第三十九話 ミミック、墜落する


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『マチルダ』

種族:フォールヴァルキリー SS


HP(生命力):SSS

MP(魔力):S

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ):S

SPD(俊敏性):SSS


固有スキル:【戦姫】【忠誠心】【忠誠心】

習得スキル:【全武器装備可】【HP自動回復大】【闇の加護:光属性以外ダメージ軽減大】【修羅:攻撃力・俊敏性アップ大】



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 虚空から武器を出現させるマチルダの攻撃が、勇者に襲いかかった。

 槍を右手に掴み、高速の刺突。

 左に握った剣で横薙ぎを放ち、それが防がれると同時に剣は消滅。

 すぐに二本目の槍を握り直して、二本で連続の乱れ突きを繰り出す。

 その中の一撃が勇者の鎧を貫き、持ち替えた斧が脳天に振り下ろされた。


「ぐっ!!」


 両手で剣を握ってそれを受け止めた勇者は、すぐに消えたその重量に体勢が崩れ、隙だらけの胴に強烈な蹴りを受けた。


 明らかに、マチルダの動きが良くなっている。

 それに、一撃の威力も高い。

 これが【魔王の支配】のちからなんだろう。


「ドラン様」

「へっ?」


 マチルダにそう呼ばれ、俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「何を間抜けな返事をしているのですか」

「いや……だって、なあ?」

「そんなことで我々の主が務まるのですか」

「むっ……いや、気をつけるよ、今度から」

「くれぐれも、お願いします」


 マチルダはニヤリと笑うと、再び勇者に向かって飛びかかっていった。


「あなたはわたくしたちに、生きる意味を与えてしまいましたわ」


 ふわりと移動してきたロベリアも、その表情は穏やかだった。



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『ロベリア』

種族:魔女帝 SS


HP(生命力):SSS

MP(魔力):SSS

ATK(攻撃力):S

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ):SSS

SPD(俊敏性):S


固有スキル:【叡智】【忠誠心】【忠誠心】

習得スキル:【全属性使用可】【MP自動回復大】【闇の加護:光属性以外ダメージ軽減大】【魔女:魔力賢さアップ大】



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「スキルには逆らえませんもの。それなら存分に、生きてやらないといけませんわ」

「……怒ってないのか?」

「怒っていますとも」


 ロベリアが掲げた右手に、大量の魔力が集まる。

 オレンジ色の炎は矢のような光線となって空を駆け、マチルダと切り結ぶ勇者の剣を的確に撃ち抜いた。


「隙ありだ、勇者!」


 大剣の一撃が勇者の鎧を砕く。

 ライトアーマーのほとんどを削り取られながら、勇者は錐揉みしてふっ飛んだ。


「けれど、気づいてもいましたのよ。あなたと過ごした時間は、案外、悪くなかったということに」

「ロベリア……」

「勘違いはやめてくださいね。わたくしたちは、あなたを許しません。この先もあなたに尽くしながら、ずっとあなたを、側で、憎み続ける。けれど、それでもきっと」


 体勢を立て直した勇者の剣先から、再び雷が飛来する。

 今度の狙いはロベリアだった。


 ロベリアは両手を広げ、魔力のバリアで俺と自分を包んだ。

 雷撃を受けてもバリアは割れず、続く二撃目、三撃目をも軽々と弾いた。


「きっといつかは許してしまうのでしょう。だからそれまで、ずっと側にいますわ。あなたは、あの方が選んだ人ですから」

「ロベリア!」


 思わず抱きしめると、ロベリアは俺の頭を軽く殴った。


「いてっ!」

「まだそこまでは許しておりませんわよ、ミミックさん」

「ごめんなさい……」


 マチルダが俺たちのところに戻り、三人で並んで構える。

 勇者は頭から血を流しながら、それでも再び俺たちの前に立った。


「やっぱり、三対一では無理がある、か」

「諦めろ。もう勝ち目はないぞ」

「十年前の借りを、今返してやる」

「魔王様の悲願、わたくしが成就させてみせますわ!」


 勇者は静かに目を閉じ、剣を構えた。


「懐かしい。あれからもう、十年も経つんだね」


 晴れかけていた空が、再び雷雲に覆われていく。

 青、黄色、白、様々な稲妻が光り、少しずつ、勇者の剣先に集まっていく。

 異変はそれだけではなかった。

 勇者自身の身体から、緑色のオーラが発生している。

 そのオーラは勇者の肉体から漂い出て、稲妻と一緒に剣に注がれていった。


「なんだ……?」

「ロベリア、覚えているか、あれを」

「もちろんですわ。あれは、あの日魔王様を倒した、勇者の隠し球……」


 つまり、向こうの最終手段ってことか。

 魔王はかつて、あれに倒された。

 今回もまた、それで俺たちを葬ろうって、そういうことだろう。


「マチルダ、ロベリア」

「はい」

「なんでしょう」


 不思議そうな顔をする二人を順番に見てから、俺は深く息を吸った。


「ありがとう。お前たちのおかげで、俺はミミックの時よりも幸せな時間を過ごすことができた。それからツバキ、ウルスラ、ハルコ。あいつらにも言っといてくれないか。大好きだぞって」

「ドラン様……?」

「……ご自分でお伝えになったらどうですか」

「うん。まあ、そうだよな。それが一番良いんだけどさ」


 言いながら、全力本気の『包囲障壁ラウンドバリア』を、二人にかける。

 何枚も重ねて、次第に中が見えなくなる。

 声が、聞こえなくなる。


 最後にちらっとだけ、二人の涙が見えた気がした。

 そうだったら嬉しいんだけど、あの二人に限って、そんなことはないだろうなあ。


「君は仲間を守るんだね」

「まあお互い様だよな、そこは」


 全身の魔力を、両手のひらに集める。

 小細工はできない。

 俺はそんなに器用じゃない。

 ただ、全力で魔法を撃つことくらいなら、なんとか俺にもできるはずだ。


「お互いに恨みがないなんて、今考えればおかしいよな」

「そうだね。だけど、引くわけにもいかない」


 勇者の剣は、さっきまでとは比べ物にならないほど巨大な稲妻の塊と化していた。

 複数の色が混じり合い、触れたもの全てを消滅させるような脈動を感じる。


 対して俺の魔力は手の中に集まって渦巻き、禍々しい黒炎となっていた。

 全身全霊で、両手で、撃つ。

 ただそれだけだ。


「相打ちになってお互い死ぬのが、一番良いのかもしれないね」

「ふーん、俺は嫌だね、そんなのは」


 勇者がニヤリと笑う。

 今までの落ち着いた笑顔とは違う、無邪気な笑みだった。

 まるで、昔からの友人に向けるみたいな、そんな子供のような。


「『裁きの霹靂』」

「『極・地獄の業火フル・ヘルブラスト』」


 放たれた二筋の光が、中心でぶつかり合って眩く弾けた。

 全身を焼けるような痛みが襲う。

 それが自分の魔法のせいなのか、勇者の攻撃のせいなのか、俺にはもう分からなかった。


 ホワイトアウトする視界の奥で、勇者の緑色の瞳が揺れている。

 俺の目も、同じように揺らいでいるのだろうか。


 フッと全身のちからが抜ける。

 飛行魔法の維持ができなくなって、視界が空転する。


 顔が、身体が、空気に撫でられていく。

 どこまで落ちるだろう。

 勇者はどうなっただろう。

 みんなは、どうなっただろう。


 ああ、でもとりあえず、疲れた。

 今はちからを抜いて、ただ重力に身を任せていたかった。


 気が遠くなる。

 記憶が脳裏をよぎる。


 魔王の声がする。


『幸せだったか?』


 ああ。


『俺の代わりに生きて、よかったか?』


 もちろん、よかったよ。


 あんたはどうだった?


 俺に譲って、よかったか?


 俺を選んで、よかったか?



 なあ、魔王。

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