ひりひり

 ジリリジリリとうるさいな。どうやら僕は生きてるゾ。

「あんた、あんたは本当に化け物ですね」

 万代老人が皺くちゃ口をパクパクさせている。ウォンの厚い唇が青ざめている。あのおじさんはどこだろう。ああ、テーブルの下に転げている。水浸しだ。さっきまで涙と涎で顔がぐしょぐしょだったけど、今はシャツもズボンもずぶ濡れだ。老人とウォンもおんなじだ。僕もだ。

 火災報知器とスプリンクラー。それらが作動しているということは、爆発は起きたらしい。だけど僕は生きている?

「たまっころの本分は人食い……ボール食の習性は、あくまで人食いへ移行するための前触れに過ぎないはずだった……なのに坂本さん、あんたは」

「万代さん。人食いが本能なら、ボール食いは技術ですね」

 僕はやっと、自分が何をしたか理解した。口の中がヒリヒリと辛い。

「初め牛の膀胱を使ったボールが、やがて人工物にとって代わられ、それを活かした様々な球技が編み出されたように。ボールを食う技術は、進化できる。あなたが教えてくれたことですね。本当に思い込みは大事です」

「ここまで成長するとは思いませんでしたよ坂本さん。あんたはまぁなんと身勝手な理屈をつけるもんでしょう。ええ、ええ、そうですよ。爆発のエネルギーは……球状に広がるもんですから」

「天井の報知器とスプリンクラーだけ巻き添えを食ったみたいですね。うるさいから止められませんか」

「それよりコイツだぜ」

 ウォンはいつの間にか水浸しの床を這いずり、下野の父親を組み敷いていた。

「娘に、娘に会わせてください……」

「そうはいくか、オッサン。あんたは俺たちを殺そうとしやがったな。最悪自分も死ぬ覚悟でってか。ええ? 大した度胸だと言いたいが、てめぇはただの犬だ。掃除屋の連中に命令されてそうしたんだろ。違うか?」

「そ、そうだ。言われた。頼まれた。でもそうしないと千恵の居場所を教えられないからと……」

「馬鹿がっ! 連中はあんたがたまっころだと気付いて、どうせ死んでもいいと思って自爆をさせたんだ。テロリストと同じ発想じゃねえか。クソッタレ。万代さん、コイツをどうします」

「決まってます」

 老人は立ち上がり、梟のような目で組み敷かれている男を見つめた。

「こいつはもう誰からも用済みです。害なだけです。喰っちまいましょう」

「了解」

 ウォンが口を開いた。牙だ。大きく、大きく唇が広がる。僕と同じ形相だ。

「やめて、やめてください。千恵、千恵……」

「うるさいですよ裏切者。ウォン君、やりなさい」

「ウォン、やめろ!」

 僕は叫んで、跳んだ。ウォンのスキンヘッドはボールのようだ。ウォンがこちらを向いた。牙と牙。どっちが上だ。すぐ背後に老人の気配もする。ええい、知ったことか。

「来い、小僧!」

 ウォンが叫んだ。その時だ。

 二度目の爆音が轟いて、全ての動きを止めた。僕らの目は音の発信源、外へ通ずるドアへ向けられた。

 爆破されたドアを押し開けて、見覚えのあるスーツが入ってきた。掃除屋だ。よく見たらその顔は、大学図書館の女書士だった。

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