと、窓から飛び去った。


「持って行けとは何事か」


 山田は不安に思いながらも期待する気持ちで隣室のドアをノックした。


「はい」

「山田です。天狗から言われて来ました」

「どうぞお入りになって」

「では」


 みすぼらしいながらも花模様の生地で飾られた部屋に、果たして「嫁」がいた。山田は、喜んで嫁の部屋に居ついた。そして翌朝、事件は起こった。

 愛した嫁の代わりに、浅黒い肌の女が隣に横たわっていたのだ。


「お前、ここで何してる!」


 怒る山田に、女は答えた。


「何言ってるの、私だよ、わ・た・し!」


 二人はしばらく見つめ合い、そして山田が先に目を逸らした。嫁は小さな目から涙を流し現実を突きつけた。


「かわいいは、作れるんだよ!」

「可愛く言ったって、可愛くないし」

「酷い!」

「帰れ!」

「ここは私の部屋だ!お前が出ていけ!」

「……はい」


山田は一晩で、嫁に追い出されたのだった。  


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