ちきちき

 図書館司書の川村さんが掃除屋であったことも驚きだが、間もなくそれ以上の衝撃が僕らを襲った。

「たまっころ、確認」

 川村さんは何かを床にたたきつけた。黒い機械みたいなものだ。よく見る前に衝撃が来た。

 痛い。痛い。

 スプリンクラーで床はびしょびしょ。僕らもずぶ濡れ。そして掃除屋は電撃を使う。ちくしょう。電子分子原子どうにか解釈して食えないか。丸く、丸く……ダメだ。何も考えられない。

 ――全滅だろうか。

「待てい、掃除屋」

「……妖怪!」

「我が子らを、そのようなおもちゃでいたぶるなど無礼千万。喰ろうてくれる」

「本命、比丸です! 比丸が出ました!」

「おうおう、ぞろぞろと出やる出やる。今日はたらふく喰えそうだ」

 音がするが、もう何の音だかわからない。

 けれどどうやら僕は生きているらしい。わあ、爆発に続いて電撃にも打ち克てただなんて、いよいよ僕の化け物っぷりも板についたみたいだ。まだ体は動かないし、目も開けられないが、おうおう、やってる。やってる。きっと喧噪怒号の嵐だろうなぁ……。

「お父さん。お父さん」

「……ちえ……?」

「お父さん、たまっころだったの? 私と同じ、ボールを食べられる人だったの?」

「そうだよ……千恵、母さんは違っていたけれど……父さんは、千恵とおんなじになれたんだよ……」

「ああ、ああ! 私、私、ごめんなさい。お父さんが一緒だと知っていたら、こんなところへ逃げてくる必要もなかったのに……」

「泣かなくていいんだ。父さんも気付くのが遅かった。もっと早く知っていれば、二人でもっと安全なところへ行けたかもしれなかった。そうしたら、こんなことに巻き込まれずに済んだ」

「自分勝手な事ばかり言うんじゃありませんよ!」

「万代さん!」

「たまっころは妖怪なんです。人間の世界で生きようと思ったら、人間を押しのけてでも生き場を確保しなくちゃあならないんですよ。親子ともども裏切者め」

「千恵は違う。裏切ったのは私だけだ。私だけを罰すればいい」

「お父さん! そんな……」

「わかってますよ。お嬢ちゃんには決して傷をつけません。あんたは大事な、比丸の花嫁なんですからね」

「えっ! 千恵、それは本当か」

「……」

「父親の同意が得られなかったのは残念だが、まあ何の価値もないゴキブリ虫の同意などいらんでしょう」

「万代さんやめて! あ、ウォンさん!? やめて、離して……」

「よく見ろ、嬢ちゃん。これが裏切者の末路だ。あんたも止めるなよ。これまで散々万代さんのお世話になっておいて、今更余計な事はやめろよな」

「やめて……やめて……。坂本さん、助けてください!」

 僕に何の義理が。しかし、ちくしょう。頼られると、少しは体が動く。目蓋が開く。

「止めよ。割入れば、お前も我らの敵ぞ」

 背中にひやりと手が触れた。血なまぐさい息が耳にかかる。比丸め、掃除屋連中を平らげたのか。

「お前は見込みのある者だ。人間の武器を喰らえる才は、我らが同胞の中でも特に秀でておる。失うには惜しい。さあ、まだ床に死にぞこないが倒れておる。あれらを喰って門出としようぞ。……ぎいっ!」

 突然、比丸が奇妙な悲鳴を上げた。

「珊悟君に触らないで!」

「薫ちゃん!」

 ああ、やっと会えた。比丸の背中に深々と刀を突き刺した薫のスーツ姿は、やっぱりとてもかっこ良い。

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