16

 *


 そのあと、警察が来た。


 学校中をさがしたけど、とおるくんは見つからなかった。

 校舎のなかは、もちろん、プールや体育館のなかも、てっていてきに、しらべられた。でも、とおるくんは出てこなかった。


「とおるくん。どこ、行っちゃったんだろう」


 うちに帰ってから、かおるは、たけるに聞いてみた。大人にわからないことが、子どもにわかるわけないけど。たけるなら、もしかしてと思ったのだ。


 えんがわにならんで、今日もスイカをたべる。


「とおるくんは理科室で女の人を見たとき、ベソかいてたよね。みんなと、はぐれても、一人で学校のなかを冒険しようってタイプじゃない」

「うん。そういうのを言いだすのは、おさむくんだよ」


「そうだね。ということは、とおるくんは、みんなのあとを、あわてて追ったはずだ。正面げんかんは、すぐ近くなんだから、迷うような場所じゃない。あのへんは明かりも、ついてたしね」

「じゃあ、どこ行ったの?」


「とおるくんが外に出て、家族をさがしたとして……ただの迷子なら、自力で家に帰るよ。いつもの通学路なんだから。ていうことは、学校のなかで何か起こったのかな」

「なにかって?」


 やっぱり、ゆうれいに、さらわれたのかなと考えて、かおるは、ぞぉっとする。


 たけるは言う。


「あの女の人が関係してるかもしれない。関係なくても、何が起こったか、見てたかも」


 やっぱり、ゆうれいに、さらわれたんだ!


「おれたちがトイレにいたとき、ろうかをみんなが走っていったんだよ。かーくんは個室のなかだったから、気づかなかっただろうけど。ちょうど、みんなが通ったとき、あの女の人も近くにいたはず」


 みんなが使った西階段は、正面げんかんに向かうには、まわり道になる。

 だから、あとから東階段でおりた、かおるたちのほうが、さきに下まで、おりていたのだ。


「とおるくん、さらわれちゃったの?」

「とおるくんの気持ちになって考えてみなよ。ころんで、みんなに置いていかれちゃったんだ。きっと、こわくて泣いてたよ。そんなとき、だれかに、やさしく声をかけられたら、その人についてくよね?」


「うん……でも、オバケは、やだ」

「オバケじゃなかったら? パパとママのとこに、つれてってあげるって言われたら」

「それなら、ついてくかも」


 とおるくんは、あの女の人のこと、オバケだと気づかなかったのかもしれない。それで、ついていってしまったんだ。きっと、そうだ——と、かおるは思う。


 たけど、たけるは別のことを考えてるようだ。こんなことをつぶやいた。


「あのとき、なんで、あの人は職員室に行ったんだろう? それが気になる」


 オバケなんだから、歩きまわることに意味なんかないと思うんだけど……。


「とにかく、かーくんは、これにこりて、もう悪いことはしない。かってに空き家に入ったり、夜の学校に、しのびこんだりしない。いいね?」


 かおるは、うなだれた。


「うん。しない」

「約束だぞ?」

「うん。にいちゃん。ごめんね。ぼくのせいで、とおるくんのママにしかられて」

「いいよ。たしかに止めとくんだった」


「とおるくん。見つかるかな?」

「見つかるといいな」


 たけるはスイカのタネをとばしながら、首をかしげる。


「それにしても、なんで、とおるくんは、さらわれたんだろう。学校のなかで、とおるくんだけ、みんなと違うものを見てしまったのかな?」

「みんなと違うものものって?」


「それがわからないから、ふしぎなんだよ。それとも、もっと前のときかな。かーくん、おぼえてない? みんなと遊んでるとき、とおるくんだけ、違うことしたことなかった?」


 かおるは、いろいろ考えた。

 いっしょうけんめい考えながら、スイカにかぶりつく。


(そういえば、前に、こうやってタネのとばしっこしたのは、いつだったっけ? オバケ屋敷に行く前だったかな? あとだったかな? みんなとオバケ屋敷……)


 それで、かおるは思いだした。


「とおるくんだけ、オバケ屋敷に入れなかったんだよ。穴が小さくて」

「それ、いつのこと?」

「みんなとオバケ屋敷の探険したとき。だから、ええと……夏休みの前の日」


「終業式の日か。それで、とおるくんは、どうしたの? みんなが空き家に入ってるあいだ」

「外で待ってたよ」

「外で……」


 たけるは考えこむ。


「かーくん。あのとき、空き家に誰か入ってきたんだったよね? かーくんたちが探険してたら。それで逃げだしたんだ」

「うん」


「じゃあ、そのとき、きっと見てしまったんだ。とおるくん」

「どういうこと?」


 ふと、ボウシを深くかぶった男のことを思いだした。すっかり忘れてたけど、あの男は誰だったんだろう……。


「さあ。それは、とおるくんに聞かないと。それを言いふらされたくないから、きっと誰かが、さらったんだね」


 かおるは、たずねてみた。


「ねえ、にいちゃん。昨日、じいちゃんに、おぶってもらってるとき、こんなこと話してなかった? オバケ屋敷のカギを持ってる人のこと」

「えっ! それは……夢だよ。かーくん、寝てたろ」

「夢なの?」

「うん。夢」


 なんか、あやしい。


「にいちゃん。ウソついてないよね?」

「ついてない」


「じゃあ、この前、夜中に、じいちゃんと、なに話してたの?」

「えっ?」

「夜中に目がさめたとき、じいちゃんと話してたよね?」


 たけるは、こまったような顔をした。


「それも……夢だよ」

「夢じゃないよ! ちゃんと聞いたもん。へんなこと話してたよ。お父さんも死んじゃったとか」


 かおるは言ってから、ギョッとした。

 たけるが泣きそうな顔をしたからだ。


「にいちゃん?」

「……かーくんには、まだ早いよ。ちゃんと、そのときが来たら、教えるから」


「そのときって?」

「かーくんが大人になったら、かな」


「にいちゃんばっかり、ズルイ!」

「にいちゃんは、にいちゃんだから、いいんだ」


「そんなの変だよ。にいちゃんだって子どもなのに。ぼくだって知りたい。知りたい。にいちゃんと、いっしょがいい」


 だだをこねると、たけるは怒った。


「かーくんは知らなくていいんだって。なんで、にいちゃんの言うこと聞いてくれないんだ」


 自分ばっかり、なかまはずれにされてる気がした。

 かおるは、さけんだ。


「にいちゃんのバカー!」


 いつもなら、バカって言ったほうがバカなんだぞって言うのに、たけるはだまってる。


 かおるはすねた。


 たけるは何も言わず、食べおわったスイカの皿をキッチンに持っていった。

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