第19話 友よ、非情かよ。

 一枚の紙を前に、ダンテは頭を抱えていた。


『決闘規定』

 申出者:アルトロ・ベルナルディ

 受託者:ダンテ・アンフィニート

《規定1》

 ・降参、または戦意喪失と判断された場合

 ・決闘用に定められた範囲から出た場合

 上記二つをもって勝敗を決する。

《規定2》

 ・武器及び魔術の仕様は、禁術を除き制限しないものとする。


 他にも「相手を殺すな」とか「観客に怪我を負わせるな」とか長々と決闘に関する記載があり、最後の最後に几帳面な文字で『村長 メルクリオ・ヴィンチ』とサインしてあった。


 まるで、それが牛一頭分の重さがあるような仕草で紙を持ち上げ、牛一頭分のため息を吐くダンテ。


「受託者、じゃねーよ。受託してねーよこんなの……」

「まあまあ、実力を示すチャンスではないですか!これに勝てれば村を助けられるのですから、前向きに考えましょう!」

「お前は戦わないんだから、そりゃ前向きになれるだろうよ……」


 ブツブツ呟いていたダンテは、とうとう机に突っ伏し泣き出した。


「ちくしょうなんでいつも変なことに巻き込まれるんだーっ!ていうかアルトロお前は誰なんだーっ!!」

「村の大工さんだってさ」


 扉からひょっこり顔を覗かせ、出掛けていたジュリオが帰ってきた。

 ダンテは顔だけ上げ、ハイリーは体の向きを変えて、彼のことを部屋へ迎え入れる。


「お帰りなさいジュリオさん」

「ただいま。なーなー、酒場でマダムたちと話してたらさ、めっちゃ面白い話し仕入れたんだけど、聞く?」


 ジュリオはニヤニヤと笑いながら椅子に座り、返答を待たずに話し始めた。


「アルトロ・ベルナルディ君、19歳。普段は大工、休日は狩りか戦闘訓練に費やす根っからの筋肉野郎。真面目な熱血漢で、ちょっとウザがられてるけどちょっとモテてもいる、村の中心的若者だそうだ」

「あー。……なんかわかるわ。一瞬しか喋ってないけど」


 アルトロの暑苦しい目付きと盛り上がった筋肉を思い出す。身長はダンテ同じくらいだったが、体の厚みはかなりの差があった。


「そのアルトロ君、実はとあるお嬢さんに恋しているそうな」

「えっ、本当ですか!?誰ですどんな方です!?」

「えらい食い付くなハイリー。恋バナ好きなの?」

「いいから早く教えてくださいよ~!」


 興味津々、好奇心満々で迫るハイリーを制し、たっぷり間をとって、ジュリオがその意中の人物を告げる。


「ルチア、だってさ」


 ダンテの脳内に、数時間前に会話した可憐な美少女の姿が浮かび上がる。

 なるほど。誰もが守りたくなるような少女と、守ってくれそうな青年。実にお似合いな二人である。

 納得するダンテの隣で、ジュリオとハイリーも深く納得している様子だった。


「ああ、なるほどなるほど……そういうことでしたか……」

「な?だから決闘だー!って騒いでたワケよ」

「え?なに?なんでルチアの話から決闘に繋がってんの?」


 ダンテの言葉を聞いた2人が、信じられないものを見るような目付きで勢いよく振り返る。


「へ、は?本気で言っているのですか?」

「何がよ」

「こいつ……っ、またしても鈍感……っ」

「だから何がよ」


 呆れたようなため息の音が部屋に響き、ジュリオとハイリーは無言で見つめあった。

 どうやらダンテにはわからない特殊な方法で意志疎通しているようで、時折首を振ったり、頷いたりしている。

 そうしてダンテがいよいよ疎外感を感じ始めた頃、ようやくハイリーが言葉を発してくれた。


「いいですか?アルトロさんはルチアさんが好きなんです。でもルチアさんはダンテさんを好いています。だからアルトロさんは貴方と決闘して、ルチアさんに自分をアピールしようとしているのです。わかりましたか?」

「えっ?なんでなんで!?一体いつルチアが俺のこと好きになったって!?」


 ダンテの目が見開かれる。

 好みではないとはいえ、妖精のような美少女に想いを寄せられているとなれば、喜ばない男はいないだろう。

 口の端が吊り上がるのを抑えられないダンテに対し、ハイリーは冷めた目で淡々と話した。


「たぶんですけれど、一目惚れだと思いますよ。あれだけ見つめて話しかけて近づいて、それで好きでなければ、逆におかしいです」

「そう、なのか?」

「ああ。それにマダムたちから噂で聞いたんだわ。ルチアがあちこちで『ダンテ君は~ダンテ君が~』って、ずっとダンテのことばかり話してたってな」

「全然気がつかなかった……そうなんだ」


 もし今、ダンテが自分の顔を見ることができたら相当驚くことだろう。

 口は緩み、目は輝き、溶けたチーズのような非常にだらしない表情をしている。普段は変化が乏しく渋い表情が多いだけに、その落差はもはや別人級であった。


 情けなくデレデレするダンテの態度に、突如爆発するジュリオ。


「お前のそういうところだけ大っ嫌い!」

「なんだよ急に。自分がモテないからってキレるなって」

「うっせー!鈍感ヤロー!」


 ジュリオが飛び掛かり、ダンテが応戦し、ハイリーが悲鳴を上げる。

 エルシーリアに叱られるまで、その騒ぎは続いたのであった。


 ◆


 少し肌寒い廊下に正座で座らされ、ダンテとジュリオはポツポツ会話していた。


「なー」

「なんだよ」

「取っ組み合いしたの、いつぶりだっけ」

「たぶん、4ヶ月くらい」

「そっかー」


 ジュリオが大きく伸びをすると、ボキボキという音が廊下を走っていった。


「やっぱち◯こ出してないと、いつも通りのダンテだな。俺でも勝てる」

「おいジュリオ。聖剣と言え、聖剣と。あと負けてねぇから。普通に引き分けだからな」

「決闘の相手は筋肉で狩人だからな。やっぱち◯こないと厳しいんじゃないか?」

は絶対使わん」


 聖剣という部分をゆっくりはっきり強調し、ダンテは拳を握りしめた。


「今回だけじゃない。今後もできる限り使わないから」

「使った方が楽でも?」

「そこは譲れん。悪目立ちしたくないし」

「もう十分目立っちゃったけどなー」


 悪気のないジュリオの言葉に少々へこむダンテ。平穏無事で無難な人生を歩みたいのに、どうしてこうも上手くいかないのだろうか。親父のせいだろうか。


 悶々と人生に対する不満と向き合っていると、すぐ右隣の扉が開いて、ハイリーが顔だけ覗かせた。


「ち……聖剣は使われないのですか?」

「聞いてたのか」

「聞こえたんですよ」


 髪を下ろし、寝る前の姿のハイリーが隣にちょこんと座る。上品な花の香りが鼻に迫り、ダンテは少しだけ彼女から距離をとった。


「聖剣を使わないとなると、なにか作戦を立てなければいけないと思います。ダンテさん自身もまあまあお強いのですが、相手の方と比べると……不安ですね」

「俺もそれは思っていたけどさ……。でも別に勝たなくてもよくないか?適当に戦って降参し「よくないです!手を抜いたりわざと負けることは、アルトロさんの決意をバカにすることになりますよ!?」


 ハイリーが身を乗り出して訴えかけてくる。

 一瞬、柔らかいものが肘に触れたような気がしたが、ダンテは全力で自分の尻をつねり相殺することに成功した。

 左側ではジュリオが、成長したダンテに向かって小さく拍手をしている。


「わかった、わかったから!ちゃんと戦えばいいんだろ」

「そうとなりゃ作戦を練らないとな。な、ハイリー?」


 ジュリオに促され、前傾姿勢だったハイリーがもとの位置へと戻る。


「まず、アルトロは運動大得意で、狩りの腕も村で上位に入る実力者。魔術の腕は普通と聞いたけれど、この村はそもそも魔術教育の水準が高い。さて、どうする?」

「いや打つ手なくね?」


 ジュリオの並べ立てた情報に、思わず突っ込んでしまったダンテであった。

 それだけの力を持ちながら、さらに顔も良く熱血漢。勝てる要素が無さ過ぎて、世の不平等さに嘆きたくなる。

 ジュリオもハイリーも首を捻り、必死に勝利の糸口を探した。


「……まあ、勝てるとしたら決闘の指定範囲から相手を押し出す方法だろうな」

「あー、確かに。アルトロ君降参なんて死んでもしなさそうだもん」

「風魔術で押し出してはどうですか?得意なのでしょう?風魔術」

「得意だけど、そんな大雑把な作戦でどうにかなるもんかなぁ」

「気合いですよ、気合い!ち……聖剣を使うより恥ずかしくなくて、良いではないですか」

「お前、さては眠くて頭働いてないな?」

「……ふぁ……いいえそんなこと」

「おいハイリー」


 そうして騒ぐ2人を余所に、ジュリオがブツブツと呟く。


「範囲……ルチア……恥ずかしい……アルトロ……風魔術……観客……」


 そして彼の目が見開かれ、やがて人類史上最上級の悪どい笑みが顔を覆った。

 その顔は、3年前にミルティーユ村を大混乱に陥れたイタズラをした時とまったく同じ表情をしており、ダンテは大いに不安に駈られた。


「おい、お前らちょっと耳貸せ!」


 別に大声で話しても決闘に支障はないのだが、なんとなく小声で作戦を共有する。

 その全貌を聞き終えたダンテが、げんなりとした顔で呟いた。


「いや、それ……トラウマになるぞ」

「知るか。勝てればいいんだよ、勝てれば」

「そうですね。結果的に村と森を救うことに繋がりますから、今回は仕方ないでしょう。決闘を申し出たのはアルトロさんの方ですし、痛みを負うのはきっと覚悟の上でしょう」

「それが勇者の言葉か?」


 かくして、ジュリオ発案の超性悪作戦は決行されることとなった。


 そして眠りにつく前。

 ダンテはベッドの中で、静かにアルトロの冥福を祈ったのであった。

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