10

 *


 翌日。

 警察がやってきて、かおるたちは話を聞かれた。


 そのあと、オバケ屋敷に行くことになった。持ちぬしが許してくれたので、なかをしらべることになったのだ。

 もちろん、おさむくんもいっしょだ。じいちゃんや、おさむくんのママも。


 オバケ屋敷の玄関は、カギをあずかってる弁護士さんがあけてくれた。

 このカギはふだん、銀行の貸金庫に入れてある。だから、だれにも、かってに使うことはできない。


 玄関から中に入るのは、初めてだ。

 大人が、たくさんいるので、今日は、いつもほど、こわくない。


「じゃあ、この井戸に女の子が投げいれられたんだね?」


 警察の質問に、おさむくんは、うなずいて答える。警官は中をのぞきこんで、「あッ」と声をあげた。


「ほんまや。女の子が、中に……」


 かおるたちは中を見せてはもらえなかった。


 そのあと、さらに何人も警察の人がやってきた。ロープを使って、何人かが井戸に入った。女の子の死体をひきあげるのだ。


 かおるは息をのんで、そのようすを見守った。

 ゆうかいされた女の子が出てきたら、どうしようと思って。


 ところがだ。

 井戸のなかに入った警官が、ガッカリしたような声をだした。


「なんだ、こりゃ」

「どうした?」

「それが……」


 ゴチャゴチャと、何か言いあってる。


 ロープを使って、いよいよ女の子が引きあげられた。それを見て、かおるも、おどろいた。


 これは……予想外。

 引きあげられたのは、死体ではなかった。

 それどころか、人間でもなかった。

 女の子と言えば、女の子だ。ただし、人形の女の子。


 マネキンだ。

 小学生みたいな制服をきている。

 血のように見えたのは、服の汚れだ。


 大人たちはそれを見て、にがわらいした。


「いや、まあ、よかったやないですか。大事にならなくて」

「ほんまですな」


 警察の人たちは、そう言いながら、子どもの話すことだから、こんなものだという顔をしている。


 かおるは、ガッカリした。

 べつに死体が出てきてほしかったわけじゃない。ただ、大さわぎしたのに、ウソをついたみたいに思われた気がしたからだ。


「それにしても、なんで、マネキンなんかあるんやろなあ。ただのガラクタかな」

「ほんまにカギで入ってきたんやね? その男。それなら、ホームレスやないとは思うが」

「弁護士さんの事務所の誰かやないでしょうね?」

「むちゃ言わんといてください。貸金庫、あけるんに、所長と私の二人おれへんと、あかんのですよ。ぜったい、うちのもんやないですよ」


 男の正体はナゾのままだ。

 が、出てきたのがマネキンだったので、警察は事件とは見なさなかった。

 かおるたちは、そのまま、うちに帰された。


「なんか、くやしい」


 うちに帰ってから、かおるは泣きべそをかいた。


 だけど、たけるは平気な顔をしてる。


「死体じゃなくて、よかったじゃないか。女の子、殺されてなくて」

「そうだけど」


 警察の人に、たけるがバカにされたような気がして、くやしいのだが。


 その夜のニュース。

 ゆうかいされてた女の子が、ぶじ、保護された。ゆうかい犯は逃走中。


「ちぇっ。このニュースが昨日だったら、よかったのに」


 たけるは何か考えこんでる。


「おれ、明日、図書館行ってくるよ」と、急に言いだす。

「図書館? ぼくも行く」


 図書館は絵本が、いっぱいあって好き。


 たけるは、なんとなく、こまった顔をした。


「明日は夏休みの自由研究のことで、しらべに行くから。かーくん、るすばんしてて」

「ぼく、ジャマしないよぉ」

「今度、また、いっしょに行こうな」

「にいちゃんがいないと、さびしい……」


 たけるは、オモチが、のどにつまったような声をだした。そして、


「かーくん!」と、抱きついてくる。

「にいちゃん、くるしい」

「かーくん。かーくん。大好きだあー!」

「うん。ぼくも」


 しばらく、たけるは、やたらとほおずりとか、ほっぺチューとかしてきた。ブラコンというやつだと思う。


「にいちゃん。おうちではいいけど、外ではしないでね」

「なんで?」

「はずかしいから」


 たけるは両手をついて、うずくまった。


「にいちゃん、ショックで……立ちなおれない。こんなに、かーくんが好きなのに」

「うん。うん。ぼくも大好きぃ」


 これで、たけるは、きげんをなおした。

 にいちゃんは、たんじゅんだなあと思う。

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