13


 二階と三階のあいだにある、おどり場。

 そこに七ふしぎのひとつのカガミがある。

 この階段は校庭とは反対の裏手にあたる。だから、外の光が、あまり入ってこない。

 カガミの表面に映る自分の姿も、ほとんど見えない。


「くらくて見えないよぉ。にいちゃん」

「月光じゃないと、見えないんだろ? 自分の死ぬとこ」

「お月さま、出てない?」

「今日、くもりだからなあ」


 だから、みんなも、すぐにあきらめて、さきに上に行ってしまったのだ。


「しょうがないね」

「うん。行こうか。みんなが待ってる」


 たけると手をつないで、歩きだそうとしたときだ。

 ちょうど雲がきれたのか、外から月の光がさした。まどから、ななめに月光がふりそそぐ。まるで計算したように、その光はカガミの上におりた。


「あっ!」


 とつぜん、たけるが変な声をだした。


 かおるは、おどろいて、カガミに映るたけるを見あげた。たけるが、こわいものでも見たような、ひきつった顔をしてる。


「にいちゃん?」


 いったい、どうしたっていうんだろう?


 かおるに見えるのは、手をつないでカガミの前に立つ兄弟だけだ。べつに変なものも、こわいものも見えない。


「にいちゃん、どうしたの?」


 それでも、たけるは答えなかった。

 何分かして、ようやく、たけるはカガミから目をそらした。


「……なんでも、ないよ」


 なんでもないって顔じゃない。

 が、たけるは、そのまま歩きだした。


「にいちゃん……見えたの? 自分の死ぬとこ」

「そんなんじゃないよ……」


 たけるのようすが、あまりにも、いつもと違う。

 かおるは、とても、こわくなった。


「にいちゃん……」

「うん。かーくんが心配するようなことはないよ。全部、迷信なんだ」

「めいしん?」

「うん。ほら、理科室だ」


 階段をのぼりきると、理科室の前。

 みんながドアの前で、かおるたちを待っている。


「かーくん。たけるくん。遅いで」

「ごめん。ごめん。階段とカガミ、どうだった?」


 たけるは、ふつうに、みんなと話している。


「カガミは見えへんかった。でも、階段、ふえとった」

「うん。おれ、十三と十五」

「おれ、十二と十四」

「十四と十六やった」


 おどり場をはさんで上下の階段のことだ。


「みんな、ちゃうやん。やっぱし、本物やなあ」


 みんな、こうふんしてる。


「じゃあ、次は理科室だね。一人ずつで入らないと、ガイコツは動かないと思うけど」と、たける。


 みんなは息をつまらせた。


「……そっか」

「ど、どないしょう」


「一人ずつ行く?」と、たけるが聞いても、だれも答えない。


 たけるは笑った。

「じゃあ、おれが一人で入るから、みんなは、ここで、こっそり見てるといいよ」


 おさむくんは、そんけいの目だ。


「たけるくん……やっぱり、カッコイイ」


 あははと笑って、たけるは人さし指を口にあてた。


「じゃあ、ガイコツに気づかれないように、静かに見てて」

「うん」


 たけるは、かおるの手をはなし、その手を理科室のドアにかけた。

 たけるの手が離れると、かおるは不安な気持ちになる。


「にいちゃん。気をつけてね」


 たけるはニッコリ笑って、うなずいた。そろっとドアをあけると、なかへ入っていく。


 かおるたちはドアのすきまから、理科室のようすをのぞいた。


 例のごとく、教室のなかは、ぼんやりと、うすぐらい。音楽室よりゴチャゴチャして、何がなんだか、わかりにくい。

 そのなかで、黒板のよこに置いてあるガイコツが、ちょうど月明かりをあびて、よく見えた。


 たけるは、まっすぐ歩いていく。ガイコツに向かって。


「ああ、もうすぐや。どうなるんやろ」

「動きだすんちゃう?」

「しいっ。ガイコツに聞こえるよ」


 たけるがガイコツのまんまえに立った。


 かおるはドキドキだ。

 今にも、ガイコツが、たけるに、おそいかかるんじゃないかと思って。


 と、そのときだ。

 階段をあがってくる足音がした。


 かおるたちはビックリして、かたまる。マンガみたいに心臓が口から、とびだしそう。


「だ……だれか来た」

「な、なんで? ガイコツ?」


 ガイコツは、まだ、なかにいた。

 たけるが頭をなでてる。


「仲間が来たんやない?」

「仲間って?」

「知らんけど。オバケ」


 こそこそ話してるうちにも、足音は近づいてくる。かおるは、たまらなくなって、理科室のなかに逃げこんだ。


「あれ? みんな、どうしたんだ?」


 ふりかえる、たけるに、かおるは告げた。


「足音が……」

「足音?」


 たけるは入口まで歩いていって、その音に気づいた。


「みんな、かくれるんだ。生活指導の先生が見まわりにきたのかもしれない」


 先生? あのいかにも、こわそうな生活指導の先生? オバケじゃなくても、それはそれで、こわい。


 みんなは、あわてて、つくえの下に、かくれた。かおるは急いで、たけるといっしょに、教壇の下に入りこむ。


 ドキドキしながら待つ。


 足音は階段をのぼりきった。理科室の前に立つ。ガラリとドアがあいた。


 かおるは息をころして、かたくなっていた。

 だが、たけるは、そうっと顔をだし、ようすをうかがう。つられて、かおるも目のとこだけ、教壇から出してみた。


 うすぐらい入口に、だれか立っている。生活指導の先生じゃない。先生どころか、やっぱりオバケだ。なぜなら、それは髪の長い女の人だからだ。


(神さま。ひどいよ。大人の女の人のオバケが出るなんて、七ふしぎにはなかったよ)


 女のゆうれいは、しばらく、なかのようすを見ていた。ゆっくり見まわしてから、すうっと、ろうかを歩きだす。


 また階段をおりる音がした。

 だんだん遠ざかっていく。


 それでも、かおるは動けなかった。

 本物のオバケを見てしまった。

 恐怖はピークだ。

 ズボンのなかが、なんか、ぬるいなと思ったら、あまりのこわさに、もらしてしまっていた。


 かおるは、たけるのそでをひっぱった。


「にいちゃん……」


 たけるは、ようすを見ながら、教壇から、はいだそうとしてる。


「うん? なに?」

「出ちゃった……」

「うん。出たね」

「ちがう…………が」

「え? なにが?」


 かおるは耳打ちする。


「……おしっこ」

「えっ!」

「だって、こわかったんだよぉ」


 かおるが泣きだすと、たけるは苦笑いした。


「わかったよ。わかったから、もう泣くな。にいちゃんが、なんとかしてやる」

「にいちゃあん……」


 とりあえず、たけるは、かくれてる、おさむくんたちを呼びだす。


「みんな、だいじょうぶか?」


 みんなは机の下から出てきた。


 とおるくんは、かおるみたいにベソをかいてる。ほかのみんなも、おそろしくて声も出ないようだ。


「みんな、見ただろ? 早く、ここから逃げだしたほうがいいよ」

「でも、階段……」

「西階段から、おりたらいい。早くしないと、また来るかも」


 たけるが言うと、みんなは、とたんに走りだした。


「待ってよ。待ってよ」とか、「早う。早う」とかいう声が、遠くなってく。


 たけるは、それを見送り、そうじ用具入れのロッカーから、ぞうきんをとりだした。

 かおるがメソメソしてるうちに、ぬれた床をふく。


「にいちゃん。みんなには、ナイショね」

「言わないよ。だから、もう泣きやんで」

「うん」


「ズボン、あらわないと」

「うん」

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