第16話 空は陰謀の香り

 カズハが後方を見ると黒いホーネットがすぐ目の前を飛行していた。

「ロクサーヌさん! ホーネットが」

 黒いホーネットは、ロクサーヌのクリムゾン・クレインを射撃しようとしているミーティアを妨害してくれている。

 ミーティアのパイロットは、標的を遮られて苛立ってた。

「助けてくれてるみたいだけど、このままだとあのホーネットも危険」

 カズハを見る為に付けておいた鏡の角度を変えて機体の背後を見ながら言った。

「でも、今のうちなら逃げられますよ」

「そうなんだけど……」

 ロクサーヌはスロットルレバーに手をかけたまま動かせなかった。

「……そうなんだけどねぇ」

「では早く逃げましょう。ホーネットの方が庇ってくれているうちに」

「ねえ……カズハ。相談なんだけど」

「わかりました!」

「はぁ? まだ何も言っていないんですけど?」

「ロクサーヌさんとのお付き合いは短いですが、何となくわかります。こういうの嫌なんでしょ?」

 そう言ってカズハはにっこりとした。

「ごめん、カズハ」

「ロクサーヌさん、そこは"ありがとう"です」

「ははは、そうだよね。ありがとう! じゃあ遠慮なくやらしてもらうわ!」


 苛立ったミーティアのパイロットは、狙いを黒いホーネットに切り替えた。

 まずは邪魔者を落として次はクリムゾン・クレインだ!

 照準器の中心を黒いホーネットに合わせた時だった。

「なっ!?」

 クリムゾン・クレインが急速反転した。

 信じられない反転スピードにミーティアのパイロットも驚く。それは操縦するロクサーヌも同じだった。後部座席のカズハもここまでの速度で旋回したことはない。そもそも"紅鶴"べにづるがこんなにも機敏な動きができるとは知らなかった。加速度に身体が持っていかれながらシートにしがみつくカズハは思った。

 盾となっていたホーネットの前方からいきなり飛び出したクリムゾン・クレインにミーティアのパイロットは慌てて追おうとした。だがクリムゾン・クレインの旋回は素早く、すぐに反対方向へ切り替えして旋回させた為、見失ってしまう。慌てて周囲を見渡しクリムゾン・クレインを探していると上から影が覆いかぶさる。何かが上から接近してきたのだ。

 パイロットが見上げるとクリムゾン・クレインが並行に背面飛行していた。

 驚いて見上げているパイロットにロクサーヌが手を振ってみせる。

「ロクサーヌさん、あ、あのひと驚いてますよ」

「にひひ、これで終わらないわよ」

 ロクサーヌは嬉しそうに笑う。

 慌てたミーティアはクリムゾン・クレインから離れようと機体を降下させたが、ロクサーヌは、背面飛行させたままピッタリとミーティアについてくる。

 大空を必死に逃げまわるパイロットだったが速度を上げても旋回してもクリムゾン・クレインはミーティアから離れない。

 とはいえ、武装していないクリムゾン・クレインにはこれ以上はなにもできない。燃料が尽きるか、操縦をミスしてミーティアと接触するかだ。

 かといって離れれば再びミーティアは狙ってくる。相手をからかっているようで実はロクサーヌも必死なのだ。

 繊細な飛行をしながらも次の手を思案してた時だった。

 上下に並行して飛行するロクサーヌたちの正面から黒いホーネットが突っ込んできた。

 黒いホーネットの同乗者が後部座席から身を乗り出しいるのが見えた。

 構えているのはライフルだ。

 風の音にかき消された射撃音

 ライフルの弾丸はミーティアのエンジンに命中した。

 たちまちエンジンは不調をきたし、速度が墜ちていくミーティアは次第に高度を落としてった。エンジンから飛び散るオイルのしぶきが風防に飛び散っていた。

 もうロクサーヌたちを追うことはできないだろう。クリムゾン・クレインは、失速して降下していくミーティアから離れてった。



 襲撃者を追い払い事態が収まるとロクサーヌは、クリムゾン・クレインを元の飛行コースに戻した。

 途中、同じくコースへ向かう黒いホーネットにクリムゾン・クレインを寄せる。

 見るとコクピットのすぐ下に"Black Knight"ブラックナイトと機体ネームが描かれていた。

黒い騎士?ブラックナイト

 ロクサーヌは、ホーネットのコクピットに向かって軽く敬礼の仕草をする。

 それに気づいた相手のパイロットと後部座席の搭乗員も敬礼で返してくれた。

 敬礼の仕方は、真似をしているだけのロクサーヌとは違い本当の敬礼だった。

 "黒い騎士"様は軍の人間? 道理でいい腕のはず……ロクサーヌは思った。

「ロクサーヌさん」

 カズハに声をかけられハッと我に返る。

「急いで進路を変えてください!」

「レース中だったよね。わかった」

「それだけじゃないんです!」

 時計を見ながらカズハが言った。

 黒いホーネットが先行していくのが見える。

「あ! あのホーネットを追ってください!」

「えっ?」

「急いで!」

「は、はいっ!」

 ロクサーヌはカズハの言う通りにクリムゾン・クレインで黒いホーネットの後を追った。

 しばらく飛行していると操縦桿とラダーペダルの手応えに違いを感じる。それと、どうしたことがクリムゾン・クレインの速度が上がっている。

「そうか!」

 ロクサーヌは気がついた。

「風ね? 気流でしょ!」

「はい、この地域の上空に気流があるんです。時間と決まった位置に流れがくるんです」

「あの黒いホーネットもそれを知ってたんですよ」

"黒騎士"ブラックナイト様ね」

「そう黒騎士……黒騎士?」

「ああ、機体に描かれていたの」

「その黒騎士様も……様?」

「そ、それはいいから」

「黒騎士様も知っていて気流ができるのを待っていたんです」

 カズハが興奮気味にそう言った。

「多分、これでかなりの時間が短縮できます」

「このレースの遅れも取り戻せるね」

「はい。だけど、遅れを取り戻すのではなく、本当はアドバンテージを取れるはずだったのに」

 残念そうに言うカズハ。

「しかたがないよ。命があるだけめっけもんだって。レースに脱落するのはま逃れただけでも良しとしましょう。カズハ」

「はい、ロクサーヌさん。でも……私、謝らなければならないことが」

「実は私も」

「えっ? ロクサーヌさんも」

「うん、チェック・ポイントに着いたら話すよ」

「じゃあ、私も……」

 ロクサーヌは、カズハに自分が帝国の第二皇女であるのを打ち明けるのを決めていた。あれは単なる空賊の襲撃ではなく、ロクサーヌを狙った暗殺計画なのだと。



 帝国の国境付近の都市 ジャオントル

 第一チェック・ポイント


 リュカたちは輸送機ですでにチェックポイントの飛行場に到着していた。

 バックアップチームがチェック・ポイントから次の目的地へ飛ぶのは最短コースを取るが、レースに参加する機は、最短コースを使わない。

 パイロットの技量が左右するコースやギャラリーの為に町の上空を飛ぶなど多くの寄りコースが設定されている。

 当然、先にチェック・ポイントに到着するのはバックアップチームの方だ。

 余裕のあるチームなら先に整備チームを次のチェックをに送り込んで、到着と同時に整備に取り掛かる。だが、余裕のない小さなチームは、後を追うか、離陸を見届けずに先に向かう。

 ロクサーヌのチームは後者の方だ。


 チェック・ポイントのある滑走路ではリュカたちはクリムゾン・クレインの到着を待ち構えていた。

 双眼鏡を除くリュカが見慣れた機影を見つける。

「来た! ロクサーヌだ! あ?」

「どうした?」

「なんか、様子が変だ……何かあったのかも。おっさん! 修理の準備しといて!」

 リュカは、ベッソンに声をかけた。


 クリムゾン・クレインが滑走路に着陸した。

 大会係員の誘導で規定の位置に移動するとリュカたちサポートチームの待ち構えていた。クリムゾン・クレインが停止するとリュカが駆け寄った。

「おい! 何かあったのか?」

 コクピットのロクサーヌは、リュカを見下ろして言った。

「え? もう知ってるの?」

「何が?」

「実は、襲撃されちゃって……」

「はあ? 襲撃?」

「結構危なかったよ」

「危なかったじゃねーよ!」

 リュカは機体にいつかの銃痕を見つけた。

「おいおい……左翼に銃痕がある。ラダーにも穴あいてるし!」

 リュカの顔が青くなる。

「ああ、だから傾くのか。おかしいと思った」

「呑気か!」

「わたし、てっきり知ってると思ってました」

 後ろのカズハがポツリとつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

姫騎士ロクサーヌ大空を駆ける ジップ @zip7894

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ