びょうし

 まこと月夜は性が悪い。

 月をも穿てと高く、高く、鞠が飛んで弧を描く。飛んだ先には竹の籠。上に向かて開いた口へ、すっぽり落ちて収まった。

「どうだ、比丸」

「見事にござります」

 二人きりの秘密の逢瀬。月咲く野原に呼び出され、比丸がいかに期待を寄せたであろう。

 鞠大名は大いにはしゃぐ。はしゃいで、人前には晒せぬ技を披露する。

「どうだ。蹴鞠はただ鞠を真上に蹴り上げ、それをまた蹴り上げるだけの、一つ覚えのありきたりな遊びだ。それよりも、もっと自在に鞠を蹴り上げられたら、どんなに愉快であろうかと俺は思うのだよ」

「まことに……」

 鞠大名の喜ぶを見て、比丸も胸が弾む。愛しい人の、生き生きとしたかんばせを、喜ばしいと思うは思うのである。なれど、なれどこの人は、蹴鞠の技しか知らぬ。知らぬが故に、平気で己を呼び出すのだ。主に黙って家を出て、月の野で素晴らしいものを見ようなど、比丸の恋心を知っていればとても軽々しくは言えぬことである。

 始まりは技だった。なれど今の比丸は、鞠大名その人を愛している。技を見せられ、弾ける笑顔を見せられようとも、その人の心の中に自分への恋がないと思い知ることは、世にも代えがたき辛苦であった。比丸は心の内で泣きながら、面だけは健気に、この大きな子どもに笑って見せる。

「あなた様の他に、誰も思いもよらぬことです。こんなに楽しい事を、雅でないと何のと、反対する方がおかしゅうございます」

「おお、そなたもそう思うてくれるか。本当になぁ。鞠はこんなにも弾むのだから、もっと色々な技、色々な遊びをしてもよかろうものなのに」

 鞠大名の言葉には情がある。温もりがある。他の誰にも見せられぬ技を見せ、言えぬ話を言えている歓びがある。されど恋にはあらず。

 ひとしきり月下に鞠を打った鞠大名。さすがに少し疲れたか汗ばんだ肌を上気させ、立ちすくんだまま心震わす比丸の隣に、どっかりと遠慮なく座り込む。

「ああ、良い心持だ。いつまでもこうやって、作法などに囚われず、好きに鞠を蹴っていられたら良いのになぁ」

「ええ、ええ。いつまでもこうして、秘めの夜を過ごせたら……」

「そうもいかぬのだよ。まあ、悪い話ではないが――」

 と、鞠大名が申したのは、この上なく悪い話だった。

 縁談である。

「重晴殿が紹介してくださったのだ。俺もとうとう、身を固める時が来たということだ。いやぁ、嫁か。女かぁ」

 満更でもないその口調。満更でないどころか、だらりと伸びた鼻の下。

 ない。ない。ない。

 鞠大名には比丸への恋がまるでないばかりか、美しい男童を愛でようという心がない。この人が愛するのはまず鞠。次に女。それから三番目ぐらいにやっと、鞠に理解を示す同志としての比丸が加わるのだ。

 まこと月夜は業が深い。

 鞠大名のにやけた顔はよく見えて、比丸の瞳に灯る、暗い焔は見えなんだ。

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