第14話 開かずの鉄扉


 エルフが管理する秘密の狩場から帰還した翌日。


 ユニコーンの角をエルフの錬金術師ラーファに納品した。報酬としてラーファ製無煙火薬の入った小瓶を三つと、制作方法が書かれたメモを受け取る。


 この無煙火薬は見慣れた黒い粒状の物ではなく、粒状に成型された白い火薬であった。俺は火薬についても調べたことがある。その記憶を辿ればこれはB火薬と酷似しているものだった。


 性能に申し分はなさそうだが、若干性能が落ちるのは致し方ないだろう。異世界製実包の特性も今後は慣れる必要がある。ともあれ、これで実包問題は解決するのだ。実に喜ばしい。


 ドヴァの鍛冶屋を訪ねてラーファからもらった無煙火薬とメモを渡す。彼はメモに目を通すと、後ろ頭を掻いて目を丸くした。


「やはりエルフってのは頭が逝かれてやがる。こりゃ、原価が高くなるぞ」


「原因は?」


「ダークエルフから燃える黒い水を買う必要があるんだよ。ゴブリンたちに頼めば買うこと自体は容易いんだが、燃える黒い水は値が張るんだ。加えて問題がもう一つある」


 ドヴァが困ったように腕を組んで首を横に振る。


「俺の知り合いの錬金術師じゃこいつは作れないな」


「……ラーファさんにまた頼む必要がありそうだ」


 今度は何をやらされるのか分かった物ではない。俺は溜息を付いた。


「ここまで複雑だとあのエルフにしか作れねえだろ。まあ、今ある火薬で作れる分だけ実包を用意しよう。ああ、すまんがお前さんが持っている実包を参考にくれないか」


「ええ、どうぞ」


 俺は弾差しから二発ほど実包を渡す。これで残りは十発だ。


「三日で五〇発は作れると思う。三日経ったら来てくれや」


「ありがとうございます」


「いいってことよ」


 ドヴァが豪快に笑う。


「それにしても、ユニコーンを良く倒せたな。光速の一突きの前じゃ、熟練の冒険者でさえ一発で殺られるのによ」


「光速の一突きって何ですか?」


「角がぴかっと光ったら急所を貫かれている。ユニコーンの攻撃魔法だよ」


 ……外してたらまた痛い目に遭ってたのか俺は。運がいいのか悪いのか。


 鍛冶屋を後にして、この日の夕方である。


 宿屋に戻るとラハヤとモイモイから『兎の家』なる軽食屋で夕飯を摂ろうということになった。この『兎の家』は、以前にラハヤとモイモイが依頼を受けた場所だ。


 その依頼は兎の生きたままの捕獲であり、二人は箱罠を使ったらしい。兎をさわれるカフェのようなものなのだろうか。モイモイの目の輝きから俺はそう思った。


「きっと兎を抱きながら食事ができる店に違いありません!」


「兎を抱きながら?」


 モイモイが両腕でガッツポーズを取るが、俺とラハヤは疑問を抱いていた。猟師であったから兎肉がきょうされるのではと頭にあったのだ。


 その店はハイカラな店だった。商人組合の建物と同じように、すりガラスや店内には綺麗なシャンデリアがある。客も貴族ばかりで高級感を醸し出していた。


「随分と高そうだけどな。大丈夫なのか?」


「うん。この前の依頼で無料券をもらったから大丈夫だよ」


「ここは貴族御用達のお店なんですよ。今からでも涎が出そうです」

 

 店内のウエイトレスは美少女しか居なかった。彼女たちはクラシカルなメイド服に身を包み、凝りに凝ったメイド喫茶のようなおもむきだ。自然と鼻の下が伸びた俺に、ラハヤが少し不機嫌そうな顔をした。これは生理現象だということでご理解頂きたい。


 ウエイトレスに案内され席に座りメニューを見る。


 メニューにはいつも見慣れた何々硬貨が何枚というのと他に、見慣れぬ記号が書いてあった。その記号はMの筆記体に似た文字の上に、小丸が書かれた不思議な文字だった。


「この記号って何だ? 読めないんだけど」


「これはマルカっていう王や貴族、商人にしか普及してないお金の呼称ですよ」


「今まで見なかった訳だ」


「説明しますと青銅貨一枚が一マルカ。銅貨一枚が一〇〇マルカ。銀貨一枚が一〇,〇〇〇マルカ。金貨一枚が一〇〇,〇〇〇マルカですね」


「ちなみにお前の借金は?」


「二億マルカです。……って何言わせるんですか!」


 モイモイが憤慨する。


 ……こいつ二億も借金してやがったぞ。


「ゴブリンたちが普及させようとしてたよね」


 ここでも古川三郎という知恵の実を得たゴブリンが関係してきた。


 この世界に日本人が多大な影響を与えたのだ。俺には到底真似出来そうもない。


「ええ、でも目論見通りにはいかなかったようですよ。今でも庶民たちは枚数でお金の価値を覚えていますし、マルカは帝国とゴブリンとドワーフの国だけですからね」


 さながら統一貨幣化の黎明期ということだ。古川三郎二等兵神が降臨したことにより、バタフライエフェクトが発生したのだろう。バタフライエフェクトが分からない人に説明すると、小さな事象が因果関係の末に大きな結果になってしまう的なあれだ。


 今の俺に当てはめると、この世界へ来てしまったことが大きなことへ繋がるかもしれないのだ。だが、俺はそこまで大層な人間ではない。頭に矢だって刺さったし、危うく強姦魔になりそうだったし。あ、人生初被弾していたのを忘れていた。


 酷い目にしか遭ってないな……


「ご注文はお決まりですか?」


 これまた可愛らしい黒髪ツインテールの、スタイルのいいウエイトレスだった。

 

 おすすめの料理を頼み、待つこと数十分。


 やはりというか兎料理だった。モイモイがゲージの中の兎を見て「兎って可愛いですよね」と言っている。目の前にも兎はいるぞと言ってやりたかった。


「えっと、モイモイさん。これはその……」


 ラハヤも困り顔だ。勝手に勘違いさせておけば穏便に済みそうだが、友人を騙す感じでよろしくない。


「まあ、食べよう」


 料理は兎の葡萄酒煮込みだった。まるで高級フレンチだ。


 やはり美味い。この世界は食べ物だけは常識的でほっとする。もしも食べ物が合わなければ、今頃は発狂死していた。


「ここのお店美味しいけど、やっぱり高いね。銅貨が一五枚もする」


 ラハヤがいつの間にか赤い葡萄酒を頼んでいたようで、ぐいぐいと飲んでいる。前から薄々と感じていたが、彼女は酒を飲みだすと止まらなくなるタイプのようだ。タダだからラハヤもモイモイも遠慮がない。


「いやぁ美味しいですね。この鶏肉」


 兎肉は鶏肉の味に良く例えられる。だが、旨味が兎肉のほうがあるし、肉質も兎肉のほうが弾力がある。人によっては癖があるとか、硬いとか言われるが俺は好きだ。


 そろそろ誰かモイモイの奴に、真実を教えてやってはくれないかな。


 そんな和やかな食事をしていたのだ。客の誰かが『お宝を砦に貯め込んだ野盗』の話をしなければ、それは続いていたはずだった。


「その話を詳しく教えてください」


 俺とラハヤのヒモになっているモイモイからしたら、絶好の機会が到来したと同義。小耳に挟んだ途端に、彼女はさっさと食べ終えて客の横に立っていた。


「ああ、グレーメンと帝都を結ぶ北山街道にある砦の噂だよ。本当かどうかは知らんよ?」


「それでも構いません」


「山火事騒ぎの後に、兵士たちがその砦に行ったら開かずの鉄扉があったんだと。そんな噂があって、冒険者が見に行ったら、本当に開かずの鉄扉は存在したらしい。それだけの話だよ嬢ちゃん」


「なるほど。ありがとうございました」


 モイモイが戻って来る。俺は嫌な予感がした。それはすぐに的中した。


「……何か言いたげだな?」


「私たちも見に行きませんか?」


「うん。行こっか」


 酔っているラハヤの意見はなしにしてくれ。


「でもその鉄扉は開けられないんだろ?」


「お兄さんなら何かいい手が思いつくんじゃないかな?」


 ラハヤが俺に寄りかかる。彼女は酒に酔って気が大きくなっているようだ。


 顔が近い。彼女の息がこそばゆい。俺は顔を逸らす。


「……極低温で冷やしてハンマーでぶち割ればいい」


 そういえば、モイモイが山火事騒ぎを起こした時にいた護衛の冒険者が、氷魔法と大きなハンマー持ちだったな。これも運命と言う奴か。


「なるほど。そうと決まれば明日、冒険者組合で募集しませんか?」


「……でもなぁ」


「そう言わないでさ。お兄さんも行こ?」


 酒で色っぽくなったラハヤが微笑んで誘うので、俺は根負けしてしまった。本当は行きたくない。嫌な予感がするのだ。俺が不利益を被るようなそんな予感が。


「気は乗らないが……。まあ、いい。行こう」


 こうして猟師から逸脱した行為が行われることになった。


 この夜の帰りは、ラハヤが案の定寝てしまったので俺が背負って宿屋へ帰った。翌朝にちゃんと起きてくれるといいが、起きなかったら俺が起こしに行こう。

 

 翌日の早朝。

 

 ラハヤがやはり起きてこなかった。昨夜は傍目から見て飲み過ぎだったから当然だ。


 俺は彼女を起こしにラハヤの部屋へ向かう。魔狼のクーがラハヤの部屋の前で寝ていたので起こした。恨めしそうに俺を見るクーは大欠伸を一つすると、ラハヤの部屋の前でクルクルと回る。


「また寝るんじゃないだろうな?」


 クーに釘を刺したが、どうやら二度寝するためではないらしい。


「まあいいや。ラハヤさん起きてください」


 ノックをするが返事がない。まだ寝ているようだ。


 やむなく扉を開けると、床にラハヤの衣服が散乱していた。白い下着まで脱ぎ散らかしているのは、着替えようとして眠気に負けた名残だろう。とても目のやり場に困る。ここはモイモイに起こさせた方が良い気がしてきた。


 ……こりゃあ、ラハヤさん素っ裸だな。モイモイの奴を呼ぶか。


 そう思って振り返ると、クーがラハヤに近づこうと一歩進む。クーが何かを踏んだ。


 緑の魔法陣が空中に展開。ジェット気流の如き突風が、俺とクーを部屋から追い出そうと発生した。


 ラハヤは魔法が使える。それを忘れていた。なんやかんやで魔獣と森で遭遇して生き延びていることも忘れていた。彼女は寝ている時でも対策だけは忘れていなかったのだ。たとえ普段は警戒心が薄そうに見える彼女でも、抑えておくべき個所はきっちり抑えているのである。


 突風で顔をびろびろにして踏ん張るクーからは威厳ある魔狼の面影は消え去り、俺は廊下に吹き飛ばされた。


「……痛ってぇ!」

 

 廊下の壁に頭を打ち、痛みに悶える。


「朝から何をやっているのですか?」


 モイモイが不審な顔で俺を見た。


「ラハヤさんを起こそうとしたんだよ」


「寝込みを襲おうとして失敗したの間違いでは?」


「んな訳あるか! 一回り以上も歳が離れてるんだぞ!」


 ラハヤの年齢を聞いたことはないが、ハイティーンぐらいだと俺は思っている。手を出したらロリコンのレッテルを貼られるばかりか、戻った時に青少年育成条例違反でしょっ引かれるのは間違いない。果てには社会的に死ぬのだ。なるべく綺麗な体のままで、俺は元の世界に戻ると決めている。下手な真似は出来ない。


「右手にラハヤの下着をまるで宝物のように掴んでるのに、その言い訳は通用しませんよ?」


 俺は右手を見る。パンツに該当する物を握りしめていた。この世界の衣服の凝りようは暇人なエルフたちが発展させたらしい。だが今は、とっさの蘊蓄(うんちく)でも誤魔化しが効かない犯行現場である。冷や汗が止まらない。


「……いや、あれだよ? 違うんだよ。飛んで来ただけだから。盗ってないから」


「……まあいいです。それは没収します」


 モイモイが性犯罪者を見るような目で俺の右手からラハヤの下着を持っていき、解呪ディスペルの魔法で突風を止める。扉はばたんと閉められた。


 朝からの散々な目に溜息が漏れる。


 その後は男冒険者と女魔法使いと合流し、野盗が根城にしていた廃砦へ向かった。遠出ということもあって、急いでも片道三日であった。男冒険者が所有する馬車で移動出来たのは幸運だったが、こうも時間が掛かるとジムニーが恋しくなってくる。


 そして場所は廃砦に移り、時刻は昼頃。


 俺たちは開かずの鉄扉前にいる。


 前評通りに、分厚い両開きの大きな扉は固く閉ざされていた。押してもびくともしない。


「じゃあ、手筈通りに。ミュラッカさんは扉を魔法で冷やしてください」


 俺がミュラッカと呼んだ青髪の女魔法使いは、水の入った樽を抱えていた。


 水と上級魔法で一気に凍らすらしい。


「はい。では水を掛けますね」


 鉄扉に水をぶっ掛けて詠唱を始めると、魔法を唱えた「氷柱瀑布アイスフォール


 彼女の杖から極低温の暴風が巻き起こり、目の前の鉄扉が見る見る凍っていく。部屋の温度も一気に寒くなった。冷凍庫並だ。吐く息も白くなっている。


 おお、寒い寒い。


「後はジャックさんお願いします」


「おうよ」


 大きなハンマーを持った男冒険者ジャックは、大きく振りかぶって凍った鉄扉を打った。


 一回、二回、三回目で鉄扉がバキっと割れて崩壊する。これで宝が隠されているとされる道が出来た訳だ。本当に宝が隠されていたらと注釈は付くが。


 だが、俺にも廃墟を探索する喜びはあった。もしこれが危険ゼロの観光であれば、安心して喜んでいられるが、これは『藤岡弘、探検隊』真っ青な命の軽い冒険。特に俺が死ぬような目に遭うのだ。


 ……まあ、二人が酷い目に遭うよりかはマシか。


「これで銀貨一二枚なんてお前ら太っ腹だな!」


「後はここを守って頂ければ……」


「任せとけ! はっはっは!」


 豪快に笑いながら俺の背中をジャックが叩く。


「……それじゃ、気を付けて行こう」


「どんなお宝かな?」


「これで借金が返済できます! さあ、続いてください!」


「いや、待て。俺が前に行く」


 俺を先頭にラハヤ、モイモイ、クーと続く。


 松明で照らされた石造りの廊下を歩いていくと、明かりが灯る部屋があった。


 さらに、その部屋から誰かがいる気配がしたのだ。


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