かむ

 間の悪い奴の闖入を、上手く活かすのも闘争であろう。

 エイヤっとな。

 古本の目が下野の方へ向いた隙に、テーブルの下へ潜り込む。

「あれ! 坂本どこ行った」

「そこですよ?」

 事情を知らぬ下野に教えられ、間抜けな大男がテーブルの下を覗き込む。その顔がまだ敵意が満ちているのをしっかり目視した上で、僕の頭をぶっつけてみる。

「あぎゃっ」

 鼻先にガツンとやった手ごたえがある。この調子で狭い所にいれば、相手の体格はほとんど役に立たない。

 と、思ったのは甘かった。ガラガラカシャンと皿の滑り落ちる音がしたかと思うと、僕を守るテーブルは一瞬にして跳ねのけられてしまった。下野の悲鳴。ちゃぶ台返しだ。初めて見た。それもちゃぶ台でなくテーブルでだ。それ真下から目撃する映像は刺激的だが、その先に聳え立つ古本の怒り顔は見たくなかった。

「このゴキブリ野郎」

 頭が降って来た。さっきこちらからぶつけてやった時より遥かに重く、鋭い頭突きが僕の脳天を直撃した。

「フザけんなてめえ、お前なんかが生駒先輩のか、か……彼氏なわけあるか」

 古本の声が遠くに聞こえる。どうやら今の一発で僕の頭は眩んでいるらしい。胸倉を掴まれているような気もする。声は遠いのに、古本の鼻息はすぐ顔にかかる。

「坂本さぁん、頑張ってえ!」

 下野、お前はボクシングでも観戦している気分なのか。でもそれでいい。助けなんか呼ぶな。こいつと僕の間には、互いの力だけで解決しなければならない問題があるのだ。

 きっとこいつもそのつもりだろう。もう一度頭を振りかぶって、今度こそ僕の鼻っ面をへし折ろうとしている。多分だ。眩んだ僕の目にはぼんやりとしたシルエットしか見えない。

 古本の、いかにもスポーツマンらしい、丸刈りの頭。

 ――丸い、頭。

 ああ。

 ガブリだ。

「ぎゃっ」

 気が付くと僕は古本の鼻を咬んでいた。薄靄のかかった視界の中で、その丸い頭がボールに見えたのだ。たまっころはボールに関しては無敵なのだから。

「痛い痛い痛い、ちくしょう、イタタ!」

 古本の巨体がごろごろと床を転げる。あんまり早くゴロゴロするから、その姿が大きなラグビーボールのようだ。古本の口元からさっき食ったばかりのラグビーボールの匂いがするのも、また食欲をそそる。

 ジュルリ。

「ひいっ」

 古本が怯えて、蹲った。

 ――いま僕は、どんなツラをしているんだろう。たまっころという化物。その本分をまた発揮してしまった。しかも生きている者に対して。

「イタい、イタい、ひいい」

 古本は蹲ったまま、立ち上がろうとしない。完全に怯えているようだ。古本自身もたまっころの癖に。

「ところで下野さん、何か用?」

 ひと齧りして妙に気分が落ち着いたのか、僕はようやく、下野と口を利く気になった。下野は部屋の入口に突っ立ったままぽかんとしていたが、急に我に返ったように声を張り上げた。

「そうそう! 万代さんから伝言です。『みんなすぐに裏口から逃げろ』って」

 突然何を、と言葉の意味を問う前に、下野の背後から人影が踏み込んできた。

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