第15話 風に乗るお姫様

 グランドクロスに参加している飛行機が次々と滑走路から飛び立っていった。

 ロクサーヌとカズハの乗るクリムゾン・クレイン号も順調に飛行していた。

 後部座席に乗るカズハは、雲の動きと風の流れを読んでにロクサーヌに指示を出しくれる。身体に伝わってくる微細な手応えから機体に上手く風に乗れているを感じ取れた。ロクサーヌは、カズハの空を飛ぶセンスに大いに感心していた。


「ねえ、カズハってこちらの言葉が上手なのね」

 コクピットで操縦中は忙しい時もあるが、単調で長い時間もある。そんな時、同じ機にもうひとりいるのは嬉しいものだ。ロクサーヌは、度々、カズハに声をかけては気を紛らわせてた。

「はい、実はもっと小さい頃にこちらの大陸で暮らしていましたので」

 カズハは、控えめな声でそう言った。

「へえ……そうなんだ」

 カズハは、感じの良い娘だが、彼女については知らないことが多すぎる。訳ありだとは感じていたので敢えて過去のことは聞かずにいたが自分から話してくれるなら別だ。

「でも、あなたのお兄さんもなんでこんなに飛行機に詳しいの?」

「父に教えてもらいました。整備も操縦も」

「すごいわ」

「そんなことありません」

「謙遜しなくてもいいわよ。本当にそう思っているんだから。それに比べて私の父上は……」

「ロクサーヌさんのお父様?」

「私が空を飛ぶ事に賛成してもらえなくて……」

 カズハは少し考えた後、言葉を返した。

「それはロクサーヌさんの事が心配だからですよ。愛されている証拠です」

「愛され……って、なんか照れくさい」

 戸惑う反応にカズハが笑う。

「ロクサーヌさんのお父様は、どんな方なのです?」

「頑固かなあ。一度いい出したら中々曲げないし……」

「では、ロクサーヌはお父様似なのですね」

「え?」

「だって、反対されていたグランドクラスレースへの参加もこうしてされたわけですし」

「う……ん」

「一体、どんな立場のお方なのです?」

「あっ、その話はまた今度……」

 王女という事を知られて時にカズハたちの態度が変わってしまうのが嫌だったロクサーヌは身分をまだ明かしていない。王女だと知っていても気軽に接してくれるリュカやマヤたちのような関係性がロクサーヌにとって一番心地よいものだった。カズハたちともそれに近い関係性を身分を知られる前に築きたかったのだ。

 そう、友達として。

「ロクサーヌさんは素晴らしいです」

 唐突なカズハの言葉にロクサーヌは、戸惑う。

「え?」

「だってこの"紅鶴"を使いこなしてる。私も操縦はできますけど、こんな飛ばせ方はできる気がしない」

 カズハの声に偽りは感じない。そもそもカズハはロクサーヌが王女だということは知らないからお世辞というわけではないはずだ。そんなカズハの言葉にロクサーヌは照れくさくなる。

「東方の機体ってみんなこんな感じなの?」

「どこかおかしいところが?」

「その逆。最初は、不安定なのかと思ったけど、速度を上げれば上げるほど安定する。ハマると最高の機体よ」

「ありがとう。"紅鶴"べにづるは東方でも特別なんです。父が設計した試作機なんです」

「お父様が?」

「エンジンは別の人ですけどこのエンジンの高い出力にはこの機体しかないって」

「それ、なんとなくわかる。カズハのお父様、最高!」

「ありがとう……」

 カズハの声が心做しか沈んでいるように聞こえた。ロクサーヌは、聞かない方がよかったかなと後悔した。

「ねえ、なんでこの飛行機を売ろうと……」

 ロクサーヌが言いかけたその時だった。

「ロクサーヌさん! 11時方向に機影です!」

 見ると左前方に黒い機体が見えた。

 これは先に飛び立ったはずの機体だ。軍用機であるホーネットをベースにしているようだった。

 ホーネットは、かつて帝国の主力機となっていた機体だった。軍用だけあってフレームもしっかりしているし、その重量をカバーできる良いエンジンも積んでいる。今は、新型機に取って代わられているものの、レースに出場しるにはその性能は十分すぎる機体だ。

 先行して飛び立ったライバルの一機だと思ったロクサーヌのテンションは俄然、上がった。

「ロクサーヌさん。少しペースを落した方が……燃料の事も」

「えっ? ああ……そうか」

 カズハはこんな時でも冷静だ。ロクサーヌは、スロットルを緩めた。

「焦らなくても大丈夫ですよ。ゆっくりですけど今のペースなら追い越せます」

 カズハの言う通り、黒いホーネットとの距離はすぐに縮まっていった。

 機体が並んだ時、ロクサーヌは、黒いホーネットの方を見た。

 元軍用機のホーネットは、それほど遅い機体ではない。それが速いとはいえない速度で飛行をしているというのは、もしかしたらエンジントラブルなのかもしれないと思われたからだ。

 ロクサーヌは、操縦桿を僅かに右に傾け、パイロットの顔が見えるまでクリムゾン・クレインを近づけ始めた。

「ロクサーヌさん、何を?」

「ごめん、カズハ。どうしても気になって……」

「気になる?」

「ほら、もしかしたら機体のトラブルかもしれないでしょ? 空で故障なんて最悪でしょ? そしてら助けが必要になるかも」

 さっきまで追いつくことに一憂していたロクサーヌが今はライバルを気遣っている。自分なら様子を見つつも何もせずに通り過ぎていただろう。カズハは、そんな行動を躊躇なくとれるロクサーヌに感心するとともに好感を持ち始めていた。


 ロクサーヌがさらにクリムゾン・クレインを近づけると気がついた黒いホーネットのパイロットが顔を向けた。ロクサーヌは、手振りで機体に何かあったのか訊ねてみた。対して黒いホーネットのパイロットは、親指を立てた後、軽く敬礼して返事を返してきた。

「"問題なし、ありがとう"ってこと?」

「どうやら何でもないみたいですね。良かったですね」

「でも、調子が悪くないのなら何でこんな速度で……?」

「確かに……」

 カズハはメーターをふと見た時、ある事に気がついた。

「わかりました!」

「び、びっくりした。なに?」

「彼は、風の流れに乗っているんですよ。風に乗れば容易に速度を確保しつつ、燃料の節約にもなる」

「おう……」

 カズハの推理にロクサーヌは、感心するが。

「待ってよ? それでも速度が遅かったら意味なくない?」

「言われてみれば、そうですよねえ……でも、何か引っかるんですよね」

 カズハはメモと鉛筆を取り出して計算を書き込む。そして地図を取り出すとコンパスと定規、それと懐中時計を見ながら何かを計測し始めた。

「そうか、もしかしたら……」

「何かわかった?」

「このまま後を追って私達も風の流れに乗りましょう」

「え? なんで?」

「気流です。あるタイミングで気流を利用すれば……」

 その時だ。

 何かが上空から急降下してきた。

 先に気づいたのは黒いホーネットだ。ロクサーヌのクリムゾン・クレインを押しのけるように機体を傾ける。ロクサーヌは、急降下の機より先に黒いホーネットの動きに反応して操縦桿を切った。

 銃撃音が響く。

 上空から突っ込んできた二機の戦闘機が機銃で撃ってきたのだ。

「な、なに?」

 ロクサーヌはクリムゾン・クレインを慌てて急上昇させた。すれ違った戦闘機は、ロクサーヌが上昇すると見るや、追いかけて上昇を始めた。

「ついてきます! ロクサーヌ!」

 ロクサーヌは操縦桿を左に切って機体を回転させた。

同時に機体に銃弾がかすめる。

「銃撃!? なんで?」

「相手は、旧型のミーティア!」

「ミーティアって?」

「旧式ですが軍用機です。気をつけてください」

一旦、通り過ぎたダークグリーン色のミーティアは、上昇しはじめていた。今度はクリムゾン・クレインの背後に位置する気だ。

「後ろに着こうとしてます!」

「なら!」

ロクサーヌは機体を急速上昇させた。

ミーティアも上昇を始め、クリムゾン・クレインの真後ろを追う。

模擬戦の経験はあるし、空中線の理屈はわかる。しかし、実際に銃弾で狙われるというのは心理的にまるで違っていた。すべての操作を過剰にしてしまう。

レースに参加した飛行機を狙う盗賊なのか? 

いや、相手を撃墜しても得るものはない。

では……

私が王女ロクサーヌであることを知って狙ってきた他国の暗殺者?

瞬間、後部座席のカズハのことが頭をよぎる。

王女の暗殺に巻き込んでしまった事への罪悪感や様々な考えがロクサーヌの頭の中に駆け巡った。

「ロクサーヌ! 雲へ逃げて!」

そうか! 雲の中へ入れば見失わせることができるかも!

ロクサーヌは、雲に入り、しばらくジグザクに飛行した後、上に突き抜けた。

後ろから追ってくる機影はない。

どうやら敵を巻くことに成功したようだ。

ロクサーヌとカズハが胸をなでおろしたのもつかの間。

さらに上空かに待ち構えていたもう一機のミーティアが素早く高度を下げてクリムゾン・クレインの後ろについた!

だめだ!

その時、狙われるクリムゾン・クレインとミーティアの間を遮るように黒いホーネットが上昇して来た!






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