19

 *


 かおるが気づいたとき、あたりは暗くなっていた。

 まっくらだ。

 自分の身に何が起こったのか、さっぱり、わからない。


(あれ? ぼく、どうしたんだっけ……)


 考えてるうちに、やっと思いだす。


 そうだ。ボウシの男に追いかけられたんだ。それで気を失った。


 ていうことは、まさか、さらわれてしまった?


 起きあがろうとして、かおるは、おどろいた。動けない。なにかで両手と両足をしばられてる。口もタオルみたいなもので、ふさがれてる。


(やっぱり、さらわれたんだ。ぼく……)


 これから、いったい、どうなってしまうんだろう。

 この前の女の子みたいに、おうちに身代金が要求されるんだろうか?

 あのゆうかい犯は、まだ捕まってない。


 もしかして、この前から、かおるのあとをつけてたのは、ゆうかい犯だったんだろうか。


 でも、かおるのうちは、とくに、お金持ちじゃない。ゆうかいに狙われるような、りっぱな家に住んでるわけじゃないのだが……。


(おなかすいた。今、何時ごろなんだろ。じいちゃんや、にいちゃん。心配してるかな)


 まっくらで、こわいし、急に泣きたくなった。

 さあ、泣くぞと、じわじわ涙をうかべて準備してたときだ。

 近くで、音がした。


(な……なに? 今の、なんだろ?)


 がさごそと動物が動くような物音だ。


 かおるは耳をすました。

 やっぱり、まちがいじゃない。なにかがいる。それも、すぐ近くに。

 ごそごそ動く音に続いて、へんな、うなり声みたいなのが聞こえた。


(犬? おおかみ? まさか、ライオンじゃないよね?)


 かおるは、ちぢみあがった。

 手足をしばられた状態で、できるかぎり、その音から離れようと、あがく。

 ドンと、かべにあたって、すぐ行きどまりになった。


「あーうんやお? おおにおうの、あーうんやお?」


 うん? なんだか今のは、ちょっと人間のコトバっぽかった。


「あ……あえ?」


 だれ?っと言ったつもりだが、口のなかに、つめものされてるので、ちゃんと言えてない。


 だけど、かおるは、それで確信した。

 同じなのだ。相手も人間だ。

 かおると同じように口をふさがれてるので、へんなふうにしか話せないのだ。


「あえ? あえか、おおにいるお?(だれ? だれか、そこにいるの?)」

「あーうん。おうや。おおるあお」


 ダメだ。まったく、わからない。

 つめものだけでも外せたら、話すことができるのに。


(あっ、そうだ)


 かおるは気づいた。


 両手が背中でしばられてるから、自分では外せない。でも、相手のぶんなら、なんとか外せるかも。


 幸い、きゅうくつな場所だが、ゆかは、やわらかい。ふとんの上にでも、いるみたいな。


 かおるはゴロゴロころがって、相手のところまで近づいていった。どんと、ぶつかった感じは、大人ではないような?


「いあ、ういおあおる、あぐうお(いま、口のタオル外すよ)」


 なんとか手さぐりで、髪の毛らしいものを見つけた。頭だ。


 そのへんをさぐってると、タオルのむすびめがあった。ちょっと、かたかったが外すことができた。


「あぐれた?(はずれた?)」


 ぷはっと、息をはく音がする。


「かーくんやろ? ぼく、とおるや」

「おおるうん?(とおるくん?)」


 なんと! 行方不明の、とおるくんだ。


「よかった。もう、このまま、ずっと、つかまっとるんかと思うた」


 とおるくんはナミダ声だ。

 ずっと、こんなとこに、つかまってたんだ。それは死ぬほど怖かっただろう。


「おおうくん、あんえ、おんあおおおい?(とおるくん、なんで、こんなところに?)」

「あっ、そうか。今、かーくんのも外すわ」


 くらやみのなかで、頭をグリグリされる。どうにかこうにか、口をふさいでたタオルだけは外された。


「やっと話せるよ」

「かーくんも、あいつに、つかまったんやろ?」

「うん。とおるくんは? この前の夜、なにがあったの?」

「みんなに置いてかれて、こわくて動けへんかったんや。そしたら、あいつが来て、外までつれてってくれるって言うたから……」


 やっぱり、たけるの言ったとおりだ。いい人のふりして近づいて、とおるくんをだましたのだ。


「ついていったんだね? それで?」

「急に、うしろから口ふさがれて。そしたら、あとのこと、わかれへん。気ぃついたら、ここにおった」

「ぼくもだよ。うしろから口ふさがれて、そしたら、寝てしまったみたい」


「どないしょう。なんとか、ここから逃げられへんかな?」

「手と足をしばってるヒモ、ほどかないと……」

「ヒモやないよ。ガムテープみたい」


 そう言われてみれば、そうかも。

 ひふにピッタリ、はりついてる感じがする。


「さっきみたいにして、かわりばんこに、はがそうよ」

「うん……痛いやろなあ……」


 痛いだろう。たぶん。きっと。いや、ぜったい。でも、手足が自由にならないことには逃げられない。


「しかたないよ。がんばって、ガマンしようよ」

「うん。早う逃げへんと、ころされるし」

「ころされる?」

「そうやと思う。ぼく、見たらあかんもん、見てしもたみたい」


 そうそう。たけるが、そんなこと言っていた。


「とおるくん。なにを見たの?」

「わかれへん。けど……あのことなんかな? 前に、みんなで、ここに来たとき、ぼくだけ外で待っとったやろ?」


 うん? なにやら聞きずてならない。


「ちょ……ちょっと待って。前に、ここに来たときって……」

「前に来たやんか。きもだめしするんやって」


 やっぱり、そうなのか!


「まさか、ここって、お……オバケ屋敷?」

「そうや。どこやと思ったん?」


 ぎゃあーッ! イヤだ。

 オバケ屋敷に閉じこめられてしまったー!


「ええっ、なんで、オバケ屋敷だってわかるの?」

「だって、あいつが言うたんやもん。ここ、きみたちの来たがった、オバケ屋敷やぞって」

「うう……」


 まっくらなだけで怖いのに、よりによって、その場所がオバケ屋敷。


「早く、にげようよ」


 かおるは泣きそうになって、とおるくんをせかした。こんなところに、もう一秒だって、いられない。


 そのあと、かおるは、とおるくんと二人で、いっしょうけんめいガムテープをはがした。


「イテテ、いたいよ。ちょっと、きゅうけい」

「そんなん言うて、早うせんと、オバケ来るで」

「ううっ。じゃあ、はがしてよ」


 ガムテープをビリビリむしりとられる、つらさ。ことばにできない。


 どうにか、二人とも自由の身になったのは、何十分後か。


「いたい……手がヒリヒリする」

「ぼくもや。皮めくれるかと思うた」

「ネバネバするし……」


 でも、そんなことを言ってる場合じゃない。


「にげようか。とおるくん」

「うん。でも、ぼく、へいの穴、くぐれへん」

「穴はもう、ふさがれてるよ」

「ほなら、どこから、にげだすんや?」


 かおるも、それは考えてなかった。こまった。


「げんかんのカギ、はずすことできないかな?」

「うーん?」

「とにかく行ってみようよ」


 かおるは、とおるくんを説得して、げんかんまで、ようすを見にいくことにした。

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