第四編 源頼義

第十三話 四周目

第四編 源頼義

第一話


「頼義の幼少期に関しては、あまりよく分かっていない」


どうも人の多いことを嫌い、自らの能力を発揮することを拒んでいたのは確かなようだけどね。だから父親からは嫡男としては性格的に不出来だと思われていた」


だが弓を射るのも、戦略を立てるのも、とにかくやらせてみれば大概人並外れた才能を示したという伝承もある。本人にはやる気がないみたいなんだが、『とにかくやれ』と強制するとだいたい予想以上の結果になるということが多々あった様だ。武芸だけじゃない、官僚的な仕事も光るものが既に見られていたとも言われていて、弟である頼清も常に兄は自分より優秀だと人に語っていたと中外抄...この時代の説話集だね...に書いてある」


だからこそ、父たる源頼信は何とかして積極的に動く人間にさせたかったのだろう。脅し、宥め、賺して自身の後を継がせようとしたらしい。一説には刀を突きつけて迫ることもあったんだとか」


『自分には人の上に立つ自信もなければ資格もない』というのが当時の弁だったらしい。不思議なこともあるものだよね、自己評価が低過ぎる...失敗したことも無いし、その上誰が見ても評価されるような力量があるにも関わらず、だ」


その思考を矯正しようとしたのかは定かではないが、頼信はここに至り荒療治をすることを決意した。問答無用で頼義を引っ掴んで戦場へ放り込んだんだ。自身の副官としてね。この時彼は齢19、武家棟梁の嫡男としては少し遅めに...」




「マサじゃない、何やってるの?」


「っ、サキか...驚かせるなよ。ほら、この前話した生徒だよ、彼がそうなんだ」


「あぁ、そういうこと...顔を直接あわせるのは初めてよね? 清岡助教から聞いてるかもしれないけど、改めて自己紹介するわ。ここで准教授をやっているSakiサキ=Julianaユリアーナ=Sugimotoスギモトよ、以後よろしくね」


「彼女は本国で飛び級して資格を取得したんだ。中学二年生の時に父親の仕事の都合で向こうにわたってね、20歳の時にこっちに戻ってきたんだよ」


「本国って何よ、私の国籍はずっと日本のままよ」


「いやまぁ、言葉の綾だよ...ハーフなんだから間違いじゃないだろ」


「うるさいわね、小学生の時にアナタが大型犬に追いかけられてギャン泣きした話でも」


「勘弁して下さい僕が悪かったです」


「分かればいいのよ、ふん」


「.........」


「それで? 今は誰の話をしているの?」


「源頼義だよ。丁度彼についての話をし始めようとしたところだ」


「源頼義...あぁ、摂関政治全盛の時代ね。彼の晩年における外交もなんだかんだ言って今の世界情勢の布石に繋がっている節があるのよね...不思議なものだと思うわ」


「僕もそう思うよ。1000年も前の出来事なのに、現在の同盟と関連しているように見えてしまうからね。ぶっちゃけ彼がいなければあそこの国はどうなっていたか想像がつかないな...」


「なんなら元寇もそうよね、まぁアレはアレで常軌を逸した人間の存在があるけど...」


「その前の33年戦争もそうだ、この国は本当に人材に恵まれてるなと感じるよ」


「多神教だから守ってくれる神様も多いのかしらね?」


「さあね、案外適当かも」


「ま、人生も歴史も何が起こるか分からないものね...で、頼義だって言ってたわね?私のところにもそのうち来るのかしら?」


「そうだね、僕が紹介しようと思ってたのは彼女なんだけど...どうする?」


「えっ」


「なんだよその声は」


「...何でもないわよ馬鹿!」


「えぇ...そんな急に怒らなくても」


「乙女心の分からない人ね...全く。話の腰を折って申し訳なかったわね、どうするのかしら?」


「...そう、時代順に追っていく積もりなのね。私が関われそうなのは毛利元就以後、16世紀末からかしら?またその時になったら研究室に来なさい、お茶なら出してあげられるわよ」


「...なんか僕が出してないみたいな言い方だな」


「それは自意識過剰よ」


「.........」


「ま、談議もいいけど程々にね。時間が遅くなっちゃうと二人とも後が大変よ?」


「大丈夫だ、そこら辺は気をつけてる」


「この前深夜の二時まで人を書類整理に付き合わせたのは誰だったかしら?」


「...ごめんなさい」


「全く...あら、もうこんな時間? 今日はpapaお父さんが帰ってくる日なの。だから私はそろそろお暇するわね。それじゃ、Doeiさよなら〜」


「あっ、お父さんによろしくって伝えておいて」


「...Zeg geen vreemde dingen」


「え、なんだって?」


「何も言ってないわよバカ!」



「...毎度のことながら嵐のようだな、昔からだけど」





...話が逸れるどころじゃなかったな。えっと、どこまで話し終えたっけ?」


そうそう、初陣の話...君は何を笑ってるんだい?え、何でもない?あぁ、そう...」


とにかく、初陣で彼は目覚ましい活躍を見せた。彼が目に見えて変わるようになったのはどうもその時以来らしい」


「戦場での体験が人を劇的に変えるというのは往々にしてあることだと思うが、彼の場合それがプラスに働いた珍しい部類に入るだろう。」

































-寛弘4年(1007年) 10月中旬 土佐国-


 呻き声が聞こえる。


 そこかしこで吶喊の声が響きわたり、鉄と鉄がぶつかって軋む音がする。誰かが火をつけたのか煙とともに肉が爆ぜる臭いと、死臭が混ざりあって鼻の奥を刺激した。


『これが...戦場』


 海戦の経験はあるが、ここまで生々しいものでは無かった。僅か数時間で終わりを見せた上に夜間、長距離交戦だったというのも理由かもしれない。眼下に広がる景色はまさに、この世に顕現した地獄だった。


『...っ!』


 基本的にはこちらが押し込んでいるとはいえ、局所的にはそうもいかない所だってある。突撃のかけ方が不味かったのか、不慣れな地形に戸惑って衝撃力が減少、弓矢で蹂躙された部隊が目についた...あの様子では、死は免れても四肢が使い物にならなくなる可能性が高い。そしてそれは、労働力としての価値の喪失...ひいては飢えによる死を意味する。


 これだから、嫌なんだ。目の前で繰り広げられるのは個人にはどうしようもない圧倒的な暴力。一戦場ですら無力感に苛まれるのに、私に歴史を好転させられるわけがない。一周目橘逸勢は自分の破滅を防ぐのに必死だった。二周目菅原道真はその名に恥じぬ活躍を無意識下で望み、自らを追い立てていたのだろう。三周目源高明は言わずもがな。だが、根本を変えることは出来なかった。陛下嵯峨天皇との約束さえ守れていない...結局“上位者”の眼鏡にかなうような人間ではなかったのだ、私は。


『何しけたツラしてやがる』


 胸倉を掴まれた。


『少しはその考えがマシになると思って連れてきたんだが、まだわかんねーようだな。言わなきゃいかんか?お前は能力があるが、それを使うことを恐れてる。自分の理想が高すぎて、それを実現しうる環境に無い現状に絶望してるんだよ』


『親父殿、分かっては...います。ですが』


『それがわかってねーってんだ!お前を見てるとな、俺の親父から聞かされたある御仁を彷彿とさせるんだ、誰か分かるか?』


『...?』


『お前が産まれる少し前にお隠れになられたから...もう20年も前になるか、臣籍降下なされた朱雀院の弟君がいらっしゃった。一世源氏、西宮様だ』


『......!』


『かのお方の最期の10年程のことを親父から聞いたことがあるんだがな、今のお前とそっくりなんだよ。不敬かもしれんが、生まれ変わりじゃねーのかと思うこともある。西宮様の心の内を推し量るなんて例え直接お会い出来たとしても不可能だとは思うが、今までお前を見てきて不満に思ったことを俺が生きてきた経験から言わせてもらおう』



『理想のように上手くいかない? 知ったことか。まずやることは理想を現実にするための下地作りだろうが。だから投げ出すのが一番の悪手なんだよ』



『なんなら自分のために自分の力を使ったっていーじゃねーか、お前ならその結果周りをも豊かに...幸せに出来るだけの技量があると俺は信じてんでんだ。やらずに後悔するくらいならやって反省しやがれ、あとのことばっか考えてんじゃねぇよ』



 やらずに後悔するくらいなら、やって反省...か。たとえそれが人命の取捨選択に繋がるとしても、誰かがやらねばならぬのか。最大多数の最大幸福ベンサム理論を貫けと?だが、零れ落ちた弱者は...いや、違う。そういうことじゃない。そのような人間が増えることが無いようにする為の舵取りか。私は、少なくとも1000年後までのを知っている。守旧派との諍いで、“史実”とは違う場面で血が流れることになるかもしれない。だが、改革とは痛みを伴うものだ。それで本来よりも多くの人間を救えるのならば、私が引き受けようではないか。それこそが、アイツ師尹ら時代の流れに取り残された者に対しての唯一の贖罪となるのだろう。どれだけ私が十字架を背負うようなことになっても、それだけで他の人間が救われるのならば...やってやろうじゃないか。


 一陣の風が吹き、雲間から陽光が差した。胸を掴んでいた手がすっと離れ、肩を軽く叩く。


『らしくなったな、次期頭領』


『お陰様で、親父殿。期待に応えてみせますよ』


戦場の音が静まり始めた。どうやら組織的な抵抗が終わったらしい。


 道のりは遥か遠く、険しい。だが、それでも咎人は歩くことでしか...歩みを止めることなく進むことでしか、罪科を禊ぐことは出来ないのだ。














 大きく息を吸って、全てを五感に焼き付ける。


 さぁ、再び改革を始めようか。


〔.......................................〕

































12年。頼義はそれだけの時間で自らの武士団の軍事力を大幅に強化した。祖父満仲の縁を伝って科学研究所の開発した火車の量産を取りつけただけでなく、軍隊としての動き方...組織的な行動を取らせることによって複雑な動きの統率を可能としたんだ。好き勝手にばらばらで動いていては数の差が優劣を決めるのは自明だが、兵を纏めて運用することで各個撃破、奇襲、陽動などを識別しやすくしたという訳だね」


加えて彼は内密に非主流派となっていた橘家や菅原家を含む最新技術に強い家々、ひいては当時の最高権力者として君臨していた藤原道長をも巻き込んで海軍力の建設すら行った。中には科学研究所所長として火薬の改良を含む様々な功績のある安倍晴明の遺文献を入手してそれを利用したとの記録もある。頼義が「何故こんなものを...」と当惑したという話は有名だね。開示は軍事関係の一部だけであったが、それだけでも一武士団には巨大すぎるほどの軍事力の入手に成功している」


これは流石に兵部省預かりではあったが、船棟梁ふなとうりょうと名付けられたその頭に据えられ、またその任期の指定がなかったことから実質的には彼の武士団の一部として扱われていたようだ」


これがどれだけ異常なことか...時の権力者から戦力の自由な采配を任せられ、更にその対抗勢力と技術提携を行い悪くない関係を築く。これだけでも大した才能だが、非常に期間が短い。おまけに若すぎだ。普通であれば人はそんな時間だけで軍事も政治もそう簡単には成功させることなど出来ない」


何故、これほどまでに短期間で彼が大幅な兵力強化を行う必要があったのか...そしてそれを後押しするような形で朝廷が動いていたのか。最近の研究でようやくそのあたりが見えてきたんだ」


ここからは教科書にもまだ載ってない、彼の天性の才能と先見性をさらに強調するような話だ。まだ仮説に過ぎないけれど、多くの研究者が信憑性は高いと考えている、と思う。私も初めて聞いた時はあまりにも出来すぎていると思ったよ...だけど、これまでに見つかっている文献との記述も一致するし、ほぼ間違いないはずだ」


...うわ、もうこんな時間!? これだけは話しておきたかったんだけどなぁ...でも1時間じゃ収まらないだろうし、しり切れとんぼになっちゃうけど仕方ない。次の日曜日にまわそう。ちょっと時間が経つことになっちゃって申し訳ないけど、予定は空いてるかい?」


よーし、それじゃあ日曜日の10時にここに来てくれ。それと一つ、時間があるから宿題を出しておこうかな。短期間の軍事力強化に成功したのには主に理由が二つあると言われているんだけれど...それが一体何であったのかの仮説を立てて来てもらいたい」


「もちろん、参考できるだけの資料は貸してあげるよ。この...USBの中に私が編集した文献の諸々が入ってる。これと今までに習ってきた知識を動員すれば君なら辿り着けるはずだ。期待しているよ。」

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