第8話 おみやげ

 聖剣、聞こえるか?

 ………………。

 反応がないな。どこまでいったんだ?

 

 俺はミサキの消えていった方へと歩き出した。しかし、なかなか聖剣が反応しない。どれほど離れれば会話ができなくなるのかを確認していないため、離れた距離が定かではない。

 

 先ほど聖剣の声が聞こえたのは直線にして二百メートル程度の場所だった。なので、少なくともそなの範囲にはいない事になる。

 

 聖剣!

 

 心の中で叫んでみるが、一向に返事が返ってこない。声にも出さず、反応も返ってこないのに心の中で『聖剣!』と叫ぶのはなんだか虚しくなる。

 

 ほんと、どこ行ったんだ?

 しばらくそのまま歩き続ける。しかし、密林と言われるだけあって中々に歩き辛い。進むにつれて、俺の行く手には背の高い雑草が生い茂り始めた。

 ミサキが木の上を跳んでいった意味がわかったよ。こんなんじゃ足元が見えないし、魔物が接近してきても気付くのが遅れそうだ。

 

 俺は少しため息を漏らしつつ、一旦街道へ出ようと方向を変えた。生い茂る草をかき分けて進むと、しばらくして先が開けた。

 

「ふぅ、ようやく出られた。」

 

 比較的安全な街道まで出てきて一息つく。街道近くは草なんかもそこまで生い茂ってはいないのだが、奥へ踏み込むと世界が一変する。

 これだけ死角の多い場所なら魔物が多いと言われるのも頷ける。見ただけで物騒な雰囲気が漂ってくるのだ。

 ミサキはよくこんな所を一人で進む気になるなと感心する。

  

「ミサキー!」

 

 聖剣も役に立たないのでとりあえず叫んでみる。そろそろ帰ってきて頂きたいのだが……。

 方向を間違えないように進みながら、ミサキの名を呼び返事を待つ。

 

 が、なかなか帰ってこない。本当に何処までいったのだろう。まさかとは思うが、密林を抜けてまで探索に行ったのだろうか?

 この密林はおよそ十キロ先まで続いている。規模としてはそこまで大きくはないのだが、索敵をするには十分過ぎるほど広いはずだ。

 

 ミサキなら数分で駆け抜けられるのかもしれないが、それでも離れてからある程度の時間が経つ。

 流石に心配になってきたな。

 

「ミサキ〜!」

 

 こういった魔物のいる場所で大声を上げる事は好ましくないのはわかっているが、それでも声を出さずにはいられない。

 大事な彼女に何かあっては、俺も立ち直る事ができないだろう。ミサキに限ってそんな事はないとは思うが、万が一と言うこともある。なるべく早く合流して安心したいところだ。

 

「ルーく〜ん!」

 

 少し離れた場所から聞き慣れた声がして振り向く。無事に帰ってきてくれた様でホッとした。

 いくら強いといっても十五歳の女の子だ。一人にするのはまだまだ心許ない。

 

「何処まで行って……た…………ん〜?」

 

 ミサキが帰ってきたのはいいが、その手に何かをぶら下げている。それは黒い色をした大きな何かだった。

 木の枝を飛び移りながらこちらへと帰ってくるが、一体何を持ってきたと言うのだろうか?

 

「ただいま〜!」

 

 ミサキは満面の笑みで俺の前に着地した。なんて清々しい笑顔だろう、まさか本当に魔王の幹部を見つけたのだろうか?

 手に持っていた物もその正体が明らかになった。

 

「ミサキ……それどうした?」

 

 ミサキが持ってきたものを確認して指を指す。いや、見れば何を持ってきたかはわかるのだ。

 だって、それは人間が最も警戒するべきモノなのだから。

 

「えっとね、魔族?」

「うん、それはわかるんだけど、何処で拾ったのかな?」


 そう、ミサキがお土産のように持って帰ってきたのは魔族だった。独特で歪な魔力を纏ったそれは間違いなく魔族のそれであるだろう。

 奴らは人型や獣型など姿形は様々だが、この歪な魔力は隠しようがない。ミサキが手にしているのは黒いオークの様な姿をしていた。

 魔族は人間の数倍の魔力を持っている。魔王の幹部になる様な輩に至っては更にその数倍以上の魔力を有しているのだ。

 普通目にしたら一目散に逃げ出す程の相手である。流石に魔族なんて出くわさないと思ってミサキに探索を促したわけだが、まさか拾ってくるなんて夢にも思って見なかった。

 

「密林を越えたところにいたから、とりあえず倒してきた。でも弱かったから、魔王の幹部じゃないと思う……。」

 

「そうなのか……。」


 流石はミサキと言うべきか……。

 密林を超えて戻ってきたことにも驚きだが、魔族に対して弱いなんて……。勇者の卵とはいえ駆け出しの冒険者の所業ではない。これだけでミサキの強さを改めて認識できる程の大事だ。

 

『感心してる場合っすか!!この子本当になんなんすか!?』

 

 あぁ、コイツの存在を忘れていた。黙ってるとただの剣なのに、喋り出すとなんでこんなにも喧しいんだ?

  

『だから失礼っすよ!

 じゃなくて、この子おかしいっすよ!無理やり私の力を引き出したっす!!

 全力とまではいかなかったっすけど、五割近い力を引き出されたっすよ!?この子は何なんすか!?』

 

 適合者じゃないと一割の力も出せないと言っていたのに、ミサキは当てはまらなかったと言う事か?なんだか得した気分じゃないっすか。

 やっぱりミサキも適合者の資格があるんじゃないのか?ミサキだしな、そうなっても納得できるし、寧ろそうなればいい。

 いや〜、いい事じゃないか!

 

『それとこれとは話が違うっす!!適合者は貴方なんすよ!?』

 

 出せないと思っていた力を無理やり出されたからって、ムキになって怒る事か?別に使える奴が増えるならいい事じゃないか。

 一割程度の力しか出ないと言われて残念ではあったが、聖剣を握ったのがミサキであった以上そんな事は妥協していた。

 しかし、蓋を開けてみればどうだろうか?聖剣の力を全く使えずに怪しんだりへんな暴走を起こしたりする事なく、無理矢理にでもその力を引き出しているときた。

 これを喜ばずしてなんとしようか?


『そんな単純な話じゃないんすよ……。』

 

「それにしてもよく一人で捕まえたな。えらいえらい。」


 聖剣のトーンが下がった所で、ミサキの頭を少し乱暴に撫でながらクシャクシャする。ミサキは「もぅ!」と手を払いながらも少し笑っていて嬉しそうだ。

 魔族を倒した事で暴走も治ってるみたいでよかった。これなら変に誤魔化したり宥めたりする必要もなさそうだ。

 

「そういえば、さっきの怪我した人はどうしたの?」

 

 ミサキが男性の事を思い出してキョロキョロと周りを見回した。


「彼なら俺が治療して安全な所に避難して貰ったから、もう大丈夫だ。安心してくれていい。」


「なんで一人で行かせたの!?まだ元凶を捕まえたってわけじゃないのよ!!

 軽率すぎるよ!」

 

 げ、まだ暴走モード真っ最中なの?

 しまったな、言葉の選び方を間違った。さて、どう切り返すかな……。

 

「それも大丈夫だ。彼には破邪の加護を掛けておいたんだ。街に着くまでの短い時間だけど魔族の目を欺くことは出来る。

 それから罠を警戒する様に注意を促しておいたから、恐らく大丈夫だろう。」

 

「む〜。でも心配だよ。」

 

 ムスッと口を膨らますが反論が少ない。ってことは俺の言ったことに少なからず納得しているって事だ。

 ま、実際そんな加護は与えてないんだけどね。

 

「それから、俺もここに来るまで魔力感知をフルで使っていたけどそれらしい反応はなかった。

 おそらく目当ての魔族は、もう近くにいないと思うぞ?」

 

 ミサキが魔族を倒して持って帰ってきた事には驚いたが、そもそも今回の罠は魔族の所為じゃないのだし、ここは誤魔化しても問題ないだろう。

 

「でも、もしかしたらって事もあるんだよ!?ちゃんと送り届けないと!

 ……あっ!」

 

 ミサキが持って帰ってきた魔族が黒い靄に包まれ始めた。滞留していた魔力が尽きて崩壊が始まった様だ。

 魔族は体内に核を持っており、魔力を基に型作られているらしい。魔力が一定量を下回るとその姿を保てなくなるのだ。

 つまり、ミサキに倒されたこの魔族も魔力の消失によって核に戻ろうとしているのだ。

 

「せっかく幹部の事を聞き出そうと思って連れてきたのに……。」

 

 あっという間に魔族は濃い緑色の魔石へと変わってしまった。どうやら魔族から情報を聞き出そうとしていたみたいだが、ミサキが思っていた以上に魔族の受けたダメージが大きかった様だ。

 

「まだまだ先は長いんだから、気負い過ぎちゃダメだって。あまり深追いすると相手の思うツボだぞ?」

 

「だけど……。」

 

「聖剣に認められるんだろ?想定できる事はしっかり考えて、堂々と余裕を持って振舞う事も大事だと思うけどな。」

 

 今のミサキに最も影響を与えるワードは『聖剣』のはずだ。このまま落ち着いてくれるといいんだけど。

 

「余裕を持つ……。

 私、余裕無さそう?」

 

「ん、聖剣を気にし過ぎて余裕がなくなってると思うぞ。もっとミサキらしくドンと構えていた方がいいと思うな。」

 

 ミサキらしくって言っても、現状すでにミサキらしさは全開だ。暴走状態が酷くないことが救いだな。

 

「そっか……。

 ちょっと、頭冷やしてくる。

 ルーくんはここで待ってて。」

 

「って、ミサキ!?」

 

 それだけ言葉を残して、ミサキは何処かへ行ってしまった。

 心配するだけ無駄かもしれないが、これはこれで不安だ。とは言っても追いかけられる訳でもないし、既に姿は見えなくなってしまった。

  

 仕方ない、もう少し待っていようか。ただ、魔物が寄りつきにくい街道沿いとは言え、この密林の中で一人取り残されるのは寂しいな……。

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