第9話 拝啓、温度差様

拝啓、転職失敗人間様

 

 私の名前は、斎藤 雅俊 と申します。今年で27歳になります。大学時代は、体育会系の部活の部長を務めさせて頂きました。

 今回私は、正しい働き方と、私の理想の働き方の狭間で悩んだ経験をお手紙にさせて頂きました。もしかすると、「失敗」ではなく、ただの「温度差」かも知れませんが、ご了承ください。

 私は両親が仕事で忙しかったのもあり、主におばあちゃんに育てられた経験も影響しているかとは思いますが、地域社会に貢献できる仕事に就きたく、ある都市の市役所に努めさせて頂いておりました。

 ここの市役所は、大都市の中心にある様な市役所で、正直言って業務はかなり多く、相当忙しくさせて頂いておりました。その分、効率化というものも重要で、業務をこなす様な日々も多くありました。

 5年務めさせて頂きましたが、私はどうしても市民の皆様と共に地域社会を盛り上げていく様な仕事に理想と憧れを持っており、この度郊外の市役所の採用試験を受ける決意を致しました。

 筆記試験会場では、カジュアルな私服で受験されている方々もいる中、私はびしっとスーツに身を包み、面接でも出来る限りの熱意を伝えさせて頂いた結果、採用して頂ける事になりました。

 都心から1時間ほどの少し昭和感が残るこの町は、私にとって希望に溢れる町に見えました。駅の真横にある市役所は、昔ながらの風情で、時の流れが緩やかに感じるそんな場所でした。初めて見たときは、今後、ドラマの様な毎日になる予感がし、ワクワクとドキドキが止まりませんでした。

 市役所に来る来所者は、そんなに多くなく、主にデスクワークをこなしながら窓口業務を兼務する毎日でした。また、新人の私は、積極的に窓口業務をこなし、積極的に電話対応をし、とにかく積極的に仕事に取り組みました。

 ある日、少し嫌な電話を受けました。

 市役所の横の駅を17:02発に出発する電車が異様に混んでいるという電話です。市役所に、電車が混んでいるクレームを言われても・・・その時はそう思ったのですが、その日から周りをよく見てみると、17:00の業務終了と共に駆け足で駅に向かう職員達の姿が・・・まるでマラソン大会のスタートの様でした。

 また、別の日17:00のチャイムの数分後に電話が鳴り、私はその電話対応をしました。当然、業務終了は17:00を過ぎ、私だけでなく上司も同僚もこの日は残業になりました。そのことで、少しお叱りを受けました。

 「気持ちは分かるが、どこかで線引きは必要。」

との事でした。

 また、別の日翌朝09:00に書類が欲しいと言う依頼を受けたので、17:00過ぎに他の部署に書類を回した事で注意を受けました。

 「断ることしました?なんでも受けるとキリがなくなりますよ。」

 ここは仕事のオンとオフが明確に線引きされている職場でした。17:00きっかりに仕事を終え、17:02の電車に乗って帰宅するそんな職場でした。

 私は、市民の為にどんな時でもいつでも情熱を持って対応していました。困っていればすぐに声を掛け、電話が鳴ればいつでも対応して、お願いされれば基本は、「やります」。その働き方が理想だと思っていました。しかし、必ずしもそれが正しいとは限らない事を知りました。

 そんなことがあったある日、上司より、

「17:05の電話は受けたが18:00の電話は受けなかったり、17:05の電話を受ける日があったり、受けない日があったりすることは混乱を招く」

とのお話をされ、妙に納得してしましました。

 私には私の理想があり、オンとオフを明確に線引きする事を理想とする人も当然いる訳で、どこかで線引きは必要だという事を知りました。

 当然線引きは17:00になる訳で・・・

 その線引きに空回りする日々が続き、結局退職することにしました。私は、正しいのは同僚の皆様ですが、もう少し理想を追求したいと思っています。

 退職日、上司がこんなことを

「元気のいい人は結構早めにやめていくんだよ。なんでだろ?」

「正しい人は働きやすい職場だと思います。」

 私は、自分の事は熱血空回り人間だとは理解しています。それを理解した上で、あえてお尋ねします。私は、きちんとした線引きは正しいですが、線引きしたラインが緩んだ社会の方が、好きです。

 皆様、いかがでしょうか?


敬具

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