第五話 温もりを重ねて

「そんな……そんなことって……」

 傷だらけの腕を撫でながら、リコットは大粒の涙を落とした。

「あたしは大丈夫。何故か知らないけど……二度目に襲われた時、そして全てを失ってしまって、逆にすごく楽になったの。この傷は自分への戒め……っていうには目立つけどね」

 精一杯笑ったつもりなのに、ルシルの瞳からも涙がこぼれた。

 彼女は愛おしむようにルシルの腕を撫でた。その顔を見ているうちに奇妙な気持ちが沸き上がってきた。

 なんて……可愛い……綺麗……。

 リコットの唇は艶やかでぷるぷるしていた。張りがあって薄いピンク色、頬の血色もいい。少しそばかすがあるのが子供っぽく、それでいて思い詰めたような表情が胸を締めつける。

 部屋が暖かくなってきたからか、それとも体温が上がってきたからか、彼女の体から僅かに立ち上ってくる体の匂いが鼻をくすぐった。

 そっと頬に手を添える。リコットがハッと顔を上げた。視線が交わった。その瞳は潤んでいる。それがさらにルシルの劣情を誘った。

「ど、どうしたの?」

 震えるリコットの唇。頬はつるつるしていて、でも柔らかく弾力があった。

 バスタオルがはらりと落ちて、彼女の上半身が露わになった。小さな肩は緩やかな曲線で少女らしさを演出しているが、片手では余るロケットのような胸は大人との境界にいるアンバランスさを示している。乳輪は小さく、それとは逆に大きめの乳首がつんと出っ張っていた。

 リコットが震え始める。体温は十分のはずだが、彼女の震えはどんどん大きくなっていった。

 彼女への愛おしさが増すと同時に、不意に沸き上がってきたのが怒りだった。彼女を犯したテラリス軍、そしてアンダー・コマンドへの激しい憎悪である。

 こんな少女を穢したというのか。恐らくまだ何も知らなかったであろう体を力で蹂躙したというのか。

 ルシルは意識しないまま、彼女の胸に手を伸ばし、大きな膨らみを強く掴んでいた。

「えっ? ちょ、ちょっと、ルシル?」

 こんなに美しい、こんなに純粋な、汚れのなかった体を男たちが無理やり汚していったのだ。まだ閉じられたままの女の秘密をこじ開け、その源泉を男の欲望で掘り返し、本能の赴くままに放ったのだ。神聖な泉に次々と汚物を溢れさせたのだ。

 許せない。絶対に許せない!

 自分が穢されるのは構わない。その程度の体である。生きている価値があるのかどうかすらもわからない。しかしリコットは違う。愛されていたであろう存在には、それそのものに価値がある。それを穢すことは誰にも許されない。

 守らなければ。この大切なものをこれ以上穢されないために。

 顔を寄せて、彼女の甘い匂いを吸い込む。血色の良い肌にたまらなくなったルシルは、その首筋に唇を当てた。強く吸って舌を這わせる。

 リコットの体がビクビクと痙攣した。深いため息が吐き出される。抵抗はない。ゆっくりと彼女の上にのしかかった。そして胸を揉みしだきながら、もう片手を下半身へと伸ばす。

 バスタオルが外れないようにしながら、リコットもルシルの背中に手を回した。女の泉の入り口にまさぐるたびに、彼女のため息が強く何度も繰り返された。

 今まで女性と経験を持ったことはない。ぎこちなくやり方もわからない。ただやりたいように、思うがままにリコットを愛したかった。癒してやりたかった。

 リコットは拒否しなかった。ルシルを受け入れ唇を重ね合い、お互いを求め合った。

 彼女への愛おしさの中で、黒い憎悪がふつふつと膨れ上がる。男たちへの激しい憎悪、それは彼女への想いと一緒に車の両輪のようにルシルの頭の中を走り始めていた。



 どれくらい時間が過ぎただろうか。もう真夜中のはずだった。ルシルが目を覚ましたのは腹が空いたからか酷い音がなった。口にしたのは随分と前に飲んだ、濁った妙な味のする水だ。

 リコットはルシルの肩を枕にして寝息を立てていた。こんなところで裸で眠るのが危険なのはわかっている。でも起こす気にはならなかった。

 焚き火は小さくなっていたが、まだ残っていた。

 火が消えないように雑誌を破いて中に入れる。紙の燃える独特の臭いが周囲に広がった。木片を入れてそれが十分に赤くなるまで一ページずつ丸めて入れていく。

 雑誌が何冊か無くなって次のものを手にした時、あのポルノ雑誌を見つけた。相変わらず吐き気を催す気持ちの悪い本だったが、それでも何故かルシルはページを捲っていた。

 そして後半、ある特集で目が止まった。

 それは女性の体でありながら股間にペニスを生やした、何とも表し難い交わりであった。

 特集のタイトルを見てわかった。トランス・ジェンダーではない。これはミキシング・ジェンダーと呼ばれる、女性でありながら最新の生体医療によりペニスを形成させたもの、俗にジェンダー・キメラとも呼ばれる、だった。

 性同一性障害ではなくとも、何らかの理由で女性だが生殖器が欲しい、或いは男性が子宮や膣を持ちたい、そういう“性の極限的多様化”に対応した医療がある。例えば女性の同性愛者同士が男女の役割を決めた上で、体の一部分(この場合の多くはペニスをつける)を男性化させたりするのだ。もちろん形だけの偽物ということはなく、ちゃんと自身の体細胞から培養した本物で、射精もすれば排卵、妊娠も出来る。男性ホルモン、女性ホルモンの投与も完全に管理され、女性でありながら、或いは男性でありながら、一部分だけを異性化させることが出来る医療なのだ。

 ルシルには全く理解し難いものだったし、今までそんな技術があっても興味もなかった。

 しかしルシルはそれから目が離せなかった。リコットと関係を持ってしまったからかも知れない。

 女性の股間にある勃起したものを、パートナーの女性が口で弄び、股を大きく広げて深々と突き立てる。女性同士でありながらその部分だけみれば男女であるという二人の絡みは、頭の中でルシルとリコットに変換され、興奮からじゅくじゅくと女の芯が疼き出した。

 どんな感じがするだろうか。男たちに凌辱された時のことは記憶が曖昧だった。あるのは股間の奥の異物感と裂けるような痛みだけ。男性器を持つ感覚、女と交わる感触、そんなものに想像が回るわけもなかった。

 どれくらいそれを真剣に眺めていたのか、ふと我に返ったルシルは頭を振って妄想をかき消した。

 まさか、あたしが、とんでもない!

 そしてその雑誌を破いて焚き火に放り込む。

 十分に薪をくべて、外れかかっている毛布代わりのバスタオルを二人の体にぎゅっと巻き付けた。

 あたしは今のままで十分……リコットさえ、側にいてくれたら……。

 今日はせめて朝までゆっくりと眠らせて。

 祈るようにルシルはもう一度目を閉じた。しかし火照った疼きはまだルシルの女の部分を充血させて止まなかった。

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