第18話 村よ、お手柔らかに。

「おー!話には聞いてたけどすげーな」


 花香る軽やかな風が吹き渡り、緑映える白色の家は柔らかく陽光を受け止める。

 何処かでは少年少女が喜びの歌を歌い、何処かでは鎚を振るう音がリズムを刻む。


「お祭りの準備中だからね。今は特別キレイなのよ~」

「ラウラが採ってきたお花も飾ってるよ!」


 前を歩くジュリオ、エルシーリア、ラウラが踊るように道を行く。

 その後を歩くハイリーとダンテは、好奇心のままにキョロキョロと辺りを見回していた。


「凄い、凄いです!景色も音も匂いも、何もかもが神秘的……!」

「うん、確かに。ここだけなんか異国感があるような」


 そこかしこに水路が引かれ、涼やかな流水音が絶えず耳をくすぐる。空気までもが輝きを纏い、キラキラと水面の光のように瞬いて見えた。

 初めて訪れたシエラート村は、非現実的なほどに美しかった。


 そうした雰囲気も理由のひとつだが、ダンテが「異国感」と言ったのには更に別の理由がある。


 村人全員が、銀髪のなのだ。


 金色混じりの銀髪をしたふくよかな美女が、こちらを見て目を丸くした。

 氷のような透明感のある銀髪の美少年が、好奇心を隠さずダンテたちを見つめた。

 薄桃掛かった銀髪の艶男が、静かに一行の動きを眺めていた。


 右を見ても左を見ても、美男美女、美丈夫美少女。

 その美貌と銀髪に圧倒され、ダンテは自分が暗い赤毛であることに、じわじわと妙な恥ずかしさを感じていた。一方、純銀髪のジュリオや呑気な性格のハイリーは一切気にしていない模様。

 だからダンテだけが、その長身を丸め、隠れるように縮こまって歩いていた。


 そして村の注目を集めながら歩くこと数分。

 村の中心と思われる広場で、これまた星空のような煌めきを放つ美少女が駆け寄ってきた。


「ラウラ!」

「お姉ちゃん!」


 ラウラが駆け寄り、蒼銀の髪をした美少女はラウラをしっかりと抱きしめ、声を震わせる。


「もうっ、ラウラ!心配したんだよ!」

「ごめんなさい、お姉ちゃん……!」


 しばらく涙の抱擁を交わした姉妹はやがてゆっくりと離れ、一行の方へと向き直った。


「エルシーリアさん……と、そちらの方々が妹を連れてきてくださったんですね?本っ当にありがとうございました!」

「いえいえ~。実際に助けたのはこの子たちだから、ルチアちゃんがお礼を言うべきはこっちよ。私の自慢の息子たちと、可愛い勇者様!」


 そう言ってエルシーリアはダンテたちを前に押し出した。

 ラウラの姉・ルチアが、涙の乾いていない瞳をこちらに向ける。


 ダンテたちと同じくらいの年頃だろうか。

 折れそうなほど細い腕に、滑らかな少女らしい体つき。ふわふわとした髪に包まれた顔はラウラによく似て、庇護欲をそそる愛らしさがある。

 ダンテの好みの顔ではないが、それでもドキドキさせられるほどルチアは可愛かった。

 その唇から流れる鈴のような声が、お礼の言葉を述べる。


「私の妹を、ラウラを助けてくださりありがとうございました!本当になんとお礼を言ったらいいか……っ」

「いいえ、困っている人を助けるのは当たり前ですから!」

「よっ、勇者の鑑!」


 ジュリオが囃し立て、ハイリーが笑い、ルチアが目を丸くする。

 その騒ぎに参加するでもなく、微笑んで突っ立っていたダンテの目が、ふと人影を捉えた。


 その人は眼も、髪も、服までも白く、唯一髪飾りの花だけが青色に咲いていた。

 その人の立つ空間だけが色を失ったように浮き立ち、しかし冷たいわけではなく、穏やかな白波のように、そこにいた。


 白い人が顔を上げ、ダンテと目を合わせた。

 言葉では言い表せないほどの美しさに、ダンテの呼吸が止まる。

 白い人は視線を奪ったまま、完璧な造形の唇を吊り上げ微笑んで見せた。

 真っ白になったダンテの脳内に、ただただ「綺麗だ」という感想だけが浮かぶ。

 白い人は満足したように頷き、道の角を曲がって姿を消してしまった。

 蜃気楼のように幻となって消えた彼女の残像を、ダンテはただ眺めていた。


「……に………ですか?」


 呆然としていたダンテの耳にルチアの声が飛び込み、彼を現実へと引き戻す。


「えっ?なに?俺今なんか言われた?」

「なにボーッとしてんだよダンテ」


 夢でも見ていたのかと目を瞬かせるダンテの背中を叩き、ジュリオが質問を引き継いだ。


「ダンテ君もこの村に来たのは初めてですか?だってさ。俺は昔何回か来たことあるけど、ダンテは初めてだよな?」

「あ、うん、そう。そうです」


 実質ジュリオが答えたようなものだが、ルチアはパッと顔を輝かせ身を乗り出す。


「じゃあ私が村を案内してあげますね!」

「お、おう。どうも……?」

「ラウラも案内する!」

「うん。ありがとな、ラウラ」


 そう言ってラウラの頭を撫でると、ルチアはダンテのことを穴が開きそうなほどに強く見つめた。

 彼女の謎行動にダンテが戸惑っているところへ、エルシーリアが手を叩いて入り込む。


「はいはい。青春するのはいいけど、まずは村長に会いに行くんでしょ~?」

「あっ、そうでした!私たちには果たすべき使命がありました!」


 ハイリーがにわかに声を張り上げ、周辺にいた村人全員が振り向いた。

 その様子に苦笑するエルシーリア。


「も~。ハイリーちゃんは元気なんだから~。ま、そんな感じだから。村の案内は後でね」

「はーい」

「あなたたちは一旦お家に帰りなさい。おばあちゃんも心配してたわよ~」

「あっ、そっか。それに探してくれた人たちにもお礼言わなきゃ」


 慌てた様子でルチアはラウラと手を繋いで歩き出し、しかし急に立ち止まると、すぐにダンテのもとへ戻ってきた。


「私が!村の案内しますからねっ!楽しみに待っててくださいねっ!」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 ダンテの単調な返事でも満足したのか、ルチアは再びラウラと手を繋ぎ、今度こそ去っていった。

 小さくなる背中を見送りつつ、母子は目を細める。


「青春ね~」

「青春だなー」

「あんたも青春したっていいのよ~?」

「うっせーわ」


 ◆


五月蝿うるさいですよ」


 村長のメルクリオはそう言い捨てると、露骨に嫌な顔をしてみせた。しかしその顔すら格好良いとはどういうことなのか。


 村長というから50~60代の老けた人物を想像していたが、メルクリオの張りのある肌は、どう見ても30代半ば程度である。

 中に夕陽を閉じ込めたような不思議な色合いの銀髪をきっちりと撫で付け、同じく夕陽のような瞳には、明確によそ者への不信感が浮かんでいた。


うちのことはうちでやります。よそ者は口を出さないで頂けますかねぇ」

「も~。村長ってば頭固いんだから~」

「エルシーリア、貴方も貴方ですよ。実子はともかく、よそ者をおいそれと招き入れるなんて」

「いいじゃない。みんな私の子供みたいなものよ~。それにちゃんと実力はあるし、砂猿に困っているのは事実だし。こんな状況のときは『猫の手も借りたい』って言うでしょ?」

「猫の方がまだ役に立ちそうですがねぇ」


 メルクリオの高い鼻がフンッと鳴る。

 その姿にダンテは「よくそこまで排他的になれるな」と変に感心していた。

 超友好的な性格の村で育ったため、彼の差別的態度は、腹が立つを通り越してもはや面白く思えた。


「とにかく、よそ者は信用なりません。そんなに役に立てると言うのなら、成果を出してから来てもらえますかねぇ」


 メルクリオの言葉に、ハイリーが勢いよく手を挙げて発言する。


「私、勇者です!」

「それで?その肩書きがどうしたというのですか?」


 取りつく島もない声で突き放される。固まるハイリーに代わり、今度はダンテが挙手した。


「砂猿を何匹か倒しました」

「それだけですか?」


 ジュリオが両手をバタバタ挙げて訴えかける。


「火熊の超つえーやつ倒したことあります!」

「証拠は?」

「えっ、証拠……証拠かぁ……」


 両手を挙げたまま頭を悩ませるジュリオの腕を下げさせながら、メルクリオは有無を言わせぬ口調でダンテたちに迫る。


「いいですか。誰でも口先ではなんとでも言えるのですよ。私が求めているのは確かな実力です。実力を証明できないのなら村から出て行ってください」


 そう言ってジュリオを捕まえたまま、出口に向かって追いやる。

 テコでも動かないだろう頑なな態度にため息を吐き、エルシーリアは「今日は退散しましょうか」と言って村長の家の戸を開けた。


「おいっ!!!ダンテってヤツはどいつだっ!?!?」


 ハイリーに負けずとも劣らない大音声が鼓膜を突き抜け、嵐でも来たのかと錯覚しそうになる。

 外に出てみると、そこには長身で筋肉質の美丈夫が、敵意を剥き出しに仁王立ちしていた。


 大声は、当然だが室内にまで届いていたようだ。心底迷惑そうな顔をしてメルクリオも外へ出てくる。


「アルトロ、五月蝿うるさいですよ」

「あっ!村長!オレ、決闘を申込みます!ダンテってヤツに!」

「はぁ?」「はぁっ!?」「えぇっ!?」「マジで!?」「あら~」


 五者五様の反応で驚きを示す一同。

 開いた口が塞がらないダンテに代わり、エルシーリアがアルトロと呼ばれた青年に質問した。


「ダンテ君はこの子だけど、決闘だなんて一体全体何事かしら~?」

「あ!オバさん!お世話になってるっす!」


 アルトロは礼儀正しく頭を下げ、ダンテを睨み付けながら顔を上げた。


「理由は言えないっす!だが男として!オレはお前に勝たなくてはならないっ!」

「いや理由は言えよ、言ってくれよ」

「言わんっ!!!」


 鼻息荒く拒否され、ダンテの体に脱力感が巡る。どうしてこうなった。

 そして、続けて発せられたメルクリオの言葉に、ダンテは膝から崩れ落ちることになる。


「いいでしょう。決闘は明日正午、中央広場で行います。細かな規定は後程伝えます」


 冷たい夕陽がダンテを射抜いた。


「実力、示してもらいましょうかねぇ」

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