第三十八話 ミミック、相対する


 気を失ったままのマチルダとロベリアを回収した俺たちは、ひとまずミスターの背中に戻って魔王城上空を飛んでいた。

 魔王城を拠点にするにしても、なんとかしてあの城をミスターの背中に乗せなければならない。

 どれだけのちからが要るのかは分からないが、とりあえずは二人の意識が戻るまで待つのが得策だろう。

 それに、【魔王の支配】の効果が本当に発動しているのかどうか、ちゃんと確認する必要もある。


「ウルスラ、どうだ、二人の様子は」

「眠っているだけだね。おそらく、大きな力を取り込んで体力を消耗したんだろう」

「じゃあ、そのうち目を覚ますんだな?」

「そのはずだよ。少なくとも、このまま死んでしまったりはしないさ」


 ウルスラの言葉に、ホッと胸をなで下ろす。

 大丈夫だとは思いつつも、やっぱり心配にはなる。


「【魔王の支配】は、魔王が昔、こやつらに使ったスキルじゃ。使われれば、ステータスが上昇する代わりに、従属相手の支配から逃れられなくなる。まぁ、スキルなどなくとも、こやつらは魔王に忠誠を誓っとったようじゃが」

「そうだったのか……」

「魔王さんの固有スキルと同じスキルが、魔神にもあったんですね!」

「かなり強力なスキルじゃからな。使い方によっては戦況を大きく変えられる」

「まぁ、それももうなくなったんだけどな」


 さらっと言うと、ツバキはやれやれと言うように首を振っていた。


 いいんだ。

 このスキルの使いどころは、ここしかなかった。

 少なくとも、俺にはそれ以外に思いつかなかったんだから。


「それで、これからどうする? 拠点のことは後で考えるとしても、勇者やあの剣士とまた、一戦交える気か?」

「ああ。そのつもりだよ」

「勝てる見込みはあるのかな? 話によれば、オズワルドという剣士一人相手でも、かなり苦戦したらしいじゃないか」

「あの人、怖いです……。本気で僕たちを殺す気でした……」


 それはそうだろうな。

 そもそもは、俺がアンドレアを消してしまったのが悪い。

 まあ、先に攻撃してきたのは向こうだし、遅かれ早かれああなっていたとは思うけれど。


「オズワルドはかなり深手を追っているはずだ。さすがのあいつでも、もう万全ってわけにもいかないだろ。今のうちに攻めれば、勝機はある」

「あやつらがどこにおるか、分かっておるのか?」

「あっ……」


 ツバキはまた、呆れたように首を振った。


 そう言えば、あいつらの居場所は今、完全に不明だった。

 これでは、攻めようにも攻められない。


「まぁ、しばらくは休憩ということでいいんじゃないかな。私たちだって、寝食の問題があるからね」


 ウルスラの冷静な言葉で、俺たちは全身のちからが抜けたようにその場に座り込んでいた。

 思えばずっと、気を張っていた。

 死にかけて、死んで、仲間と行き違って、やっと今だ。

 休むのだって必要だろう。


「見張りは妾とミスターに任せろ」


 ツバキはそう言って、さっさとミスターの尾ひれの方へと歩いていってしまった。

 何だかんだ言って仲間想いのやつだ。


 俺はマチルダとロベリアが横になっている近くに倒れこんだ。

 柔らかい草の感触が後頭部に伝わり、自然と瞼が重くなる。

 ハルコが俺の顔の横に来て、一つあくびをする。

 ウルスラは意外にも俺の腕を枕にして、脇にくっつくようにして目を閉じた。


 眠りにつくまではすぐだった。



   ◆ ◆ ◆



 ゴロゴロという重苦しい音で、目が覚めた。

 空はいつのまにか薄暗くなり、頭のすぐ上に分厚い雲が出来ている。

 黒雲の隙間で、稲妻が光るのが見えた。


 瞬間、俺は勢いよく起き上がっていた。

 隣で寝ていたウルスラとハルコが驚いて目を覚ます。


 これは、まさか……。


「ドラン!」


 ツバキが飛行魔法を使い、慌てた様子で戻ってきた。

 表情が険しいが、きっと俺の方が、何倍も険しい顔をしていたに違いない。


 ロベリアとマチルダは、まだ眠っていた。

 俺は二人を担ぎ、近くの木陰に移動させた。

 ここにいると危ない。

 まあ、大して変わらないかもしれないけれど。


「ただの嵐ではあるまい。これは」

「……勇者」


 勇者が現れたあの時、屋敷の空は今と同じ黒い雲に覆われていた。

 そして勇者のちからは、雷。


 どういうわけか、向こうから現れたらしい。

 どうせ来るなら、もう少し後にして欲しかったもんだ。


「お前たちはここにいろ。マチルダたちを頼む」


 三人にそう言ってから、地面を蹴って飛び上がる。

 そのままミスターのバリアを抜けて、空に出た。


 空の中に、ポツンと一人、人間が浮かんでいた。

 身体に青いバリアをまとい、マントの下には緑色のライトアーマーが光る。

 勇者は腰に提げた剣に手をかけ、中空に佇んでいた。


「やあ、魔物くん」


 勇者の声は淡々としていた。

 見たところ、ほかに仲間はいないらしい。


「何しに来た」

「君を殺しに来たんだ」

「一人でか?」

「君は魔王よりも強い。オズワルドがやられたくらいだからね」


 勇者は言いながら、剣を鞘から抜き去った。

 細く、純白に光る刀身が、バチバチと雷を帯びている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『パーシヴァル・ノースローズ』

種族:人間 勇者


HP(生命力):SSS

MP(魔力): SSS

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ): SSS

SPD(俊敏性):SSS


固有スキル:【勇者の覚悟】【光の加護】【天啓】【聖剣デュランダル】【英雄】

習得スキル:【冷静沈着】【カリスマ:自軍ステータスアップ中】【勇気:対上級モンスター与ダメージアップ大】【正義の心:闇属性軽減大】



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 【魔王の慧眼】が発動した。

 どうやら前に会った時よりも、ステータスが伸びているらしい。

 固有スキルにも【聖剣デュランダル】というスキルが追加されている。

 前は抜いていなかったあの剣が、おそらくそのデュランダルだろう。


「オズワルドは君を憎んでいる。だが、彼ではもう君には勝てない」


 空を覆っていた雲の稲妻が激しさを増す。

 尖った空気がピリピリと肌に突き刺さり、神経を逆撫でしてくる。


「親友として、仲間として、彼を死なせるわけにはいかない。君は、僕がこの手で倒す」


 勇者が振りかざした剣に雷が集まっていく。

 剣の刃は巨大な雷の塊に姿を変えた。


「恨んでくれて構わない。これは利害の対立する者同士による、単なる醜い争いに過ぎないのだから!!」


 雷の剣が光の速さで振り下ろされる。

 辛うじて見えるが、明らかに、今までのどんな攻撃よりも速い!


「『業火の鉄拳ブラストナックル』!!」


 ギリギリで攻撃をかわし、両手に極大の紫炎をまとう。

 手加減なしのフルスロットルだ。


 相手の懐に飛び込み、拳を振るう。

 鎧の籠手で防がれるが、そのまま勇者の手首を掴んで動きを封じる。

 もう片方の拳を、ガラ空きの上半身に叩き込んだ。

 剣を持った腕を戻すのも間に合わず、勇者は俺の一撃を受けて後方に飛んだ。

 だがダメージは薄く、鎧の胸当てを砕くに留まった。

 本人はピンピンしている。

 さすが勇者だ。

 くそっ。


「やはり、君は生かしてはおけないね」

「悪いな。仲間に頼まれて、もう死ねなくなったんだよ、俺は」

「仲間。そうか、君にもいるのか、仲間が」

「ずっといなかったよ。だから、やっとできた仲間を、悲しませるわけにはいかないんだ」


 両手に魔力を集め、唱える。


「『地獄の業火ヘルブラスト』!!」


 紫炎の閃光を乱れ撃つ。

 太い熱線が黒雲を引き裂いて、所々に青空が現れた。

 勇者は素早く回避し、剣から雷撃を放ってきた。

 高出力の雷に『地獄の業火ヘルブラスト』をぶつける。

 威力では負けていない。

 むしろ、こっちが上だ。


「『天の裁き』!」


 勇者が左手を掲げ、振り下ろす。

 頭上から、落雷が意思を持っているかのように俺を襲った。

 速すぎて回避が間に合わない。

 右手を上に向け、『地獄の業火ヘルブラスト』で迎え撃った。


 空が破れるような衝撃と、耳を刺す鋭い音。

 右腕に信じられないほどの重圧が掛かり、耐え切れなくなった俺は雷に弾かれながら吹き飛んだ。

 崩れた体制が直る前に、接近してきた勇者の袈裟斬りが来る。

 俺は腕を交差させ,防御態勢を取った。

 大した効果は期待できないが、今はこれしかできることがない。

 ダメージ覚悟だ。



 ガキィィィィィィィィイイイン!!!



 金属同士がぶつかり合う音が耳を突く。

 身体に痛みは来なかった。

 状況が理解できず、俺は閉じてしまっていた目を、ゆっくりと開けた。


 暗い空に浮かぶ白い翼。

 冷たく鈍い光を放つ長剣。

 しなやかに伸びた四肢。

 白銀の短髪。

 そいつは俺の前に立ち、勇者と鍔迫り合っていた。


「君は……魔王の」

「違うな。私はーー


 その言葉を待たず、勇者がまた腕を振り下ろした。

 再び天から雷が放たれ、俺に向かって伸びる。


「わたくしたちはーー


 突然現れた魔法の幕が、破れるような音を立てて雷を弾く。

 俺はすぐさま、後ろからの声に振り向いた。


 真っ白なローブに黄金色で刻まれたルーン。

 黒く艶のある長い髪。

 真っ赤な目が、俺を見ている。


「魔神ドランの!」

「しもべですわ!」


 マチルダとロベリアが俺の両脇に立ち、言い放った。

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