第二話 出発の朝

 ルシルたちの出発の準備は整っていた。もう目的地は目の前だ。半日も走れば、昼過ぎにはハルミドに到着する。

 身支度を整えた後、持ち物をひとつひとつ確認して、今は最後のコンテナの荷物を片づけながら、二人の心はもうハルミドに馳せていた。

「いよいよですね」

 リコットの声も心なしか弾んでいる。

「このまま何事もなければいいんだけど」

 大丈夫ですよ、と何時になく楽観的にリコットが言った。昨日のことでリコットとの絆はより深くなったと思う。ルシルの決意は堅かった。やはりミキシング・ジェンダーの手術を受けるべきだ。

「朝から仲がよろしいのね」

 そこに現れたのはクロアだった。リコットは一瞬ビクッと震えたものの、しかし堂々とクロアの前に立った。

「昨日は、ごめんなさい。酷いことを言って。でもわたし、あなたのこと嫌いじゃないの。それだけは分かって……」

 クロアがフッと笑う。

「もちろんですわ。むしろ……あなた方お二人の結びつきの強さを見せつけられたくらい。羨ましいほどにね。正直に言うとルシル、あなたさえよければこれからもずっと……なんて考えたこともありましたのよ?」

 あたしと? ルシルは意外だった。まさか自分のことをそんな風に思ってくれているとは。ルシルは戦争が始まる前はただただ自分自身に嫌気がさして、逃げ出そうとしていたのだ。

「ハルミドについたらどうするの?」

「わたくし? そうですわね……仲間はみんな死んでしまった。しばらくはハルミドで暮らすことになりますわね。そこで男性なり女性なりのパートナーを見つけられたら……いいえ、わたくしが他の生き方が出来るとは思いませんわ。またドサ回りのショウをやってもいいですわね。新しく仲間を募って……嫌なこともあるけど……けっこう楽しいんですのよ?」

 そこにシエラがローエを引っ張って顔を見せる。

「ねえ、何の話?」

「ハルミドに着いたらどうしようかって」

 ルシルが言うとシエラはふと顔をしかめた。

「ボクは……とにかく父ちゃんを探さないとなあ。ハルミドで会えたらいいんだけど。ま、死んでなければだけどね」

「そんな……絶対生きて会えますよ」

 そうだといいけどね、とシエラは少し悲しそうな顔をした。はっきり言えば情勢は厳しい。シエラは万が一という覚悟を決めているのだろう。

「ところでさ、キィンが残していったやつなんだけど……」

 みんなでコンテナの奥を見る。そこには爆薬や弾が山を作っていた。改めてみるとかなりの量があった。

「あれ、危ないんじゃない? 同胞団に渡したらと思ってさ。あんなのがあると不安っていうか……」

「わかるわ。ハルミドも近いんだし……。あたしもそう思ったんだけど、カリムさんが持っておけって」

「爆発したり……しないんですの?」

 クロアが言うと、一瞬、全員が沈黙する。

「だ、大丈夫よ、起爆装置もないし、わざと爆発させない限り……例えば、銃で撃ったり手榴弾を投げ込んだりしなければね」

 はあ、と安堵のため息を吐く。流石にあれを爆発させようだなんて誰も思わないだろう。

 しかしローエが何かを掴んでみんなの前に差し出した。

「ああう……」

 それを見て全員が凍り付く。

「手榴弾だ!」

「バカ! 何でそんなものを!」

 シエラが奪い取ろうとするが、ローエは放さない。

「無理に取り上げないで! 爆発する!」

 くそっ! とシエラが悪態をつく。ローエは手榴弾を抱きしめて、グルグルとうなり声をあげた。

 そこにクロアがゆっくりと近づいていく。

「ねえ、あなたからもう取り上げたりはしませんわ。だから仕舞ってくださる? そうね……」

 クロアはコンテナを見回して、缶詰を入れてあった黒い鞄を手にした。

「これに入れてあなたが持っておくといいですわ。あ、出来ればライフルの弾も一緒に。何かあった時はみんなのサポート、お願い出来ます?」

 そう丁寧に諭したクロアに、ローエは目を輝かせて、うんと頷いた。そして鞄の中に手榴弾とライフルのマガジンを詰め込み始める。

「やれやれ、クロアには敵わないな。ボクよりローエの扱い方が上手いんだからな」

「年の功ってやつですわ。それと経験、かしら?」

 そう言えば、クロアはこの中で一番の年長者だったことを思い出した。そして全員でクスクス笑う。ローエは満足気に重くなった鞄をみんなに見せていた。



 そうしてルシルたちは出発の時間を迎えた。カリムがやってきて彼女たちを見送る。

「ここからは道はないが一直線だ。墓穴や岩場に気をつけて太陽を目印に。大きな街だから直ぐに分かる」

「ありがとうございます。色々とお世話になって」

 いや、とカリムは手を振った。

「余り用意してやれなくて心苦しいが……ハルミドに人が増えれば暮らしやすくなるだろう。戦争も直に終わる」

「だといいですね」

 ルシルは笑って彼に手を振ると、ウォール・バンガーに乗り込んだ。リコットたちもそれに倣う。クロアだけ、少しバツが悪そうな顔をした。

「気をつけてな!」

 手を振るカリムを残して、ウォール・バンガーは出発した。



 そこからはまた赤茶けた荒れた大地をひたすら走った。道も目印も無く、垂れ込めた厚い雲の下、わずかに光を漏らす太陽を目印にまっすぐにハルミドを目指す。

 わずか半日程度の旅だ。それで終わる。仲間達とも別れることなるのだろうか。少し名残惜しくもあるが、それぞれに別の生活が待っているのだ。

 出発してから一時間半、もう三百六十度に同じような光景しか見えなくなった頃、リコットが何かに気づいた。

「あれ、なんでしょうか?」

 遠くに何かが土煙を上げている。目を凝らしても何か分からない。

「車……かな? でもやけに土を舞い上げている」

 それは徐々に近づいてくるようだった。少しずつ土煙が大きくなり、それでそれが何か判明した。

「あれは、ビルド・ワーカー?」

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