第15話 廃砦の主


 扉から明かりが漏れている。


 ラハヤが「私が先に行く?」と提案するが、レディファーストなどと女性を危険な目に遭わせることが前提な慣習は持ち合わせてはいない。


「ラハヤさんは俺の後ろに。俺が先に行く」


 扉を静かに開ける。ゆっくりとあらわになった部屋は、色々な薬品や機械が雑多に並んでいた。褐色な肌を持つ年老いた魔導士がぶつぶつと呟きながら何かをしている。黒いローブを着た彼は、俗に黒魔導士ダークメイジと呼ばれるものだ。


「もう少し……。もう少しで完成じゃあ……」


 褐色肌の年老いた黒魔導士が呟いているが、俺には何を言っているのか分からなかった。


「そこのダークエルフ! この紅焔ぐえんの天才魔導士モイモイ・マイトパルタの前に跪けぃ!」


 慎重にことを運びたかった俺の心中などいざ知らず、モイモイは高らかに宣戦布告した。モイモイと言う奴は本当に後先を考えないアホなのだ。今更に気を付けろと言って、己の行いを鑑みる性格ですらない。


「なんとぉ! 帝国の犬どもか!!」


 ダークエルフの黒魔導士は一目散に逃げ出した。


 その黒魔導士が犯罪を犯しているのか分からない俺にとって、すぐさま追撃を支持する訳もなく一次作戦会議をする。その人万引きですと言って正義感を露わにして、実際には万引き犯でなかったら恥ずかしい。そんな感じだ。


「今すぐ追いましょう!」


「ちょっと待て!」


「どうしよう。本当に黒魔導士なら国に任せた方がいいと思うんだけど」


「……兎に角だ。一旦落ち着け二人とも」


 そもそも黒魔導士の本質が俺には分からないのだ。悪い奴なのか、それともただの変人なのか。これは法治国家日本で生まれ育った俺にとっては大事なことだ。己の価値観だけで突っ走っては痛い目に遭う。これはどこの世界でも間違いない。


「んで黒魔導士って何だ?」


「黒魔導士と言うのは政治的な目的を達成するために、暴力による脅迫を用いるとんでもない輩です!」


 ……あー、そりゃテロリストか?

 

「魔族やダークエルフが破壊行為を行うんだよ。お兄さんが誰に対しても平等だってのは分かるけど、私は平和に暮らしている人に危害を加える人は許されないと思う」


「……この世界の常識がはっきりとは分からんが、相手は無差別破壊を企んでるテロリストだってのでいいんだな?」


「それで合っています! さあ、追いましょう!」


 この世界に飛ばされて、誰がテロリストなんぞという迷惑極まりない概念に遭遇すると思うか。俺は既に自衛隊を一二年前に辞めているのだ。人々を守る義務すら持たない一般人となっているのに、俺は黒魔導士なる人物を捨て置いてはならないと思ってしまった。本当にテロリストかどうかも分からないのに、難儀な性格だ。


「ああ、くそっ! 分かった。分かったからモイモイは後ろに下がってろ。ラハヤさんも前に出ないでくれ」


 俺たちは黒魔導士を追って進む。


 進んでいる内にクーが唸り声を上げた。


「お兄さん。前方に魔獣がいるみたいだよ」


「やっぱり嫌な予感が的中しやがったな……」


 俺は銃袋から猟銃を取り出した。こんなことならドヴァさんから実包を受け取って来るのだったと、後の祭りに心底嫌気がさした。残りの残弾はたったの一〇発なのだ。


 ボルトを操作し、チャンバーを開けて五発装填する。


 ラハヤが松明を前方に投げて、魔獣の姿が明かりに照らされた。

 

 魔獣の姿は野犬の姿に炎のような魔力を揺らめかせている。


「あれは魔犬ヘルハウンドです! 注意して下さい、動きは速いですよ!」


 モイモイが注意を促す。相手の数は六。敵は唸り声を上げて襲ってきた。


「だぁから俺は来たくなかったんだ!」


 俺は発砲する。一発がヘルハウンドの心臓を穿ち、ラハヤの射撃がヘルハウンドの脳天を貫いた。クーが飛びかかり首を噛み砕くと、モイモイが詠唱を始める。


「紅蓮のいかずちなる火焔よ怨敵を貫き給え! 紅蓮雷フレイムボルト!」


「あちち!!」


 俺の髪を炙りながら進むモイモイの炎雷が、三匹のヘルハウンドを丸焼きにする。


「お前えええ!! 俺ごと撃っただろ!! 焦げたんだよ! 頭が禿たらどうしてくれる!?」


「さあ、なんのことでしょう?」


「今は喧嘩するより追おう。相手は魔獣を召喚してるから早く、ね?」


「ラハヤの言う通りです。追いましょう!」


 黒魔導士を追う間も相手は魔獣を召喚し、こちらの行く手を阻んでいた。


 さらに走る俺たちの前に、新たな魔獣が姿を現す。


 上半身は裸の女性で下半身は白馬の魔獣だ。そそられると思った瞬間、クーが俺の太腿に噛みついた。


「痛ってええ!! なぁにしやがる!!」


「あれは魔獣ボラークです! 魔法を使ってきますよ!」


 魔獣ボラークが魔法を唱える。光り輝く魔法陣が複数展開し、光の矢をこちらに撃ってきた。


 ラハヤが華麗に避け、モイモイが魔法障壁で防ぎ、クーが伏せると俺は被弾して焼けた。


「アッバアァァァァァーーーーーー!!!!」


「お兄さん大丈夫!?」


「よくもシドーさんを! ……ことわりの座に列する火の聖霊よ、今こそ禁忌の力を解き放ち給え! 炎塵爆焔陣ブレイズエクスプロッシブ!!」


 よろよろと俺は立ち上がり、モイモイの火焔魔法による爆炎が巻き起こる。まるでバックドラフトだ。


「ホアァァァァァーーーーーー!!!!」


 爆風が俺の身を焦がし、魔獣ボラークは消し飛んだ。


「……はぁ……はぁ……。 このままじゃ身が持たねぇえ……!!」


 不死身の体とは言えキツ過ぎる。宿屋に帰りたい。


「お兄さんしっかり!」


「相手は死霊術士ネクロマンサーと見ました! 捨て置くのは国家の危機です!」


 戦意喪失しそうな俺をよそに進み、また魔獣が現れた。


 その魔獣は半魚人な相貌である。その手に三又の槍を携えた魚人だ。数は三。


「今度は深淵魚人サハギンが相手ですか! 全て焼き魚にしてあげますよ! 爆溶焔雷ヴォルガニックボルト!!」


「ギィエェェエェェェエエーーーーー!!!!」


 テンションが極限にまで上がったモイモイが、床を溶かすほどの炎雷を放ち俺諸供に敵を爆砕する。俺を巻き込むほどのモイモイの魔法に、俺の心は砕ける寸前だった。


「お、お兄さんが上半身裸に……!」


 ラハヤが何故かちょっとだけ嬉しそうだ。


「……宿屋に帰りたい」


 ……あー、くそ。俺が前に出るとか言うんじゃなかったよ。とんでもなく迂闊だった。


 俺は泣きたい。迂闊な奴が俺だったのだ。宿屋に帰りたい。


「さあ、行きますよ! 懸賞金がっぽがっぽです!」


 さらに俺たちは黒魔導士を追う。


 そして、とうとう行き止まりの部屋に追い詰めた。


「お前らは一体なんじゃあ! 帝国か!? 帝国の犬か!?」


「いや、違います。なんかあれです。お宝があるとか噂になってて」


「そんなことを言って儂を突き出すつもりじゃろう!」


「いや、だから違いますって――うお!」


黒焔雷ブラックボルト!!」


 黒魔導士が魔法を唱え、俺は危うく被弾するところだった。


「こいつ抵抗する気ですよ! さっきも召喚魔法で魔獣を呼び出していました! しかも魔石を使う金持ちな方法です! 許せません!」


「……それは金持ちへの嫉妬だろう」


「お兄さん、あの人を射殺っていいかな?」


 ラハヤもモイモイも怒り心頭で、相手に危害を加える気満々である。なるべく俺は穏便に済ましたいのだが、二人はお構いなしだ。


「俺は荒事をしに来たわけじゃあないんです。本当に連れのバカな考えに、現実ってのを見せてやりたかっただけで……」


「そんなことを思っていたのですか!」


「信じられんわ! 儂の永きに渡る研究を盗みに来たのだろう!?」


「ちなみにどのような研究を?」


「若返りの研究じゃ! 黒焔雷ブラックボルト!!」


「アッバアァァァァァーーーーーー!!!!」


 俺は黒魔導士の不意打ちを喰らった。黒い炎が俺のみを焦がす。ウェルダンだ。


「……こ、こいつ!!」


 怒り心頭。はらわたが煮えくり返りそうだった。


「な、なぜ効かぬ!!」


「お兄さん。やっぱり私が射殺そうか?」


 ラハヤが怖いことを言う。


「……いや、俺がやる」


「うん。分かった」


 俺は無手でじりじりと近寄った。黒魔導士は魔力が切れたのか、それ以上の魔法は使ってこない。この不毛な勝負は俺の勝ちだ。


「くそ! この帝国の犬め!」


 後ずさる黒魔導士に俺は一歩ずつ間合いを詰める。


「さあ、観念しろ!」


「……むむむ――うお!!」


 黒魔導士が足を滑らせて棺のような機械に入り込んだ。


「ぽちっとな」


 モイモイがボタンを押す。


「おいぃい!! 何やってんだよ!!」


「そこに押したくなる形状のものが」


「ねえ、動き出したみたいだけど……」


 ごうんごうんと機械が洗濯機のように揺れる。


 やがて煙を伴いながら黒魔導士が吐き出された。


「おい、じいさん大丈夫か?」


「お兄さん、あれって……」


「……うっわぁ~」


 煙が晴れた。ラハヤとモイモイが引き気味な顔になる。俺も目の前の黒魔導士に引いた。


「な、なんじゃこれは!!」


 年老いた黒魔導士が幼い女の子になっている。美幼女なのが気持ち悪い。念のため、声を掛けてみる。


「……あ、あの、大丈夫ですか?」


「せ、成功じゃああああ!!!」


 幼女になった黒魔導士は喜んでいる。


「あのシドーさんどうしますか? めっちゃ気持ち悪いんですけど燃やします?」


「それは止めろ。焼死体なんて見たくない」


 俺がどうしたものかと考え込んでいると、ジャックとミュラッカがやって来た。


「おい大丈夫か!?」


「え? ええ、まあ」


「もしかしてその子がお宝ですか!?」


 この部屋にお宝と呼べるものはない。強いて言うなら美幼女と化した元じじいの黒魔導士だろう。


「ま、まあ……」


「お兄さんどうしようか?」


「お宝がないじゃないですか!!」


 モイモイが激怒するが俺にどうしろと言うのだ。


「取りあえず、そこの奴は冒険者に引き渡そう」


 こうして黒魔導士は冒険者に引き渡された。


 この廃砦にお宝なんてものはなく、モイモイが不機嫌になっていたが、俺としては無事に戻れただけでも儲けものだった。


 後から聞く所によると、あの黒魔導士はジャックとミュラッカのパーティに加わったらしい。


 つくづく度し難い世界だ。異世界と言うものは。

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