20


 まっくらやみにも少し目がなれてきた。

 四方がカベだと思ってたけど、どうやら、いっかしょだけカベじゃない。スキマがある。


「ここ、押入れのなかなんだね」

「うん。朝と夜に、あいつがコンビニ弁当、持ってくるんや。今日はまだやし、もう、おなか、すいて、すいて」

「ふうん……」


 食いしん坊のとおるくんには、一日二食では、きびしいかもしれない。


 かおるが押入れのフスマに手をかけたときだ。あの音がした。ガチャガチャとカギをまわす、あの音……。


(き……来たーッ! オバケ!)


 もう心ぞうは、ドキドキのバクバクだ。


 かおるは急いで、フスマをあけた。

 すきまが大きくなって、オバケ屋敷の室内が見える。


 ざんねんなことに、おさむくんがブッチをかくした、あの部屋じゃない。あの部屋なら、とりあえず庭に逃げることができたのに。


 かおるは押入れから、はいだす。

 とおるくんも、ついてくる。


 そのあいだにも、カギをはずす音はやんだ。げんかんがカラカラとひらく。


「ど、どうしよう」


 とおるくんが泣きそうな声をだす。

 かおるも泣きたい。

 ここでオバケにつかまったら、またガムテープでグルグル巻きに……。


 いや、それどころじゃない。

 とおるくんが言ってたように、ころされてしまうかも。


 そのとき、かおるは思いだした。

 以前、おさむくんがオバケに見つかりそうになったときのこと。

 あのとき、えんがわの下にかくれて、おさむくんは見つからずにすんだ。


「とおるくん。こっち」


 かおるは急いで、まわりろうかに出た。そこのガラス戸をあけようとしたとき、人影があらわれた。


 かおるたちからは、ちょうど平行する、正面のろうかのあたり。

 つまり、向こうが、げんかん。

 だとすると、こっちは以前、おさむくんが女の子の人形を見つけた部屋の前ってことだ。


 とっさに、かおるは、ろうかに、しゃがんだ。

 とおるくんが、あわててマネする。


 オバケに見つかっただろうか?

 もし見つかってたら、おしまいだ。


 だが、オバケが気づいたようすはなかった。ふつうに、こっちに向かって歩いてくる。とくに急いではない。


 かおるは赤ちゃんみたいにハイハイして、オバケと反対のほうに進む。それはブッチのいた部屋とは反対側だ。


(そうだ! でも、このままなら、ぐるっとまわって、げんかんに行けるよ。そしたら、そのまま外に出られる。今なら、カギ、かかってないもんね)


 オバケの足どりにあわせて、一定のきょりを保ちながら、かおるはハイハイしていった。

 このまま見つからなければ、にげきれる。そう思ってたのに……。


 ろうかをまがる手前まで来たときだ。とおるくんが急に止まった。なにやら、あせってる。


「ま……まって。かーくん」


 小声だが、オバケに聞かれるんじゃないかと、気が気じゃない。


 かおるも止まった。


 とおるくんのズボンのすそが、ろうかの木の板のスキマに、はさまってる。古い家だから、あちこち、いたんでるのだ。


 かおるは、とおるくんのそばに寄った。ズボンのすそをひっぱって、なんとか外そうとする。でも、木のさけめに布地が入りこんでしまってる。かんたんには、とれそうにない。


 オバケは、だんだん、こっちに近づいてくる。まがりかどをまがられたら、はちあわせだ。


 あせった、かおるは、とおるくんと二人で、思いきり、ひっぱった。ビリッと音がして、ズボンがさけた。とおるくんは反動で、どてんと、ろうかに、しりもちをつく。


「誰だ?」


 見つかった!

 オバケが音を聞きつけて、こっちにやってきた。


 オバケ?

 いや、あのボウシの男みたいだ。

 オバケなのか、そうじゃないのか、わからない。


 けど、つかまったら、いけないことだけはわかる。


 ろうかをまがったオバケは、すごい速さで、こっちに近づいてくる。あっというまだ。げんかんまで、にげてる時間はない。


 とっさに、かおるは目の前のフスマをひらいた。フスマのなかは、意外にも洋間だ。大きな古い机。天井まで届きそうな本だな。書さいというものだと思う。


 かおるは子どもの隠れていられそうな場所をさがした。

 本だなにハシゴが、とりつけてある。高いところの本をとるためのものだ。それをのぼっていくと、本だなのてっぺんまで行けた。


 かおるは本だなの上に乗った。

 すっぽり、本だなと天井のすきまに入りこむ。


 あとから追ってきた、とおるくんは、大きなデスクの下に隠れる。ぽっちゃり体型のとおるくんには、そこしか、かくれられる場所がない。


 オバケがやってきたのは、そのすぐあとだ。


 上から見て、かおるは、おどろいた。てっきり、ボウシの男だと思ってたのに、違う。


 女の人だ。長い髪はボサボサ。やせほそって、顔も手も骨が浮きだしている。でも、目だけはギラギラ光っていた。


 ついに出た!

 本物のオバケだ。


 理科室の女の人はオバケじゃなかった。ボウシの男も、たけるが言うには、オバケじゃない。


 でも、これは本物だ。


(こわいよ……たけるにいちゃん。たすけて)


 かおるはオバケに見つからないように、できるだけ、すきまの奥に入りこんだ。うつぶせて小さくなってる。


 ちらっと、ながめると、オバケは部屋のなかを物音もなく歩きまわってる。キョロキョロして、かおるたちを探してるみたいだ。


 オバケは言った。


「きょうちゃん? きょうちゃんやろ? どこにおるんよ? 出てきてくれへん?」


 しわがれた声。

 なんというか、この声を聞くと、ぞぉっとする。ふつうの人の感じじゃない。オバケなんだから、もちろん、ふつうの人じゃないのだが……。


 かおるは、いっそう体を小さくした。


 女のオバケは、ゆっくりと室内を歩き、窓ぎわのデスクに向かっていく。とおるくんの隠れている、あのデスクだ。


「そこにおるんやろ? きょうちゃん」


 オバケは、ちゃんと、そこに子どもが隠れられることを知っていた。確信した声で問いかける。


 でも、きょうちゃんって、誰のこと?


(とおるくん。見つかっちゃうよ。どうしよう)


 自分のことのように、ハラハラする。どうか見つからないでくださいと、何度も神さまに、お願いした。


 でも、オバケは無情にもデスクの前に立った。

 そして、横手から後ろへと、まわりこむ。オバケは腰をかがめ、デスクの下をのぞきこんだ。


「ほーら、見つけた。きょうちゃん」


 とおるくんが見つかった!


 ぎゃあっと、とおるくんが叫ぶ。


 オバケは、とおるくんをデスクの下から、ひっぱりだした。


「ご……ごめんなさい! ゆるして。ころさんといてください」


 とおるくんがオバケに、ころされてしまう——と思ったのに、どういうことだろう?


 オバケは、とおるくんを、じっと見たあと、急に手を離した。


「きょうちゃんやない」


 あれ? 人違いと気づいた?


「こんなん、うちのきょうちゃんやない! きょうちゃんは、もっと小そうて、かわいいんや」


 ああ……とおるくん、かわいそうに。たしかに、ちょっと、ぽっちゃりだけど、そこまで言わなくても……。


 でも、これで、とおるくんは逃げだせるかも……と思ってると、オバケは急に怒りだした。


「うちのきょうちゃんをどこにやったんよ? きょうちゃんを隠したやろ!」


 とおるくんはオバケに肩をつかまれて、 ぶるぶる、ふるえあがってる。


 ますます、オバケは怒りくるった。

 手をふりあげて、とおるくんをたたきだす。


「とおるくん!」


 思わず、かおるは声をだしてしまった。

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