そうじや

「何するの!」

 抗議する下野の腕を捕らえて押し入ってきたのは、スーツ姿につば広の帽子を被った二人組の男たちだった。男の一人は僕の顔を見るなり、犬が仲間を呼ぶような声を張り上げた。

「見つけたぞ! たまっころだ!」

 古本の怒りなどとは毛色の違う、冷徹な敵意。そうだ。今の僕の顔は、古本の鼻をがぶりとやった化物面のままだった。喰われた古本も急な事態に痛みを忘れたのか、床に転がったまま呆然と男たちを見上げている。下野はもう一人の男に羽交い絞めにされて、しきりにもがいている。

 何かよくわからないが、不味い状況であるようだ。

「やはりここが巣だったか。化け物め、観念しろ」

 そう言って男が僕に向けたのは、銃のようなモノ。漫画で見たことがあるが、ひょっとしてそれは、ワイヤー飛び出し式のスタンガンというやつではなかろうか。

「ぎゃっ」

 気付いた時にはすでに電撃を受けていた。僕ではない。古本がだ。

 いったい何を思ったのか、倒れていた古本が急に飛び上がり、僕の前に立ちふさがったのだ。まるで守るように。短い悲鳴を上げて再び倒れた古本の向こうに、一切表情を変えないスーツ男の姿があった。

「いやあ、人殺しィィ……」

 下野が叫んだ。僕の中に怒りが湧いた。こいつらが誰だか知らないが、敵であるということだけは強く認識していた。この無礼者どもを許してはならない。

 しかし、武器を持った相手に、どうしろというのだ。

「お待ちなさい、坂本さん!」

 突然、万代老人が裏口から駆け込んできた。店の表で何があったのか、その口元にはべったりと血がついていた。

「万代さん、こいつらはいったい……?」

「掃除屋ですよ。あるいは除霊師、退魔師、ゴーストバスター……好きにお呼びなさい。とにかくあたし達たまっころを滅ぼそうとする連中です」

 老人の目はギラリと、若々しい闘争の光が輝いていた。小さく老いた体ながら、背を丸めたその体躯は獣そのものだった。

「万代サササカ! 貴様がこいつらの総締めか!」

 スーツ男に一段と強い殺気が漲った。そいつが懐から取り出したのは、今度こそ本物の殺人道具、拳銃であった。

 銃を前にして、老人は静かに言った。

「坂本さん。あんたには、たまっころとして優れた才能がある。だが今はまだ不完全だ。ここは私がやるからよくご覧なさい。たまっころの戦い方というものを」

 老人が、その身に合わぬ俊敏さで男に突っ込んでいった。同時に拳銃の号音が轟いた。

 不思議な事に、僕の目にはハッキリとそれが見えた。拳銃から飛び出した弾丸が、老人の萎びた口にぱくりと飲み込まれた。恐ろしいほどスローモーションに見えたが、それは一瞬にも満たない刹那の神業、いや、妖怪たまっころの神髄であったのだろう。形は丸くないとはいえ、銃のたまである弾丸など、老人の認識ではボールの仲間なのだ。弾丸を飲み込んだ老人の身体が、彼自身が弾丸であるように、一層強く跳んだ。

 べろり。

 僕がやったのとはケタが違う、全力のたまっころ。

 天井にピンと足を突っ張って逆さになった老人は、大きく開いた口でスーツ男の『あ』を喰っていた。

 ぶちっと嫌な音がして、男の胴体が床に伏した。

 僕は殺人を見た。

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