12

 *


 夕方、七時は夏なら明るい。

 だからといって、子どもだけで出かけるのを、ゆるしてもらえる時間ではない。


「学校で夏祭り? 晩ごはんも屋台で食べる? それはいいが、じいちゃんも行かんとなあ」


 プールから帰って、うちあけると、じいちゃんはそう言った。


「にいちゃんといっしょでも、ダメ?」

「何時に帰るつもりなんだ?」

「ええと……八時半か、九時くらい」


 学校のなかを、こっそり見てまわるとしたら、たぶん、そのくらい。


「帰りは、まっくらになるじゃないか」

「だから、にいちゃんと……」

「じいちゃんがいっしょじゃ、マズイことでもあるのか? かおる」

「えっ! な、ないよ」


 しょうがないので、じいちゃんも、ついてきてもらうことになる。

 みんなが、なんて思うかなと心配した。

 でも、気にすることはなかった。おさむくんや、ほかのみんなも家族と来ていた。


 お祭りは、にぎやかだ。

 校庭に、たくさんの電気のちょうちんが飾られ、屋台もいっぱい。カラオケ大会では、近所のおじさんやおばさんの、びみょうな歌を聞いた。


 それから屋台のヤキソバを食べた。

 かおるは大好きな焼きトウモロコシも。

 たけるはタコ焼き。

 ヨーヨーもすくったし、金魚もすくった。でも、そういえば、金魚はブッチのエモノになっちゃうんじゃ……?


 たっぷり、お祭りを楽しんだあと——


 特設ステージで、歌手が歌いだす。

 そのころ、おさむくんが、やってきた。いつのまにか、七時をすぎてたようだ。


「校門に集合やろ。遅いで。かーくん」

「あ、そうだった」

「みんな、もう来とるんや」


 こそこそと話しあう。


「かおる。どうした? おお、おさむくんか。元気になって、よかったなあ」という、じいちゃんに悪いなと思いつつ、言う。


「じいちゃん。子どもだけで、そのへん、歩いてきていい?」

「じゃあ、じいちゃんは、ここで待ってるからな。まいごになるんじゃないぞ」

「はーい。にいちゃんも来て」


 にぎやかな音楽のなか、たけるの手をとって歩きだす。


「かーくん。おさむくん。また、なんか変なこと考えてるんだろ?」


 たけるは、するどい。


「うん。きもだめし……」

「学校の七ふしぎをしらべるんや! かーくんのあんちゃんも、ついてきて」

「しょうがないなあ。まあ、校内ならいいよ」


 校門で、みんなと落ちあった。


「ええと……じゃあ、まずは校庭の足音——は、ムリか」

「人が、いっぱいいるからね」

「ざんねんやなあ。一人のときやと、走りまわる白い影が見えるらしいよ」


 おさむくんたちは話しながら、校舎のほうへ歩いていく。


 校舎のなかは暗い。

 でも、正面げんかんのカギがあいていた。お祭りに来ている人たちがトイレに行けるように、解放されているのだ。げんかんから一番近いトイレまでだけ、ろうかに電気がついている。


「わあ……まっくらな学校って、すごいね」


 すごく、こわいねと言いたいところだ。でも、ここはガマン。ガマン。また、こわがりだとバカにされてしまう。


 かおるは、たけるの手をしっかり、にぎりしめる。


 おさむくんも自分から言いだしたことなのに、ためらっている。そうぞうしていたより、夜の学校がコワイんだと思う。


「ええと……どこから行こうか?」


 こまったように言うので、たけるが、くすくす笑った。


「その七ふしぎって、どんななの?」


 なんで、そんなことをこの暗闇のなかで聞くのか!


 おかげで、まっくらななかで、またもや、七ふしぎを聞かされた。


 かおるは泣きそうになる。でも、たけるはヘッチャラらしい。平気な顔して、こんなふうに決めた。


「プールは外だから、あとまわし。ここから一番近いのは音楽室だね。そのあと理科室に向かっていけば、階段も通るよ。とちゅうでカガミをのぞいて。最後にトイレの京子さん」

「わあ。かーくんのあんちゃん、頭いい」

「ほんまや。かっこいい!」

「たけるでいいよ」

「じゃあ、たけるくん」


 たけるは、おさむくん以外にも大人気。

 たしかに外でのたけるは、きりっとして、かっこいい。

 まさか、そのたけるが、家では、やたら、かおるに、ほおずりしたり、抱きついてきてチューしたりしているとは、だれも思うまい。


 七人で、わいわい、さわぎながら、ろうかを歩いていった。まっくらだから、いつのまにか、みんなが寄り集まる。おしくらまんじゅうみたい。まんなかは、たけるだ。


 七ふしぎ、その一。

 音楽室に、とうちゃく。


「だれから行くんや?」

「言いだしっぺやろ」

「ほなら、おさむくん」

「えっ、おれ?」


 ドアの前で、ゴチャゴチャ言いあう。


「しいっ。しずかにしてないと、ピアノの音が聞こえないよ?」


 たけるが真剣な顔で言うので、みんな、だまりこんだ。


「……きこえる?」

「うーん……」


 みんながドアに耳をおしあてる。

 かおるもマネしてみた。でも、べつに何も聞こえない。


「聞こえへん」

「外の歌ばっかり」

「たしかに」


 マイクを通した歌手の声が、校舎のなかまで、ひびいてる。

 これじゃ、オバケもビックリだ。

 とてもピアノをひくどころじゃないかもしれない。


 みんなが、そのままなので、たけるがドアをあけた。まどから外の光がさしこんでいる。音楽室のなかは、かすかに明るい。なかには、だれもいない。ピアノの音もしない。


 ほかに、あやしいところはない。

 ただ、かべに昔の作曲家の写真がある。それが、じっと、こっちを見てるみたいな気がするだけだ。


 おさむくんは何もいないのがわかると、急に強気になる。


「お祭りのせいで、きっと出る気がせえへんのや。よし! じゃあ、次や」

「階段だね。みんなで、よこ一列になって、いっしょに数えながら上がろう」


 と、たけるが言ったのに、みんなは数えるのに、むちゅうになってしまった。いつのまにか、おさむくんたちは先に上に行ってしまう。


 かおるは、たけると手をつないで、一番さいごから、みんなのあとを追った。


「……十二、十三、十四。にいちゃん、ぼく、十四」

「あれぇ? へんだなあ。にいちゃんは十三だぞぉ」

「えっ? ほんと?」

「うん。なんでかなあ」


 言いながら、たけるは楽しそう。


「ど、どうしよう……なんで、ぼくと違うんだろ」


 オバケのしわざだろうか。

 かおるは、こわくて、しかたないのに、たけるは、くすくす笑ってる。


「なんで笑うの?」

「かーくんは、かわいいなあと思って」

「どうせ、こわがりだよぉ」

「あっ、かーくん。今、そこに、だれか立ってたぞ」


 くらがりをさして、たけるは言う。


「えっ……」

「どうしよう。オバケだ」

「にいちゃん。こわいよ」

「だいじょうぶ。にいちゃんが守ってやるから」

「うん」


 でも、そのあとも、たけるは、「あ、今の人魂じゃなかったか?」とか、「……そこに、青白い顔のおばあさんが」とか言った。


 言いかたが、だんだん、ウソっぽくなってくる。


「……にいちゃん。ウソついてない?」

「にいちゃんは、かおるにウソなんかつかないよ」


 ほんとなかあ……なんか、あやしい。

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