14


 たけるに手をひかれて、かおるは一階まで歩いていった。

 つれていかれたのは、トイレだ。今日だけ一般に開放されてる職員トイレ。

 かおるだけ個室に入って、ズボンとパンツを、たけるに渡す。


「にいちゃん。まだ?」

「もうちょっと。かたく、しぼっとかないと」


「京子さん……出ないよね?」

「出ないよ。ここ、職員用だから」

「そうだよね……」


 とにかく話してないと、こわくて、しかたない。


 急に、たけるの声がしなくなったら、どうしようと思う。パンツ、はいてないから、外にも出られないし。


「にいちゃん。まだ?」

「もういいよ。ぬれてるけど、すぐかわくと思うから、ガマンするんだぞ」

「うん」


 ドアのすきまから、あらったズボンとパンツを渡される。かおるは、それをはいて個室から出た。


 たけるに、せかされる。


「じいちゃん、待ってるかも。急いで、もどろう」

「うん」


 またもや、たけるに手をひかれて、トイレから出たときだ。とつぜん、たけるが立ちどまる。


 どうしたのと聞こうとした。

 すると、たけるが、しいっと口に人さし指をあてた。


 そのあと、たけるは柱のかげを指さした。

 そっちを見たかおるは、ふたたび、ぞぉっとした。


 また出た!

 さっきの女のゆうれいだ。はしらのかげから、こっちをのぞいてる!


 かおるは、また、もらしそうになって、なみだをこぼす。たけるの背中にしがみつく。


 女のゆうれいは、かおるたちの前を通りすぎた。職員室のなかへ入っていく。


 なんと! たけるは、そのあとを追っていこうとする。


「にいちゃん……」


 ぎゅっと、たけるの服をつかんで、かおるは引きとめる。


 たけるは迷っていた。

 が、かおるの顔を見て、しかたなさそうに、あきらめる。うしろ髪をひかれるようすで、正面玄関に向かう。げんかんについたところで、たけるは言った。


「かーくん。さきに行っててくれよ」

「やだよ。にいちゃん、どこ行くの?」


「ちょっと、職員室、行ってみる」

「ダメだよ。ころされちゃうよぉ」


「でも、かーくん……」

「やだよ。にいちゃんが、ころされたら、やだよ」


 ためいきをついて、たけるは、げんかんを出た。校庭に帰る。

 まっくらで恐ろしかった校舎のなかがウソみたいに、校庭は、にぎやか。ロックのナンバーが、ひびきわたってる。


 かおるたちは、じいちゃんと別れたステージの前に帰っていった。


「おお。もどったか。お祭りは楽しかったか?」


 じいちゃんに聞かれて、かおるは、とても悪いことをしてる気分になった。


 また、じいちゃんにウソをついてしまった。

 オバケが出たのは、そのせいかもしれない。悪い子だから、お仕置きされたのかも……。


「じいちゃん。もう帰る」

「うん? もう帰るのか?」


「かーくんは、はしゃぎすぎて、つかれたんだよ」と、たけるが説明する。


 はしゃいではないが、つかれてはいる。ズボンがぬれて気持ちが悪いし。


「よしよし。じゃあ、じいちゃんが、おぶってやろう」

「ええっ。じいちゃん。じいちゃんだよ? だいじょうぶ?」


「なーに。まだ、かおるをおんぶするぐらい、わけないぞ」

「わーい」


 じいちゃんにオンブしてもらった。

 うんと小さいころに、もどったみたいだ。


 じいちゃんは、やっぱり、お父さんのお父さんだなあと思う。おぶってもらうと、お父さんにオンブしてもらったことを思いだす。

 かおるは安心して、そのまま寝てしまった。うとうとしながら、じいちゃんの背中でゆられる。

 すると、夢のなかのことみたいに、たけると、じいちゃんの会話が聞こえた。


「それで、ほんとは何してたんだ? たける」

「校舎のなかで、きもだめし。おさむくんは、けっこうヤンチャだね。みんな、ちゃんと帰れたのかな。おれたちより先におりてったから、心配ないと思うけど」


「そんなことだろうとは思ったが……まあ、校内なら大丈夫だろう」

「でも、おかしいんだよ。じいちゃん」


「どうした?」

「へんな女の人が、学校のなか、歩きまわってた。かおるはオバケだと思ったみたいだけど。職員室のなかで、何するつもりだったんだろ」


「学校の先生じゃなかったのか?」

「ちがうよ。あんな髪の長い先生いないもん。それに先生なら、職員室に入るのに、まわりを気にしたりしないよね?」


「この前のこともあるし、どうも、おかしなことになってるようだな」

「うん。あのオバケ屋敷の近所の家に、かよってるんだ。毎日、いろんな話を聞いたよ」


「なるほど。それで、毎日、出かけとったのか。図書館は言いわけだな」

「うん。ごめん。かおるに知られると、ついてくるって言うと思って。それで知ったんだけど、あそこの息子の家庭教師してたの、岡野さんっていう女の人だったんだって」


「その人が、どうかしたかね?」

「もしかしたら、その人なら、オバケ屋敷のカギ、持ってるかもしれないんだ。あそこの息子、カギっ子だったんだって。それで、家庭教師のほうが早く、うちに来ることがあってね。合カギ渡してたみたいだって。近所のおばあさんが言ってた」


「なるほど。合カギは返しただろうが、合カギのスペアは作ってあったかもしれんな」

「それで、その女の人が今、どこで何をしてるのか、しらべてるんだけど。結婚して名字が変わったらしくって……」


 じいちゃんが笑う。


「たけるは探偵になれるなあ」

「さっきの女の人が、なんとなく、オバケ屋敷の事件に関係してる気がして」


「それはいいが、あんまり、ムチャしちゃいかんぞ。おまえは、しっかり者だ。でも、まだ子どもなことに、かわりはないんだからな」

「うん。わかってる」


 そんな話し声が聞こえる。

 夢だったのだろうか?

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