1-6 はじめてのきもち

「やぁ、おはよう」

 カチリ、何かのはまるような音と同時、聞き慣れた声がマイクに届く。

 ツァーリはカメラを起動させ、そっとその身を起こした。

 ふとセンサーが気配を感じてそちらを見れば、そこには疲れた顔をしたリリヤがいた。

 ツァーリは自分の機械の身体の調子をチェックする。全身は見事に修理されており、身体も自由に動くようである。ふとカメラの映したリリヤの目には、くまが出来ていた。もしかして徹夜で修理してくれたのでは、と思うと申し訳ない気持ちがツァーリの中に湧いてきた。

 申し訳ない気持ち。

 その思いに気がつくと同時、全てのメモリーが彼の頭脳の中に完全再現された。

 彼は思い出す。思い出してついついマイクが言葉を発する。

「……そう、です。機械に、心があったっていいんでしょうか?」

 開口一番に出た台詞に、リリヤはおかしそうに笑う。

「あってはいけないなんて誰が言ったのかな? 君はこの、天才たる僕の発明品なんだ。逆に心が宿らない方がおかしいんだよ」

 改めてよろしくねとリリヤは目線を同じに合わせ、そっとツァーリの手を握った。

「君が心を持ってくれて嬉しい。今後ともよろしく頼むよ、ツァーリ」

「――はいっ!」

 大きく頷くと、部屋の扉が不意に開いた。

「ツァーリ、目覚めたの?」

 入ってきた幼い少女は。

「……ティティ?」

「そう、ティティ。ツァーリが守ってくれたんだよね。ありがとう!」

 彼女はその顔に満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見ると、ツァーリの生まれたての心に不意に、何かの感情が湧いてきた。それは明るくて、優しくて、温かくて――。

 ツァーリはまだ知らない。その感情を、『愛しい』と呼ぶものだということを。

 ツァーリはまだ知らない。その感情が成長した時、一体どんなものになるのかということを。

 ただ、ツァーリは幸せだった。全てが元に戻って、『愛しい』彼女が傍にいて。

 顔のパーツを動かしてみれば、自然に笑うことができた。

 さて、とリリヤはその腰に手を当てる。

「家族も一人増えたし、新しい毎日が始まるよ。……まぁその前に、僕は少し眠りたいんだけどねぇ。あっはっは、流石に三日三晩徹夜はきついって! でもツァーリは直ったし、新しい機能も追加できたしで円満解決さ!」

 その言葉を聞き、ツァーリはリリヤに問うた。

「そうです! 新しい機能って?」

「そうだなぁ……背中に違和感があるとは思わないかい?」

「あ、これですね! ……っと、わわっ!」

 ツァーリは不意に現れた一対のウィングに驚き、それを制御しきれずに飛び回って慌て、ようやく制御方法を覚えた時にはふらふらになっていた。

 あっはっは、とリリヤの笑い声が部屋にこだまする。

 その笑いを見、ティティもくすっと笑いだした。ティティの笑いも大きくなっていき、最後は涙を流して笑いだした。最初、ツァーリはぶすくれていたが、皆が笑うのを見ていると楽しくなって、一緒になって笑い始めた。

 それは、心がなかった頃にはできなかったことで。

 心を持った機械人形は、心からの幸せを感じながらも、誰よりも大きな声で笑った。


【第一章 機械が心を持ったなら】

【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クロックワーク・ブロックハーツ 流沢藍蓮 @fellensyawi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ