第二章 ウォール・バンガー

第一話 開拓用重機《ビルド・ワーカー》

 朝から廃墟の街を周りながら、何か残っていないか探していた。幸いなことにマンションで厚手の上着を見付けたので、二人とも朝の寒さを凌ぐことは出来た。今一番欲しいのは食料だった。

 目を付けたのは、街の外れにあった廃工場、古い車や機械が山のように積み上げられ、巨大な壁となったその真ん中に倉庫のような大きな建物があった。戦争による破壊はなく直前まで人がいたのだろう、取り込まれていないタオルが干してあったり、整備用の機械が雑に並んでいたりと、まだそこにあった生活感は失われてはいなかった。

 中は物色された跡があって酷く散らかっておりルシルを落胆させたが、空のビンばかりの酒棚の下にナッツ缶を見付けることが出来た。一抱えもある大きさで蓋を開けると中身は三分の一ほど、アーモンド、カシューナッツ、ピスタチオ、ピーカンナッツ、セサミクラッカーもある。香ばしい匂いがふわっと鼻をくすぐった。

 食料の自給率の低いイルダールでは地球からの輸入に頼るほかないが、それと同じように酒や煙草などの嗜好品の需要も高い。そしてそれに付随する品物も多く持ち込まれている。ただこうしたものは生きる上での重要度は高くない。嵩張る荷物は捨て置かれたのだろう。

 掌にナッツを少し掬って放り込む。噛み締めると強い塩気と少しの甘さ、食感や味が混ざり合って、久しぶりに固形物を“食べる”という欲求を十分に満たしてくれた。

 リコットに見せてあげなきゃ。

 それを持って廃工場の奥へと進む。リコットはそこで使えそうなものを探しているはずだった。ライトやロープ、医薬品、それらを入れるバッグまで、食料や水の他にも必要なものは沢山ある。

 アルミ枠の小さな扉を抜けると、そこは外と同じように解体された車両やよくわからない機械が積み上げられていた。天井が高く敷地は広いが機械の壁が迷路のようになっていて、その圧迫感は強い。しかも強烈なオイルや錆の臭いが堆積するように充満していて、口を押さえなければ中を歩くことすら困難だった。目にも何かが染みて何度も瞬きをする。

 どう歩いたのかわからないまま右に左にと曲り、やや開けたところで、リコットの姿を見付けた。彼女は一際大きな機械の塊の前で佇んでいた。

「どうしたの?」

「これ、何かわかります?」

 リコットが指差したものを凝視する。最初は何かわからなかったが、徐々にその輪郭が記憶を刺激し始めた。

「これって……ビルド・ワーカー? ウォール・バンガー……かな?」

「やっぱり、そうですよね……」

 ルシルの家は建築関係の会社だったので大きな開拓用重機ビルド・ワーカーは何台も置いてあった。

 その中でもウォール・バンガーは戦車のような無限軌道キャタピラを持つバスほどもある大きな車体、その上に上半身となる丸い基部があり、縦長のひとり乗りの運転席と、ストローを繋いだような細長い腕を持ったビルド・ワーカーである。パワーがあり改造もし易い、イルダールではよく使われているビルド・ワーカーだった。マンション建設には、その長い腕でモジュールを組み立てるのだが、その動きが壁を叩いているように見えることから“ウォール・バンガー”と呼ばれている。

 だがそれは知っているものではなかった。ビルド・ワーカーは基本的に黄色で塗装されているが、そこにあるものはイルダールの大地と同じような赤茶で全身が塗られていた。

 運転席にあたる部分は五十センチ四方の四角い鉄板で組み囲まれ、まるでパイナップルのようになっている。腕はその上から出ているので、まるで人間の上半身、胴体のように見えた。さらにパイナップルの上にはカメラが束になった顔が乗っていて、わざとそうしているのか、それが本当に人の頭のようになっていた。

 腕は人間とは違って上腕、中腕、下腕とあり、移動する時は三つ折りにするが、今はおどけたように宙を泳いでいた。指は三本、平行に並んでいて、大抵のものは掴めるようになっている。

 ベースとなる下半身は後ろにもう一両、同じような無限軌道の車体が連結されていた。その上に大きな紺色のコンテナが乗っている。輸送用の直方体で扉が観音開き、高さが二メートル、奥行きが四メートルほどあった。

 車体の前面にはブルドーザーよろしく排土板があって、ただし土を均す平たいものではなく、三角形に尖っていて土をかき分けるようになっている。最後尾には人が乗れるゴンドラがあって、ちょうど見張り台になっていた。留め金ひとつで固定されているので見るからに安定性はよくないが、何かを載せられる器具が付いている。

 どうしてこんな改造をしてあるのかわからないが、まるで移動要塞のような物々しさを醸し出していた。

「何でこんなものが……ビルド・ワーカーはみんな破壊されているのに……しかもこれってもしかして……戦闘用に改造?」

「ですよね……」

 運転免許こそ必要がないものの、完全な登録制となっているビルド・ワーカーを所有するのは地味に面倒だ。購入、修理や改造、そして廃棄に至るまでテラリス側に書類を提出しなければならない。さらに半年に一度は点検と記録の更新も義務づけられている。開拓用重機といっても個人でなかなか持てるものではない。

 所有者や所在地まで管理されていたからこそ、テラリスの攻撃目標となって真っ先に破壊されていったのだ。テラリスに近い入植者の中には、接収という名目でビルド・ワーカーを返還していた者もいると聞く。もちろん戦争を見越してのことだ。

 この機体は朽ち果て打ち捨てられているようにも見える。しかしルシルはこういう重機をよく見てきたので、それが動くかどうかは感覚でわかる。

 これは……まだ死んでないわ。

 ナッツ缶をリコットに預け、車体の側面にある梯子で上に登る。パイナップルの胴体は見上げるほど大きくてかなりぶ厚い。あの時トラックを破壊した砲火にも耐えられそうだった。

 何処から入るの?

 胴体の正面、胸から腹の部分が扉となっていて、大きく上に開く。そこが搭乗口だった。

 中はがらんどうで広かった。強い錆の臭いは我慢出来ないほどではなかったが、長く吸っていると吐き気を覚える。僅かに明るいのは、胴体の左右に四箇所ある、小さな長方形の覗き窓のおかげだ。

 運転席はそのままだが、フレームとガラスは取り除かれていた。その代わりに三十二インチのモニターが三つ、座席を囲むようにあった。恐らく頭のカメラで撮った画像が映るのだろう。運転席の周りは五、六人が乗っても十分なほどで、ところどころに木箱や工具ボックスが置かれていた。一枚板だと思っていた鉄板は、逆から見ると四角の枠の中に×印の骨組みがあった。それだけで強度はかなりあると思えた。まさに装甲だった。

 スゴイな……。

 そう呟きながら中に入る。急拵きゅうごしらえという感じもしない。十分に時間をとって造られたものだ。ただ仕事としては個人か或いは数人で行ったのだろう、雑な溶接や部品の取り付けも見られた。塗装も雑で内側は本来の灰色のままだ。

 運転席に座ってみる。ウォール・バンガーではないが、近いビルド・ワーカーなら操縦を習ったし、実際に動かしたこともあった。操縦方法はそんなに違わない。

 薄いスポンジが入った安っぽい黒の座席、フラフープのような大きなハンドル、シフト・レバー、アクセルとブレーキのペダル。運転そのものは車と同じだ。無限軌道といっても上半身が大きく重心が高いビルド・ワーカーは、基本的に信地旋回が出来ない。しかもこのウォール・バンガーは大きな車体を連結させているので尚更だろう。しかしスピードはかなり早く、通常でも時速六十キロは優に出すことが出来る。

 腕の操作には別のレバーを使う。左右に一本ずつ、長く飛び出たものがそうだ。先端にグリップがあり、親指で使うアナログ・スティックにボタンが二つ、さらに人指し指と中指のトリガー・ボタンがある。これで関節が二つある長い腕を自在に動かせるのだ。細い見た目と違ってパワーもある。

 ハンドルの下にはアナログの丸い燃料計、速度計があり、その中心に電源ボタンがあった。それを押してみたが流石に電源は入らない。燃料計はエンプティを差している。

 水素電池ハイドロ・バッテリーかな?

「うわぁ、凄いな……」

 リコットが搭乗口から覗きながら声をあげる。

「セミ・モノコックですね。腕や運転席の基部はそのままで、運転席をそのまま装甲で囲っているんですね。ここは資材を置くのに使われるから広くなっているし。本当に戦闘用……になっているんですね」

 彼女は感心しながら全体を見回し、少し顔を顰めて鼻を摘んだ。

「でも錆とペンキの臭いが……どうなんですか? 動きます?」

「わからないけど……水素電池ハイドロ・バッテリーがあればもしかしたら動くかも」

「じゃあ、探しましょう」

 ビルド・ワーカー用の電池なんてそうそうあるわけがない。それにあったとしてもどうやって交換するの?

 ルシルは思ったが、もうリコットの姿はそこになく、あるのは彼女に預けてあったナッツ缶だけだった。

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