第13話 ユニコーンの肉


 ユニコーンを解体し終えた頃には昼になっていた。


 俺たちは朝食も摂っておらず、腹も空いていた。なので、俺が馬肉にしか見えないユニコーンの肉を食べようかと思い立ったのは極々自然なことで、何のやましい気持ちもなかった。


「腹も空いてるし皆でユニコーンの肉でも食べよう。ラハヤさんもモイモイも食べるだろ?」


 俺が提案した瞬間、全員が引いた顔でささっと俺から距離を取った。何か不味いことでも言ったのかと、ラハヤに視線を送る。ラハヤが少しだけ頬を染めると下を向き、俺と視線を合わせようとしない。


 解体の様子を先ほどまで見ていた女エルフたちも、何故か敵意を俺に向けている。俺は何か失礼なことを言ったのだろうか。なにも不自然なことは、言ってはいないはず。


「何で黙ってるんだ?」


「あの、シドーさん。シドーさんは、ここにいる女性全員と、その……」


 モイモイが歯切れの悪い説明をして、もじもじとしている。


「まあ、いいや。厨房でも借りよう」


 俺はユニコーンの枝肉に手を伸ばそうとした。


「シドーさんは乱交の宴でも開くおつもりですか!!」


「…………は?」


 モイモイの発言に俺は思わず聞き返した。


 お前痴女だったの? ガキの癖に?


「何やら殺気が充満しているから来たが……。シドーとか言ったな? ユニコーンの肉に催淫効果があるのを知らんのか?」


 キセーラが小屋から出て来て確かに『催淫効果』と言った。彼女は暗に言っているのだ。『この肉は媚薬と変わらんぞ』と。


 ……催淫効果? 嘘だろ?


 それに考えてみれば可笑しな話だ。処女好きで童貞好きなユニコーンが、その肉に媚薬成分を宿しているなど変だろう。そう思ったが、キセーラの次の説明で俺は痛感した。異世界の自然と言うものが非常識極まることを。


「ユニコーンは処女や童貞には絶対的に心を許す。だが、同時に非処女や非童貞は許されざる外敵で、ユニコーンにとって貴重なタンパク源となるんだ。まあ、彼らはその身に奇妙な成分を宿すことで、狩られるだけの存在となることを防いでいるのさ」


「どれぐらい効果があるんだ?」


「かなり昔に密猟者が子どものユニコーンを食べてしまったことがある。その時の密猟者は女一人に男三人でな。まあ、女は男三人を相手に嬌声を三日間ほど響かせていたよ」


「……まじかよ」


 キセーラはまるで直接見たように、俺にユニコーンの肉の効能を説明した。


「その後はユニコーンの魔法で、瞬く間に殺されて喰われていたがな」


「……食うの止めよう」


 俺はそっとユニコーンの枝肉を置いた。


「お兄さんは知らなかっただけ、だよね?」


 知らなかったとはいえ『なあ、皆! 今から乱交しようぜ!』と提案したのと変わらない俺に対してラハヤだけは優しかった。涙が出そうだ。俺は無知は罪をという言葉を実感した。


「……知らなかったんだよ」


 俺は恥ずかしくて仕方がなかった。今にも心の内で叫びたい。穴があったら入りたい。これでは俺が変態みたいではないか。


「……くははっ! 何だ知らなかったのか? てっきり自分が勇者だから卒業をするために提案していたのかと思ったぞ」


 キセーラが腹を抱えて笑う。


「その勇者って何だ」


「お前の連れの前で言ってもいいのか?」


「いや、待て。分かったから止めろ」


 エルフの言う勇者とは童貞のことらしい。あの結界もおそらく非処女と非童貞は入れないようになっているに違いない。なぜなら、俺を最初から勇者と呼んでいたし、いちいち密猟者の死体を処理するのも面倒だろう。肉なら獣の肉でも与えればいい。


「……はぁ~。シドーさんが確信犯でやっているのではないと分かって良かったですよ。確信犯だったらどうしようかと」


「ユニコーンの肉は我々が買い取ろう」


「女同士でお楽しみでもするのか?」


「干し肉にして帝国に売るんだよ。元々この狩場は帝国の要請で我々が作ったのだ。その際の取り決めが、帝国の君主や貴族にだけユニコーンの肉を流通させること」


 帝国の君主や貴族はユニコーンの肉を使ってお楽しみをするらしい。今度から彼らとは距離を取っておこう。飯に混ぜられたりしたら大変だ。


「いくらで買い取ってくれるんだ?」


「銀貨五四枚だな。毛皮も銀貨三〇枚で買い取る。角は持っていくといい」


「ユニコーンの干し肉と毛皮ってのはどれくらいで売れるんだ?」


「一財産築けるぐらいだな」


「もうちょっと高く買い取れないのか?」


 俺の交渉にモイモイがキラキラと目を輝かせていた。


 だが、キセーラは「無理だ」と言い放つ。


「その代わりに昼食を食べていくといい」


「……タダでいいなら」


「安心しろタダだ。我々はゴブリンとは違う」


 俺たちは神聖処女隊の好意に甘えることにした。


 彼女たちの小屋は家ほどの大きさで、内装は質素だが派手な長机がある。この長机は来客用だろう。そこに案内され少し待つと、女エルフが料理を運んで来た。


「久しぶりの魚料理だね」


 ラハヤが嬉しそうに並べられた料理を見る。


「そういえば久しく食べてなかったな。いただきます」


 並べられた料理はマスのムニエルが一品。この世界の人参に該当する物のソテーも添えられている。それと葉物のソテーと合わせて見た目からして高級だ。ソースはおそらくバターソースだろう。


 葉野菜のサラダの上にバターで炒めたキノコもある。この世界でも乳製品が存在するのは、ここまでの異世界生活で確認済みだ。乳製品の味は若干だが日本のより濃かった。


 最後にクラムチャウダーのような白いスープに白パンと、ここまで豪華なのは久方ぶりだ。ちょっとした高級料理店にいるような気がしてきた。


「これはもはや貴族の食事ですよ」


 モイモイが、ここぞとばかりに忙しなく料理を食べている。


「このスープ美味いな」


「うん。美味しい」


 クリーミーでほっとする味だ。


「それはユニコーンの乳で作ったからな」


「ごほっ……!」


「わ、私飲んじゃったんだけど……」


 俺とラハヤが青ざめていると、キセーラは笑い「乳は大丈夫だ」と教えてくれた。


 その後は一級品の食事を楽しんだ。


 そして帰り際にキセーラが「お前はニホンジンだったんだな。どうりで面白い奴だと思った」と俺に言った。


 彼女たちは古川三郎と面識があったのだ。ほとんど寿命が存在しないエルフという種族だから当然と言えば当然か。俺は何だかキセーラとはまた会えるような気がした。

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