優秀なテストパイロット
時は五月三十一日、午前八時十五分。
石川県に位置する航空自衛隊小松基地、一人のパイロットが上官の
「三等海尉、
敬礼をしながら、潮は声を張り上げる。
「おう、ごくろう。よく来たな」
下田はそんな潮と距離を一メートル感覚で空け、同じく敬礼をする。
「厳しい訓練過程を乗り越え、無事に戦闘機のパイロットとしてこの小松戦闘航空団に配属された事を誇りに思い、今後も任務に励んでもらうぞ」
「はっ! ありがとうございます!」
潮の顔は険しく慎重、且つまじめな顔をしている。
「君みたいな若く元気なパイロットがこの基地に来てくれて、嬉しいよ。以前からこの基地に配属されてくるパイロットは、どうもおかしな連中が多くてなぁ」
「は、はぁ……」
「例えば最近だと……」
と、下田はとある方向を向く。
そこには、足を組んで悠々と席に座り新聞を読む一人の男性がいた。男にしては少し長い髪の毛に、凛とした瞳、身長は大体一七○センチ程だ。
不機嫌そうなしかめっ面で、ゆっくりと新聞を捲っている。
「……あの方が、どうかされたのですか?」
「あいつは
「なるほど……」
「だがな」
潮の言葉を遮るように、下田は続ける。
「……だがな、あいつは配属されてから一年で、この小松戦闘航空団の中でベテラン中のベテランにまで這い上がったやつだ」
「い、一年でですか?」
「あぁ、普通スクランブルがかかると、いつもの様に我々は戦闘機に乗り空へ飛んで、領空侵犯をしてきた相手に警告、威嚇射撃をして追い払わなければならない。だがあいつの場合は違う。領空侵犯してきた相手を見つけたら、即座にロックオン。躊躇迷わず、いつでもミサイルが撃てるような構えにしているんだ」
「そ、そんな……ちょっと待ってください! 領空侵犯してきた相手を、いきなりロックオンしてミサイルを撃とうとしているんですか!?」
「その通りだ」
焦り口調で質問した潮に、下田はさも当たり前かのように答える。
「本来ならば、我々から先手を打ってロックオンすることは命令違反であり、同時に規則違反でもある。下手すれば、国際問題にもなりかねない行為だ」
「た、確かに……」
「しかし奴の行動は、我々が成し遂げられなかった『領空侵犯に対する常識』を覆してしまった」
「常識を、覆す?」
首を傾げ、潮はまた質問する。
「今、我が国は『日米安全保障条約』の破棄が決定しようとしていることは、お前も知っているな?」
「あぁ……ニュースでやっていましたね」
潮が、そばにあるテレビに目をやる。
彼が注目するテレビのニュースには、『日米安全保障条約破棄か 戦争の兆し』と、ゴシック体で書かれており、ニュースキャスターが悠長に話しているのが目に見えた。
「その事もあってか、浅野が起こした行動は上の方もそこまで見ることは無かったそうだ」
「そうだったんですか……」
「だが我々は、浅野がやった行動については認めてはいない。奴がやったことは所謂『殺人行為』のようなものであり、それを
彼を見つめ、下田は呟く。
「浅野三尉!」
と、別の隊員が彼の名を呼ぶ。
「……?」
呼ばれた彼はその隊員の方を向き、訝しげな顔で見つめている。
その隊員は耳打ちで彼になにかを言う。
「分かった、すぐ行く」
彼はすぐに真面目な顔になり、新聞を置いて席から立ち上がり、どこかへ行ってしまった。
「……あいつに関わったら面倒なことになる。私から言うのもあれだが、奴には関わらない方がいい」
潮は、小走りでどこかへ向かうそんな彼を見据える。
本当に関わらない方が良さそうだなと、潮はしみじみ実感した。
***
彼……
それは会議室。先程の隊員から、「
彼を見る者達のほとんどが気味悪そうに避けていく。誰も挨拶をせず、誰も目を合わせようとしない。
亮自身、このことについてはなにも思わなかった。いつものことだと割り振り、誰に対しても無心でいた。
そうしているうちに会議室の前まで到着する。コンコンコン、とノックを三回すると『入れ』と中から野太い声が聞こえてきた。
「入ります」
扉を開けて中に入り、閉めた後、亮はそばに置かれた茶色のソファに座る。
「空将補、要件は」
不機嫌そうに腕を組み、亮は目の前にいる宮原将補に質問する。
「先程上層部により、
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「あぁ。お前の今までの成績と戦歴を上層部にかわれ、今回お前は航空自衛隊の新型戦闘機のテストパイロットに選ばれた」
背もたれに腰掛け、宮原は言う。
「テストパイロット……以前から噂されていた、航空自衛隊に配備されるかもしれないと言われていた『YF─23J』のことですか」
「察しが良いな」
宮原は腰を低くし、同時に声のトーンも落として口を開く。
「極秘に進められていたことだが、国会の予算案によりYF─23Jの試験運用の予算が降りた。すでに試験機も三機、製造が行われており、来週には入間に納品される予定だ」
会議室の窓から差し込んでくる光が、宮原の頬をほのかに照らす。
「配属後は、戦闘航空団から技術試験団に編入し、そこで試験機の運用に就いてもらう予定だ」
「なるほど、表向きの話は分かりました。……ですが空将補、裏を返してみるなら、私はこの戦闘航空団にいらないという解釈でよろしいのですね?」
「……」
宮原はなにも言わない。ただ彼をじっと見つめ、亮の次の言葉を待っているようだ。
「はっきりと申し上げればよろしいじゃないですか。私は邪魔者なのですから、早く別の場所に異動させて厄介払いをしたかったと」
「口がすぎるぞ、浅野三尉。これは上層部の命令だ、私の判断ではない」
「……そうですか、別に私は構いません。命令であるならば、従うまでです」
はぁ、と亮は息をこぼす。
「要件は以上だ。下がりたまえ」
「はっ。失礼します」
亮は立ち上がり、部屋を出て行く。
そんな彼を、宮原はじっと見ていた。
「……チッ」
部屋で一人、宮原は不機嫌そうに舌打ちをする。
「あの野郎……」
そんな言葉を吐き捨て、宮原はそばにあった書類を見つめる。
『改造戦闘空母 かが』
書類には、物騒な空母の名前が書かれていた。
「艦長を紹介しようと思ったが……あの態度を見ていると、どうも紹介する気にならん」
艦長の名前リストには、こう書かれていた。
「黛 茉蒜」と。
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